第42話 強襲のオーバーチュア
それから数日は静かなものだった。
ハードスケジュールは相変わらずだが、ライブツアーの隙間を縫って精力的に活動するノアの横顔は、以前よりも活力が戻ったように見えた。
そして、今日、いよいよライブツアーの最終日を迎えることになった。
突き抜けるような青空の下、不穏な静寂を纏った車列が、湾岸エリアの高速道路を疾走して会場に向かっていた。
「……今日を乗り切れば、ツアーも終わりね」
広いリムジンの席で、ノアが窓の外を見つめながら独りごちる。
その横顔は、いつかの夜に見せた弱々しい少女のものではなく、いつもの「歌姫」としての覚悟を決めた表情だった。
だが、膝の上に置かれた手は微かに震えている。
護衛のためと強弁してリムジンに同乗していたビャッコは、そんなノアに視線を向けた。
「大丈夫だ。私たちがついている」
ビャッコが短く声を掛けると、ノアは少し驚いたように彼女を見て、小さく頷いた。
「……ふん。頼りにしてるわよ、ボディガードさん」
減らず口を叩けるなら大丈夫だろう。
ビャッコは視線を前方に戻した。
今回の移送は厳戒態勢だ。
先導車と後続車には社長が雇った私兵の車両が数台、さらにネオン達が乗った装甲車がそれに続き、長い列を作っている。
その装甲車にはアイリスも乗っているはずだ。本当はこっちに同乗したいと懇願していたが、ノアが断固として拒否したため、あちらに押し込んだ形だ。
社長自身も、装甲仕様のリムジンで同行している。
脅迫状の内容が本当なら、何かあるとすれば今日が期限だ。
ピリピリとした空気が無線越しにも伝わってくる。
(……アレス。なんか感じる?)
【私はAIなので”感じる”という機能はありません。なお、マスターの視覚情報からは特段の異常は見当たりません】
(ならいいんだけど)
この一連の事件が社長の自作自演だとすれば、また陰湿な嫌がらせが起こる程度で終わるかもしれない。
そう思いながらも、ビャッコはどこか落ち着かなさを感じていた。
彼女の直感が、チリチリと警鐘を鳴らしていたのだ。
まだ期間は短いが、そこそこの修羅場を潜ってきた小隊長の勘というべきものが。
『――アルファ1より各車。第3ポイントを通過。これよりトンネルに入る』
インカムからゴルドの私兵からの報告が入る。
前方に見える巨大な海底トンネルの入り口。
そこに入った瞬間、世界から光が遮断され、オレンジ色の照明だけが流れる空間になった。
その時だった。
ドォォォォォォォォォン!!
腹に響くような爆音と共に、先頭を走っていた護衛車両が宙を舞った。
「きゃあぁッ!?」
「伏せろッ!!」
ビャッコは咄嗟にノアの頭を抱え込み、座席の下へと押し込んだ。
急ブレーキのGで体が前のめりになる。
フロントガラスの向こうでは、横転した先導車が激しく炎上し、道を塞いでいた。
『て、敵襲! 敵襲! 対戦車ミサイルです!』
『バカな! ここは封鎖エリアだぞ! どこから撃ってきた!?』
インカムから悲鳴に近い報告が飛び交う。
ビャッコは義眼の倍率を上げ、硝煙の向こう側を凝視した。
トンネルの非常駐車帯から、黒い戦闘服に身を包んだ集団が飛び出してくるのが見えた。
手にはアサルトライフル、肩にはロケットランチャー。
動きに無駄がない。完全に統率された動きだ。
(まさか本当にテロリストが!?)
これまでとは違うプロの動きに、ビャッコの脳内で激しくアラートが鳴り響く。
「降りるぞ! 車内にいたら棺桶になる!」
ビャッコはドアを蹴り開け、ノアの手を引いて車外へと飛び出した。
その直後、彼女たちが乗っていたリムジンの後方の車両に、次弾のロケット弾が突き刺さった。
ガシャアァァァン!
爆風が頬を撫でる。
後方を見ると、社長の私兵が応戦しているようだが、敵の火力が桁違いだ。
市街地で、これほどの重火器を持ち出すなど正気の沙汰ではない。
ビャッコは自分のインカムに手を当てて叫んだ。
「ネオン! そっちは無事!?」
『――ビャッコ!? こっちはみんな無事だけど、目の前で車両が炎上していてそっちと分断された!』
「了解! 私はノアを連れてそっちに向かうから車両の除去をお願い!」
そう言って通信を切ると、ノアの手を引いて走り出す。
「な、なんなのよこれ!? どうなってるの!?」
「離れるな! 私の後ろに隠れてて!」
ノアをコンクリートの支柱の影に押し込むと、ビャッコはセラフィムを抜いて構えた。
【モード『インパクト・キャノン』スタンバイ。照準、セット】
「いけっ!!」
透明な衝撃波が炎の中を切り裂き、走ってきたテロリスト2人を壁に叩きつける。
ナノスキンアーマーと日々の訓練のお陰でだいぶマシになってきたとはいえ、やはりこのモードは少し堪えるものがある。
だが、敵の数は多い。ざっと見て20人以上。
その時、装甲車から、慌てふためいた様子でゴルド社長が転がり出てきた。
「な、何だこれは!? 聞いていないぞ! どういうことだ!」
社長は顔を真っ赤にして、護衛の兵士たちに怒鳴り散らしている。
「おい! 何をしている! 私の『商品』を守れ! 傷一つつけたらタダじゃおかんぞ!」
「しゃ、社長! 危険です! 車内に戻ってください!」
部下が必死に止めるが、社長はパニック状態で聞き入れない。
その様子を見る限り、彼にとってもこの襲撃は想定外の事態らしい。
(とはいえ、ノアを商品扱いしているのは相変わらずか)
ビャッコは心の中で舌打ちをしつつ、ノアを庇いながら周囲を警戒した。
敵の狙いは明らかにノアだ。
だが、これだけの重火器と人員を動員できる組織など、そうそういないはずだ。
(囲まれる前に抜け出さないと――)
「――残念だが、開演時間は早まったぜ」
だがしかし、トンネル内に、不快なほど歪んだ電子音声が響き渡った。
それは拡声器を使ったものではなく、もっと直接的に、脳を揺さぶるような響きだった。
炎上する車両の残骸の上に、一人の男が立っていた。
黒いスーツの上に黒いコートを羽織り、顔の半分を覆うような異様なマスク。
そして首元には、肉に食い込むような首輪型デバイス。
その男は、マスクの奥で獰猛な獣の眼を光らせた。
「おい、そこの旦那。随分と威勢がいいな」
その顔を見た社長は一瞬、驚きと安堵がない交ぜになったような表情をした後、こちらの視線に気づいて慌てたように声を張り上げる。
「き、貴様は何者だ! どこの組織だ! 金か!? 金なら払うぞ!」
黒いコートの男はそれを鼻で笑い飛ばした。
「金? ああ、そいつはいいな。だが俺たちが欲しいのは、そこの『歌姫』だけだ」
男の視線が、ビャッコの背後にいるノアを射抜く。
「手間が省けたな。まさか向こうから出てきてくれるとは」
「……ッ!」
ビャッコは反射的にノアの前に立ち塞がった。
こいつがリーダーだ。
全身から発せられる威圧感が、他のテロリストどもとは次元が違う。
その黒スーツの男はビャッコの姿を認めると、その目がニヤリと凶悪な笑顔を作る。
「どけよ、治安維持部隊のワンちゃん。その歌姫は俺たちの獲物だ」
(俺たちのことまで知っているか)
そう思いながらも、少しでも時間を稼ぐために、ビャッコは銃を油断なく構えながら問いかけた。
「お前らは何者だ。まさか本当に反企業組織『リベリオン』なのか?」
「ん? ははは、そんな設定もあったなぁ!」
その男は顔に手を当ててひとしきり笑うと、片手をあげる。
その動作に合わせて、周囲に駆け寄ってきた黒い戦闘服の集団が銃を構える。
無数の銃口が自分とノアに向けられ、肌を刺すような殺気にビャッコは全身が粟立つのを感じた。
「おい、歌姫には当てるなよ。そこのヒューマロットだけ狙え。……おい、ワンちゃん。まさか護衛対象を盾にするようなダサい真似はしねえよな?」
「……ノア、車の陰に隠れて。すぐに終わらせる」
「ビャッコ!?」
「いいねぇいいねぇ! 勇敢だねぇ!」
ノアは無傷で確保する。
癪だが、その一点においてのみ、ビャッコと奴らの利害は一致している。
だったら、ノアを盾にする選択肢はない。彼女を隠し、ビャッコが単独で火力を引き受ける。
それが自殺行為に近い無謀な戦術だとしても、ボディガードとしては唯一の正解だ。
ビャッコは慌てるノアを装甲リムジンのドア裏へと押しやり、彼女が隠れたのを確認すると同時にセラフィムを構えた。
それを見て、ニヤリと笑った黒スーツの男が手を振り下ろす。
「――やれ」
黒い戦闘服の集団の銃が激しく鳴り響き、無慈悲な銃弾の嵐がたった一人の少女を飲み込むべく殺到した。




