第43話 絶望のラプソディ
「――やれ」
黒い戦闘服の集団の銃が激しく鳴り響き、無慈悲な銃弾の嵐が殺到した。
ビャッコは横っ飛びで銃弾の雨から身を躱しながら引き金を引く。
【マルチロックオン完了。広域制圧モード『ライトニング・チェイン』起動】
「フルバースト!」
セラフィムから放たれた青白い光は竜線となって空を切り裂き、敵に次々と雷の連鎖の軌道を描く。
当たった戦闘服の集団は体を痙攣させながら、次々と崩れ落ちる。
だがしかし、敵が多い。半数以上がまだ残っている。
数秒の演算ではじき出した軌道は敵を全て打ち倒すまでには至らなかった。
ダダダダダダダダダダダダダダッ!!!
残された敵が一斉に火線を集中させる。
逃げ場のない空中で、無慈悲な銃弾の嵐がビャッコの華奢な体を捉えた。
「がはっ……!」
鈍い衝撃音とともに、ビャッコの体がくの字に折れ曲がる。
抵抗する間もなく、彼女はボロ雑巾のように宙を舞い、そのままアスファルトへと激しく叩きつけられた。
ドサッ……。
土煙が舞う中、彼女の手足はだらりと投げ出され、ピクリとも動かない。
焼けた制服から立ち上る硝煙だけが、静寂を取り戻した空間に漂っていた。
「っち、白い死神というから楽しみにしてたのにこの程度か」
黒いスーツの男はつまらなそうに呟くと、そのままノアの方に歩み寄ろうとして――。
ドゥンッ!!
重低音が響き、黒スーツの横にいた戦闘服の集団をまとめて吹き飛ばした。
土煙の中から現れたのは、ボロ雑巾のようになった制服をなびかせるビャッコだった。
「……ノアに、手を、出すな」
ビャッコは口から溢れる鉄錆の味を唾と共に吐き捨てると、体を引き起こしてセラフィムを構え直した。
ナノスキンアーマーが衝撃を拡散してくれたおかげで、致命傷はない。
体の奥から鈍い痛みが響くが、そんなものはA.R.E.S.に頼んで遮断すればいいだけの話だ。
(リーダーを叩けば、止まるはずだ――!)
その思考と共に、ビャッコは弾丸のように飛び出した。
残存兵たちが慌てて銃口を向けるが、彼女はそれを予測していたかのようにジグザグ軌道で駆け抜ける。
「させるかッ!」
すれ違いざまにセラフィムのモードを『電磁スタンモード』へ切り替え、至近距離から叩き込む。
青白いスパークが弾け、戦闘服の男たちが痙攣して次々と崩れ落ちていく。
次の狙いはリーダーのハウル。
ビャッコはその首を狙ってさらに加速する。
バォォン!
だが、不意に横合いから放たれた銃弾が、ビャッコの右腕を正確に捉えた。
ナノスキンごしでも衝撃は殺しきれず、右手が跳ね上げられてセラフィムが宙を舞う。
「――っ!」
武器を失った。誰もがそう思った瞬間、ビャッコは躊躇なく地面へと滑り込んだ。
回転の勢いそのままに、落下してきたセラフィムのグリップを口でくわえ取る。
そして獣のような身のこなしで起き上がりざま、左手へと持ち替えて再びハウルへと肉薄した。
その瞳は、もはや理性を失った鬼神のように血走っている。
「やるじゃねぇか! 悪かったな、見くびって。企業の猟犬の名は伊達じゃないわけだ!」
ハウルは目を見開き、嬉しそうに手を叩いた。
ビャッコの銃口が、ハウルの喉元を捉えるまであと数メートル。
「――終わりだ!」
ビャッコが叫びながら、引き金に指をかけたその時。
ハウルは楽しげに肩を揺らし、首元のデバイスに手を触れた。
「……ああ、終わりだ。――吠えろ、『ガルム』!」
キィィィィィィィィィィィン!!!!
「ぐあぁぁっ!?」
ハウルの喉のデバイスから不可視の衝撃が襲い掛かる。
視界が歪む。
鼓膜を突き破り、脳髄を直接ミキサーにかけられたような激痛が走った。
【――対象からの攻撃を確認。指向性のソニックブラスターです】
アレスの警告など聞こえないほど、頭の中をかき回す衝撃に思考が真っ白になる。
「ビャッコ!?」
ノアの悲鳴が遠く聞こえる。
平衡感覚を失い、ビャッコはその場に膝をついた。
三半規管を狂わされ、地面が垂直に立っているような錯覚に襲われる中、ハウルの軍用ブーツが視界を覆った。
ドォォン!!
重い前蹴りが、ビャッコの顔面を無慈悲に捉える。
首が不自然な角度に曲がり、彼女の体はボールのように地面を転がった。
左手に持っていたセラフィムが遠くへ弾き飛ばされる。
「が……はっ……」
地面に這いつくばり、必死に体を起こそうとするビャッコ。
だが、ハウルはそれを許さない。
彼は禍々しい形状の大型拳銃を、無造作に彼女の手足へと向けた。
ズドン! ズドン! ズドン!!
「がああぁっ!?」
逃げる間もなく、至近距離からの銃撃がビャッコを襲う。
ナノスキンアーマーが着弾の瞬間に硬化し、弾丸そのものは弾き返す。
だが、大型拳銃特有の重い衝撃波までは殺せない。
まるで鉄のハンマーで全身を殴打されるような痛みが、彼女の骨格をきしませ、内臓を揺さぶる。
「おーおー、硬ぇな。こいつはナノスキンアーマーか?」
ハウルは愉悦に歪んだ笑みを浮かべ、さらに引き金を引く。
肩、太腿、脇腹。
次々と叩き込まれる衝撃に、ビャッコの体はビクンビクンと無様に跳ね回る。
口端から赤い泡が吹き出し、鼻からもツーっと鮮血が流れ落ちた。
「高価なおもちゃだこと。だが、中身はどうかな?」
ハウルは動かなくなったビャッコの左腕を掴むと、そのまま軽々と宙へ吊り上げた。
彼女の足が力なく地面を離れる。
焦点の合わない瞳が虚空を彷徨い、その体は痙攣を繰り返していた。
「あ……が……」
「いい声で鳴くじゃねえか。そそらせてくれる」
ハウルはビャッコの無防備な腹部に、冷たい銃口をねじ込むように押し当てた。
ドォォォォン!!
ゼロ距離射撃。
くぐもった破裂音が体内で反響し、背中側のアーマーが大きく隆起するほどの衝撃が突き抜ける。
「ごふっ……!」
ビャッコの口から、大量の血反吐が撒き散らされた。
白目を剥きかけ、意識が飛びそうになる彼女の顔面に、今度は鉄塊のような銃身が叩きつけられる。
ガッ! ゴッ!
「ほらほら! どうしたワンちゃん! もっと楽しませろよ!」
往復ビンタのように振り下ろされる銃身が、ビャッコの頬を、額を、鼻梁を砕かんばかりの勢いで殴打する。
硬質な打撃音が響くたび、彼女の首がガクンガクンと揺れ、鮮血の飛沫がアスファルトに花を咲かせた。
もはや抵抗することすらできない。
ただ破壊されるだけの肉塊と化したビャッコを、ハウルはゴミのように投げ捨てた。
投げ捨てられたビャッコは、糸の切れた人形のように地面に転がり、血塗れの顔を痙攣させながら、喉の奥からヒューヒューと空気を啜る音だけを漏らしていた。
「ビャッコ! いやぁっ!」
ノアが悲鳴を上げて駆け寄ってきたのが見えた。
駆け寄ってきたノアは、血まみれで倒れるビャッコを守るように上に覆いかぶさる。
そして、泥と血で汚れたビャッコの手を、震える両手でギュッと握りしめた。
「あなたたち私が目的なんでしょ!? 抵抗しないから……私を連れて行きなさいよ! だからもうやめて!」
その悲痛な叫びに、ハウルは銃を下ろすことなく冷ややかな笑みを浮かべた。
「もちろん連れていくさ。だがな、プロはきっちり仕上げをしていかないと気が済まないんだ」
ハウルはノアの肩越しに、ぐったりとしているビャッコの顔面へと銃口を向ける。
「いくらナノスキンアーマーでも、さすがに眼球か、口の中を撃てば死ぬだろ?」
「やめ――」
ノアが息を呑んだ、その瞬間だった。
ドォン!!
一発の銃弾が、ハウルの頭をかすめて後方のバンに突き刺さった。
「――ッ!?」
「小隊長から離れろぉぉぉぉぉ!!」
硝煙の向こうから、アイリスが血走った目で駆け寄ってくる。
彼女は走りながらアサルトライフルを乱射し、なりふり構わずハウルへと突っ込んできた。
「チッ……増援か」
ハウルは舌打ちをすると、ノアの腕を掴んで強引に引き剥がした。
「ここまでか。まあいい、最初の目的は確保した。よしとするか」
「離して! ビャッコ! ビャッコー!!」
ハウルは暴れるノアを軽々と担ぎ上げ、撤退しようと踵を返す。
だがその時、黒いコートの裾に何かが引っかかるような重みを感じて足を止めた。
「あん?」
見下ろすと、血の海に沈んでいるはずのビャッコの手が、ハウルの黒いコートの端を死に物狂いで握りしめていた。
白目を剥き、意識などとうに無いはずなのに、その指だけは決して獲物を逃がそうとしていない。
「……ハッ。大した忠誠心だこと」
ハウルは呆れたように吐き捨てると、鬱陶しそうにその手を靴底で踏みつけ、無理やり振り払った。
「じゃあな、忠犬。次があれば殺してやるよ」
ハウルは迎えに来た黒いバンへと飛び乗った。
アイリスの放つ銃弾がボディを叩くが、装甲車仕様のバンは傷一つ付かないまま、猛スピードでトンネルの奥へと消えていく。
「ビャッコ――ッ!!」
遠ざかる車窓から、ノアの叫び声が聞こえた。
目の前で護衛対象を奪われた、完全な敗北。
少女の悲痛な叫びは、トンネルの闇に飲み込まれ、後にはただ絶望だけが残された。




