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SF世界にTS転生した俺は治安維持部隊を全力で社畜する!  作者: 宇宙のモナカ


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第33話 四角いリンゴと碧い義眼

当然ながら、そのまま帰って報告書を書こう、とはならなかった。


「小隊長! 小隊長! しょうたいちょぉぉぉー!!」

「君! 離れて、離れて! 怪我人だよ!!」


アイリスもそこそこボロボロだったはずなのに元気だなーと他人事のように思う自分がいた。

怪我人、こと俺、ビャッコは地上に着いてすぐ、ネオンが冷静に呼んでくれた救急隊の手によって搬送されたのだった。

空飛ぶ救急車(エア・アンビュランス)がサイレンを鳴らして降りてくるのを見て、「おぉ、未来だ」と少しテンションが上がったのだが、残念ながらストレッチャーに乗せられた直後にブラックアウト。

自分が空を飛ぶ感覚は味わえなかった。

薄れゆく意識の中で、半狂乱のアイリスが救急車に乗るの乗らないのと押し問答していたのまでは覚えている。


そして、気が付くと、また見慣れた天井だった。

いい加減3回目ともなれば、「知らない天井だ」なんて言う気も起きない。

実家のような安心感すらある。


【メモリチェック……クリア。バイタル・スキャン……心拍、血圧、正常値へ移行中。――おはようございます、マスター。生存を確認しました】

(おはよう、アレス。いつも悪いね)


ツンとくる消毒液とオゾンの混じった無機質な匂いと、微かな駆動音。

一定のリズムを刻む生命維持装置の電子音。

言うまでもなく、いつものラボの治療室だった。


「……おはよう。SFTS1005。気分はどうだ」


視線を横に向けると、そこに立っていたのはボディスーツに白衣のいつもの博士の姿。

整った顔立ちは心なしかいつも以上に不機嫌そうで、銀縁メガネの奥の瞳には静かな炎が燃え盛っているような――そんな威圧感があった。


「おはようございます。……いつもすみません」


ベッドの上で、俺は申し訳なさそうにペコリと頭を下げた。

アレスが痛覚をシャットアウトしてくれているお陰で痛みはないものの、体が鉛のように重い。

流れる血の量と、脳内で溢れかえっていた警告(アラート)から考えるに、今回はさすがに2度目の転生行きかと思っていた。

こうして生き延びたことは、博士の腕に素直に感謝しかない。

博士は手元のホログラム端末を操作しながら、深くため息をついた。


「右肩貫通銃創、右脇腹盲管銃創、それに伴う内臓損傷。全身に複数の擦過銃創。左上肢から左側面にかけてⅢ度熱傷(炭化)。顔面はⅡ度熱傷。気道熱傷。眼球損傷。重度熱中症に加え、循環血液量減少性ショック……」


博士はそこで言葉を切り、ギロリと俺を睨んだ。


「私は前回、『少しは自分を大切にするように』と言ったはずだがな?」

「…………反省しています」


後悔はしていないけど。

しかし、表面上はしおらしくしている様子を見て満足してくれたのか、博士はもう一つため息をつくと、それ以上の説教はやめてくれた。

前世で培った「反省するふりスキル」が役立ったようだ。

個人的には、美人の女性に正論で詰められるのが一番怖い。


「まあ、今回も君の仕事は企業に多大な貢献をもたらした。プラントの暴走を未然に防ぎ、都市の壊滅を回避したのだからな。その功績自体は褒めるべきだろう」

「いえ、当然のことをしたまでです」


そう言いながら首を振った。

世界をまた救ってしまったぜ、なんて思っても口には出さない。

謙遜は日本古来からの美徳だ。2155年となった今に通じるかはわからないが。


博士は少し声のトーンを落とし、椅子に座り直した。


「……だが、今回の事件は例によって表には出せない。廃熱プラントの存在はそれ自体が部外秘だ。公式発表では『老朽化した地下設備の事故』として処理される。よって、君への公式な表彰も行われない」

「そう、なんですか」

「……すまないな。その代わりに、私のできる範囲で君の個人的な要望を叶えることもできるが、どうする?」


個人的な要望、か。 正直、街も救われたし、可愛い部下とも信頼関係を築けたし、俺としては結果オーライだ。

仕事をがんばろうとは常々思っているが、別に出世欲や名誉欲のためにやっているわけではない。

生活が回るだけのお金と、自己満足があれば割と充分だ。


「……あ」

「どうした。何か思いついたか?」

「部下のアイリスの機甲兵が今回の事件でかなり損傷してしまったんです。それをできる範囲でいいので修理してもらえればと」

「私は君の希望を聞いたつもりなんだが」


そう言われてもな。だけど、実際のところ、今回の事件はかなりの部分アイリスが頑張ってくれたので、そこの恩には報いたいと思っているのだ。

部下の頑張りを全てかっさらう上司にだけはなりたくないと常々思っていたところだから、そこはきちんと断っておくことにする。


「いえ、私の方は特には」

「……例えばだが、君の所属を私直下の研究所付きにして、現場任務を免除するということもできるぞ」

「!?」


その言葉に、俺は体をピクリと震わせた。 それは、まさか夢の社内ニート……いや、「飼い殺しの特権階級」というやつではないだろうか。

安全なラボで、一日中検査を受けたりデータを取られたりするだけで給料が出る生活。

前世の俺なら飛びついていたかもしれない。

だが、今の俺は――。 この世界の空気にも、部下の皆との騒がしい日常にも、愛着が湧いてしまっている。

それに、仕事がないというのは案外退屈で死にそうになるものだ。

やれやれ、俺もすっかり企業戦士の精神が身についてきたようだ。


「それは、申し訳ありませんがお断りします」

「なっ……なぜだ? 次は死ぬかもしれないんだぞ?」

「やることがあるのは、嫌いじゃないので」

「!! ………そうか、そうだな。お前は……昔から、そんなやつだったな」


博士が一瞬、眩しいものを見るような目をした気がしたが、すぐにいつもの無表情に戻ったので、見間違いだったかもしれない。

彼女はまた端末を操作し始めた。


「話を戻そう。今回の治療にあたっては、君の損傷した皮膚の多くを最新のナノスキンアーマーの人工皮膚に換装している。これで防弾・耐熱性能は向上した」

「はあ、ありがとうございます」

「また、熱で焼かれた左眼球については、角膜移植だけでは機能回復が不十分だったため、眼球ごと換装した。最新型の義眼『ラピスⅢ型』だ」

「ラピス……?」

「電脳直結型の多機能アイだ。使い方は後でA.R.E.S.に確認しておけ」


博士が手鏡を渡してくる。

覗き込むと、そこには左目だけが宝石のラピスラズリのように深く、青く輝く自分の顔があった。


(オッドアイか……中二病っぽいな)


なんかよく分からないけど、俺はまた勝手にパワーアップしたらしい。

こういう時、未来でよかったと思う。

勝手に改造されているのは「人権ないな」と思わないでもないが、見え方は以前よりもクリアだし、まあいいだろう。


ふと、現実的な疑問が頭をよぎる。

人工皮膚に、最新型の義眼。これ、どう考えてもべらぼうな額の治療費がかかっているんじゃないだろうか。

ヒューマロットの薄給で払える額じゃない。


「あの、治療代についてはどうお支払いしたら……分割でお願いできますか?」

「ん? 馬鹿を言うな。そんなもの企業持ちにきまっているだろう」


博士は呆れたように鼻を鳴らした。


「君は頭の先からつま先まで、企業の『資産』だ。備品を整備・修理するのに、備品から金を取る馬鹿がどこにいる」

「あ、はい。そうですよね」


助かった。まさかの全額会社負担(ゼロ割負担)だった。

ビバ、クローン人間。これだから社畜はやめられない。

俺が胸を撫でおろしていると、「安静にしていろ」という言葉を最後に、博士は話は終わりだと言わんばかりにツカツカと部屋を出て行った。


プシューッ、と自動ドアが閉まる。

部屋に再び静寂が帰ってくる。

そこで俺は、重要なことを忘れていたことに気づいた。


「あ、博士に暇つぶしの道具お願いすればよかった……」


そんな俺の呟きが、無音の病室に虚しく木霊するのだった。



「……暇だ」


博士が出て行ってから30分。

俺は早くも人生に飽きかけていた。

ナノマシンの修復促進のために安静にしていろと言われたが、正直、痛みもないし、体を持て余している。

アレスと脳内しりとりをするのも限界があった。


(あーあ。誰か来ないかな。……いや、みんな激戦の後だ。泥のように眠っているだろうな)


そう思いながら、ぼんやりと天井のシミを数えていた、その時だった。


ウィィィン……。


控えめな駆動音と共に、病室のドアが開いた。 入ってきたのは、見慣れた――いや、少し見慣れない姿の少女だった。


「…………小隊長」


アイリスだった。 よれたジャージは相変わらず。

だが、その様子が少しおかしい。 艶やかな髪は少し乱れ、目の下には薄っすらとクマがある。 そして何より、その瞳が――。


(……捨てられた子犬みたいだ)


彼女の瞳は、不安と恐怖で潤んでいた。

まるで、少しでも目を離したら俺が消えてしまうのではないかと怯えているような、そんな弱々しい視線。


「……アイリス? もう大丈夫なの? 疲れてるなら無理して来なくても――」

「……嫌です」


アイリスは俺の言葉を遮ると、よろよろとベッドの脇まで歩み寄り、パイプ椅子にちょこんと腰かけた。 その手には、ナイフとリンゴが握られている。


「……小隊長に、栄養をつけてもらわないと」

「え、あ、はい」


彼女の悲壮な空気に押され、俺は大人しく従う。

アイリスは真剣な眼差しで、リンゴの皮を剥き始めた。


シュッ、シュッ、ゴリッ、ガリッ。


……音が、硬い。 手元が震えているのか、皮を厚く剥きすぎて、実がどんどん削げていく。 数分後。


「……できました」


アイリスが申し訳なさそうに差し出した皿の上には、白くて小さな『立方体(キューブ)』が乗っていた。


「……アイリス。これは?」

「リンゴ……です。……すみません、私、不器用で……」

「いや、ありがとう。いただくよ」


俺はフォークでその「四角いリンゴ」を刺し、口に運ぶ。 食べる部分がほとんど残っていなかったが、味は確かだった。


「……うん、甘い。美味しい」

「本当ですか……? よかった……」


俺が礼を言うと、アイリスは安堵したように息を吐き、そして――突然、ポロポロと涙をこぼし始めた。


「……アイリス?」

「怖かった……怖かったですぅ……」


彼女は椅子から崩れ落ちるようにして、ベッドの上の俺にすがりついてきた。

俺のパジャマの袖を、両手でギュッと握りしめる。

その指は白くなるほど力が込められていた。


「小隊長が……あのまま死んじゃうかと思って……また、私一人になっちゃうと思って……!」

「……大丈夫。私はここにいる」

「いなくならないでください……! 私、小隊長がいないと駄目なんです……! 居場所とか、ご飯とか、どうでもいい。貴方がいない世界なんて、もう考えられない……!」


おかしいな。

この子、あの戦いで弱い自分を脱ぎ捨てて強くなったんじゃなかったっけ?

あのアイアン・メイデンに乗ってた子はどこにいったんだろう。

そんな俺の疑問は他所に、アイリスの瞳には大粒の涙がみるみるうちに盛り上がってくる。


「私のせいで、こんな怪我をさせて……ごめんなさい、ごめんなさい……」

「大丈夫だよ。全部治ったし」

「……小隊長、その左目は?」


ああ、色が変わってたら気づくか。

俺が何か言おうとするより前に、アイリスの目から涙が零れ落ちた。


「ごめんなさい。私のせいでこんな体にさせて……ごめんなさい、ごめんなさい」

「いや、アイリスのせいじゃ」


俺がそう言うが、アイリスは首を左右に振った。


「……これからは、私が貴方の手足になります。盾になります。だから……私を捨てないでください。ずっと、傍にいさせてください……」


上目遣いで見つめてくる瞳には、深い深い孤独と、すがるような懇願の色があった。

これはこれで重いが、守ってやらねばという庇護欲を掻き立てられる。


「……分かった。約束するよ」


俺が溜息交じりに頷いて、彼女の頭を撫でようとした、その時だった。


ウィィィン。


「お邪魔しまーす……って、うわっ」

「ん? 甘い匂い……って、ええええええっ!?」


絶妙なタイミングでドアが開き、ネオンとルミナが入ってきた。

そして、開口一番、二人の視線はベッドの上の皿――そこに残った「リンゴの皮」に釘付けになった。


「ちょ、ちょっと! 天然物のリンゴなんて一個いくらすると思ってんの!? どこから湧いてきたの!?」

「えぇっ!? 合成フードのリンゴ味じゃなくて!? 本物!? すっごい高級品だよ!?」


二人が驚愕の声を上げる。

俺としては見慣れた品だったのでスルーしてしまったが、実は高級品だったようだ。

普通に食べてしまい惜しいことをした。

アイリスは涙を拭いながら、小さく答えた。


「……今回の特別手当、全部使って買いました。……小隊長に元気になってほしくて」

「全額ぅ!? あんた馬鹿なの!? 自分の服買いなさいよ服!」


ネオンが頭を抱える。 だが、すぐに彼女の吊り目は、別の事実に気づいて鋭く細められた。


「……ていうか。なんでさっきから、どさくさに紛れてビャッコに抱き着いてるわけ?」 「……?」


アイリスは無自覚だったのか、キョトンとした顔で、しかし手はしっかりと俺の腕を抱きしめたままだ。


「離れなさいよ! 相手はけが人よ!?」

「……嫌です。小隊長はまだ安静が必要なんです。私が支えてあげないと」

「支えるってレベルじゃないでしょ! 完全に『私のモノ』扱いじゃない!」


ネオンがプリプリと怒りながら、アイリスの襟首を掴んで引き剥がそうとする。


「ビャッコが困ってるでしょ!」

「困ってません! 小隊長は私のこと必要としてます!」

「してないわよ! あんたが重いだけよ!」

「わー、すごい。四角いリンゴだー。いただきまーす」


ルミナは喧嘩をスルーして、残っていたリンゴをパクついている。

ギャーギャーと騒がしい声が、無機質な病室に響き渡る。

俺は騒ぐ部下たちを見ながら、小さく息を吐いた。 ……頭が痛い。 でも、不思議と悪い気分ではなかった。


「……ん、甘い」


四角いリンゴの甘さが、いつまでも口の中に残っていた。


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