第55話 未定のサイバネティクス
炉崎ルミナ。21歳。
前職は民間の修理工房勤務。幼馴染である月影ネオンがサクラデバイスコーポレーションに就職したことに合わせ、自身も希望して入社。
武器やサイバネティクスの開発・修理に類稀なる才能を発揮し、当初は開発部門に着任。
その後、上位クリアランス社員からの強い推薦により、治安維持部隊へと転属となる。
それが、企業データベースから引き出せる彼女の簡易プロフィールだ。
だが、俺が第3詰所に着任してそこそこの付き合いになり、データには載っていない色々なことがわかってきた。
まず第一に、彼女が重度のメカフェチであること。
俺のサイバネ化したパーツに対し、時折ねっとりとした熱い視線を伸ばしてくることがしばしばあり、その度に俺はA.R.E.S.のセンサーでは感知できない危機感を覚えている。
とはいえ、その腕前は間違いなく本物だ。
狭い詰所の整備ドックを半ば私物化して占領し、よくわからないルートで色々なパーツをどこからともなく取り寄せては、一晩でとんでもない代物を組み上げてしまう。
それに、いつも明るく飄々としていて全く動じない彼女の性格は、チームのムードメーカーであり、殺伐とした任務の中で俺たちの精神的な支柱にもなってくれている。
そんな頼れる(そして少しだけ末恐ろしい)彼女だが、今は俺の目の前で、俺の愛用の大型拳銃を弄りながら真剣な表情を浮かべていた。
鼻を突くのは、少し甘いオイルの匂いと、焼き切れた金属の焦げた匂い。
薄暗い整備ドックの中で、溶接の青白い火花がパチパチと弾け、ルミナの横顔をチカチカと照らし出している。
普段のゆるふわな雰囲気は完全に鳴りを潜め、そこにあるのはただひたすらに機械と向き合う「プロの整備士」としての鋭い眼差しだった。
「よしっ、終わったよー!」
不意に溶接の火花が収まり、ルミナが防護ゴーグルを額にずらしながら、いつもの明るい声で振り返った。
ゴトリ、と作業台から持ち上げられた銃――オーバーホールを終えたばかりの『セラフィム』が、俺の手へと渡される。
受け取った瞬間に手に伝わってくる、ずっしりとした頼もしい重み。
メンテナンスの過程で丁寧に磨き上げられたのか、指先を滑る金属の感触はひどく滑らかで、それでいて心地よい冷たさを保っていた。
「ありがとう、ルミナ。完璧だ」
「えっへん! 隅々までピカピカにして、各モードの出力伝達ロスもばっちり調整しといたからね。……ただ、一つだけ注意点」
ルミナはセラフィムの銃身、その先端部分をコンコンと指先で叩いた。
「最後の第6モード『フォトン・パイル』だけは、まだ素材の換装が終わるまで使用禁止だからね! この前のフル出力に今の素材が耐えきれてなくて、少しクラックが入ってたの」
「了解。しかし……あれは本当にすごかった」
俺はセラフィムの重みを感じながら、少し前に相対した強敵との戦闘を思い出す。
「ハウルに撃った時は、とっさに直撃させないように軌道を逸らしたけど……あれほどの威力とは思わなかった」
「あはは、アタシの最高傑作だからね! ……うーん、でも私も生で見たかったな、それ。絶対カッコよかったはずなのに!」
「となると、当面は残りの5モードで戦うことになるわけか。……ルミナ」
「ん? なあに?」
「『ライトニング・チェイン』なんだけど、もうちょっと弾数増やせない?」
俺はセラフィムの重厚な銃身を撫でながら、切実な悩みを口にした。
ライトニング・チェインは複数の敵を制圧できる極めて強力な武装だが、いかんせん連続使用回数に厳しい制限がある。
強力だが、ここぞという時の回数制限がある武器――。
これを持つと、前世からのゲーマー魂というか、貧乏性な「もったいない精神」がどうしても発動してしまうのだ。
RPGで貴重な回復アイテムを「ラスボス戦で使うかもしれないから」と温存し続け、結局一度も使わずにクリアしてしまう、いわゆる『ラストエリクサー症候群』である。
(いざという場面で『いや、もっとヤバい時のために取っておこう』って撃ち渋って、危うくタイミングを逃しそうになるんだよな……)
そんな俺の内心の葛藤を知ってか知らずか、ルミナは腕を組んでうーんと唸った後、メカオタク特有の早口スイッチを入れた。
「あー、増やしてあげたいのは山々なんだけどね! セラフィムの現在のフレームサイズに対するエネルギー圧縮率の限界と、冷却用のコンデンサの容積、それから何より……今の第3詰所に降りてる予算を考えるに、これ以上の拡張は物理的にも資金的にも無理なんだよね〜」
「……予算の壁と言われると、ぐうの音も出ない」
企業に属する小隊長として、経費の限界というリアルすぎる理由には納得するしかなかった。
「じゃあ、『インパクトカノン』の方なんだけど。こっちも威力は申し分ないんだけど、撃った時の反動がきつすぎるのはどうにかならない?」
「あー……やっぱり? 理論上はかなり衝撃を逃がすように設計したんだけど、それでもキツイかぁ」
ルミナが申し訳なそうに眉尻を下げる。
俺は内心で苦笑しながら、自分の右腕を軽く揉みほぐした。
実際、インパクトカノンを撃つたびに襲い来る衝撃は尋常ではない。
引き金を引いた瞬間、砲身から爆発的なエネルギーが射出されるのと同時に、凄まじい反動が右腕を駆け上がり、肩を撃ち抜くのだ。
その度に、肩の関節や骨がミシミシと軋み、筋肉の繊維がブチブチと千切れそうな感覚に襲われる。
もちろん、俺の体はヒューマロットの素体としての恩恵を受けており、普通の人に比べれば頑丈にデザインされている。
さらに最近導入されたナノスキンアーマーのおかげで、外部からの衝撃や負荷は以前よりも随分とマシになった。
だが、それでも限界はある。
いくら外側を強化しようと、この右腕は紛れもなく『生身』なのだ。
おまけに、俺のベースとなっているのは華奢で小柄な少女の体である。
大型火器の物理的な反動を、この小さな質量と生身の骨肉で受け止め続けるのには、どうしたって無理が生じる。
戦闘のたびに蓄積していく、鉛のような疲労と鈍い痛み。
俺は軽く右腕を回しながら、誰にともなくポツリとこぼした。
「やっぱり……生身の体だと、限界があるかな」
俺が落とした声で、整備ドックの空気が少しだけ重く沈んだ。
小隊長としての愚痴であり、どうしようもない物理法則への諦め。
そんな俺の諦めるような声を察したのか、ルミナはわざとらしくパンッと手を叩き、明るい声を張り上げた。
「まあまあ、そんなに落ち込まないでよ! もし万が一、ビャッコちゃんの腕が反動に耐えきれずにもげちゃったりしたらさ。その時はアタシが、排熱ギミック全開の超クールなサイバネアームを作ってあげるからねー!」
あはは、と冗談めかして笑い飛ばすルミナ。
彼女なりの不器用な慰めであり、沈んだ場を和ませようとする気遣いなのはわかっている。
だが、俺は呆れたように深いため息をつき、無意識のうちに自分の右腕を庇うように反対の手で掴んでいた。
「……縁起でもないこと言わないで。これ以上、体をサイバネ化する予定はないよ」
誤解しないでほしいが、別に「生身の肉体」にそこまで深い執着があるとか、人間としてのアイデンティティみたいな高尚なものを抱えているわけじゃない。
そりゃあいざとなれば特大の労災であっても治してもらえるという未来の技術は素晴らしいものがあると思う。
しかし、単純に手がもげる事態になることは痛そうでいやだという、まっとうな気持ちがまだ俺にもあるのだ。
それに何より、ルミナのあの無駄にキラキラした目だ。
もし本当に腕を失ってサイバネ化するなんてことになれば、この重度のメカフェチ整備士が、自分の趣味と性癖を全開にして俺の体を魔改造するのは火を見るより明らかだった。
『排熱ギミック全開の超クールなサイバネアーム』などと本人はウキウキで語っているが、絶対にそれだけじゃ済まないだろう。
無駄にガチャガチャ変形したり、暗闇で七色に発光したり、よくわからない謎の隠し武器を仕込まれたりするに決まっている。
(まあ、いよいよの場合はお願いするけどさ)
とはいえ、この小柄な体での戦い方や、反動の逃がし方のコツも掴んできたのだ。
極力この体を大事にしようと決意する所存である。
「ちぇー、つまんないの。まあ、ビャッコちゃんがそう言うなら仕方ないけどさ」
ルミナが口を尖らせた、その時だった。
「そうですよ! 縁起でもないこと言わないでください!」
突然、整備ドックの入り口からひどく剣幕の立った声が響いた。
振り返ると、アイリスがぷりぷりと怒って足早に近づいてくる。
どうやら、さっきからの会話を入り口で聞いていたらしい。
「そんなこと……小隊長の腕がもげるなんてことになったら、いくらルミナさんといえども、私、絶対に承知しませんからね!」
アイリスは俺の前に庇うように立ち塞がると、ルミナをキッと睨みつけた。
(うおっ……本気で怒ってる)
普段は温厚で大人しいアイリスだが、こと俺の身の安全に関しては異常なほど過保護になる。
彼女の瞳には「小隊長が傷つく想像をしただけで許せない」という、特大の感情がメラメラと燃え上がっていた。
その凄まじい気迫に、さすがのルミナもたじろいで両手を顔の前でパタパタと振る。
「あはは、ごめんごめん! ちょっとしたジョークだってば〜。アイリスちゃん、顔怖いよ!」
「ジョークでもダメです! 小隊長は、私が傷一つなく完全な状態で守り抜くんですから!」
鼻息荒く言い切るアイリスに、俺は苦笑しながら「まあまあ、ルミナも悪気はないから」と彼女の肩をポンポンと叩いてなだめた。
ふう、と一つ深呼吸をして、アイリスはなんとか怒りを鎮める。
すると次の瞬間、彼女はパッと表情を明るく輝かせ、俺の顔を覗き込んできた。
「……コホン。まあいいです。そんなことより小隊長! 実は、私の『アイアン・メイデン』の装甲修理と……『内装の調整』も無事に終わったんですよ!」
「内装の調整? 装甲の修理だけじゃなかったのか?」
「ふふっ、それは見てのお楽しみです! さあ、せっかくだから中を見ていってください!」
言うが早いか、アイリスは俺の右腕――さっきルミナにサイバネ化を提案されたばかりの生身の腕――を両手でガシッと抱え込むと、ずんずんとドックの奥へと引っ張り始めた。
「ちょっ、引っ張らないで」
有無を言わさぬアイリスの力に引きずられながら、俺は抗うことを諦めた。
「あはは、じゃあアタシも一緒に行くよー! 調整箇所の説明もしなきゃいけないしね!」
背後からは、工具箱を置いたルミナがウキウキとした足取りでついてくる。
満面の笑みを浮かべるアイリスと、なんだか妙に楽しそうなルミナ。
(……なんか、嫌な予感がするんだが)
二人のただならぬテンションの高さに内心で冷や汗をかきつつ、俺はドックの奥に鎮座する巨大な装甲兵器の元へと連行されていくのだった。




