第28話 君の居場所はここにある
「撃てッ! 足を止めるな!」
俺の叫び声は、轟音にかき消された。 広場は今、鉛の暴風雨の中にあった。
ダダダダダダダッ!!
無数の『おもちゃの兵隊』が一斉に火を噴く。
俺が隠れているコンテナの壁が、チーズのように削り取られていく。
ネオンが後方から煙幕弾を撃ち込み、敵の視界を奪ってくれているおかげで直撃は免れているが、それも時間の問題だ。
『ちょっと! 数が多すぎるわよ! あんた本当にこれを一人で引き受ける気!?』
ネオンが通信機越しに悲鳴を上げる。
数百の銃口が、前線に出ている俺一人を狙っている。
「大丈夫。ネオンのところには通さない」
「あんたねぇ! 私が心配してんのは自分の命じゃなくて、あんたの……ッ!」
その時、頭上のスピーカーからベネディクトの笑い声が降ってきた。
『あはは、元気だねぇネズミさんたち。でも、パパは忙しいんだ。邪魔をしないでくれるかな?』
カシャン、カシャン。 広場の四方から、重装甲の大型ドローンが現れた。
背中には、あの忌まわしい「粘着焼夷弾」のタンクを背負っている。
『まずいよビャッコちゃん! あいつら、煙幕ごと広場を火の海にするつもりだよ
!』
通信機からルミナの切迫した声が聞こえる。
彼女たちは今、広場の反対側、瓦礫の山に隠れて機体へ近づくチャンスを窺っているはずだ。 だが、このまま広場全体が焼かれれば、生身のアイリスも巻き込まれる。
「ルミナ、アイリスの位置は?」
「機体まであと50メートル! でもダメ、敵の一個小隊が機体の周りを固めてる! あいつらをどかさないと近づけない!」
俺は舌打ちをした。 このままではジリ貧だ。
(……もっと派手に、もっと無防備に踊るしかないか)
俺は左腕に装着した簡易シールド発生器を起動した。
ブゥン……という低い駆動音と共に、青白い光の盾が展開される。
ネオンから押し付けられた、虎の子の防御兵装だ。
「ルミナ、アイリス! 私が合図したら走って!」
俺はコンテナの陰から、あえて敵の群れのど真ん中へと躍り出た。
「こっちだ!!」
俺はオファニムを連射しながら、広場の中央を突っ切るように走った。
真正面から堂々と姿を現した俺に、トイ・ソルジャーたちが一瞬動きを止める。
そして、スピーカーから訝しげな声が響いた。
『おや、そこにいるのは泥棒猫かな?』
ベネディクトのカメラアイが、俺を捉えたようだ。
『私の娘はどこだい? このドレスを取り返しに来ているんだろう?』
アイリスの方を向かせるわけにはいかない。
ここで完全に、俺に釘付けにする。
「アイリスは危険だから帰らせた」
俺はオファニムの銃口を、虚空のカメラに向けた。
「相手は私。……相手をしてくれるでしょ、お父さん?」
そんな挑発を言いながら、これも一種のパパ活なんだろうかとつまらないことを考える。
広場に一瞬の静寂が落ちる。 次の瞬間、スピーカーから聞こえてきたのは、冷めきった失望の声だった。
『……なんだ。つまらないな』
ガチャリ。 数百の銃口が、一斉に俺一人に向けられた。
『なら、消えなさい』
ドォォォン!!
一斉射撃。 俺は左腕のシールドをかざし、真正面から弾丸の雨を受け止めた。
バチバチバチッ!!
シールド表面で無数の火花が散る。
ギリギリで身を躱したので直撃は防げている。
だが、運動エネルギーまでは殺しきれない。
ハンマーで殴られ続けるような衝撃が全身に走り、足が止まりそうになる。
「ぐぅッ……!」
「ビャッコ!!」
ネオンの援護射撃が敵を牽制しようとするが、数が違いすぎる。
シールドのエネルギー残量がごりごりと削れていく警告音が鳴り響く。
それでも、俺は足を止めない。
機体の近くにいる敵を引き付けるため、わざと目立つように、銃弾を弾きながら距離を詰める。
機体周辺にいた警備小隊も、ついに痺れを切らしてこちらへ向かってきた。
よし、道が開いた!
「今だ! 行って!!」
俺が叫んだ、その瞬間だった。
シールドの防御範囲外――死角である右側面から、鋭い銃声が響いた。
ドスッ
「がッ……!?」
右肩に熱い衝撃。
シールドで防ぎきれなかった流れ弾が、俺の肉体を貫いた。
俺の体は弾き飛ばされ、無様に地面を転がった。
だが、シールド発生器だけは本能的に守ったため、青い光はまだ消えていない。
「ビャッコ!!」
ネオンの叫び声が遠くに聞こえる。
俺は地面に手をつき、何とか立ち上がろうとした。制服が、じわりと赤く染まっていく。 右腕が痺れて上がらない。オファニムを取り落としてしまった。
『あははは! 無様だねぇ! 生身の人間なんて、所詮そんなものさ!』
ベネディクトの嘲笑が響く。
トイ・ソルジャーたちが、手負いの獲物をなぶるように包囲網を縮めてくる。
(……くそ、ちょっとカッコつけすぎたか……)
視界が霞む。
だが、俺は倒れるわけにはいかない
俺の視線の先――瓦礫の隙間から、ジャージ姿の少女がこちらを見ているのが見えたからだ。
アイリス。 彼女は今、ルミナに背中を押されながらも、足がすくんで動けずにいた。
当然だ。
目の前で人が、血まみれになって転がっているのだから。
恐怖で目を見開き、ガタガタと震えている。
戻ろうとしている。 「殻」のない自分には何もできないと、絶望している。
だから、俺は彼女の目を見て、口の動きだけで伝えた。
「(走って)」
直後、俺の足元のコンクリートが、敵の集中砲火で弾け飛んだ。
俺はシールドを構え直し、再び弾雨の中へと身を投じた。
(行け、アイリス。……ここがお前の居場所だ)
もはや、俺は戦うためにここに立っているのではない。
ただの「的」だ。 彼女が機体にたどり着くまでの数秒間、一発でも多くの弾丸をこの身で受け止めるためだけの、肉の盾となるために。
「ぐぅッ……!」
強烈な衝撃が、再び俺の体を襲った。 シールドの出力が低下している。防ぎきれなかった弾丸が、今度は左脇腹を浅く削った。
熱い。痛い。
そう思った途端、【痛覚シャットアウト】というアレスの言葉とともに痛みが消えた。
しかし、血が流れ出る感覚が鮮明に残っており、力が入らない。
(まだだ……まだ倒れるな……)
俺は歯を食いしばり、膝をつきそうになる体を無理やり支えた。
視界の端で、ルミナがアイリスの背中を押しているのが見える。
だが、アイリスは動かない。動けないのだ。 目の前で血を流す俺を見て、恐怖で凍り付いている。
「あははは! 脆い、脆いねぇ人間は!」
ベネディクトのドローンが、火炎放射の予備動作に入る。
◆
(どうして……?)
アイリスの時が止まる。
この一週間過ごしてきて、小隊長のことについていくつかわかった。
ヒューマロットが上司かと思ったが、その小隊長はイメージしていた無感情な性格ではなく、思ったよりも優しかった。
ネオンが突っかかったり、ルミナがアイアン・メイデンに手を出そうとしてきた時も庇ってくれた。
いつも、アイアン・メイデンの目を通して私のことを見てくれていた。
ちっちゃいのに、生身でいつも銃一つもって頑張って戦う姿は、中身がダメダメな自分にとってコンプレックスでもあったが、憧れもした。
さっきは優しく抱きしめてくれた。
本当の意味での家族がいない自分にとっては、お母さんやお姉ちゃんってこんな感じなのかなとチラリと思った。
それが今、ボロボロになって、血まみれになって、私のために盾になっている。
(どうして……私なんかのために……)
彼女の脳裏に、ビャッコの言葉が蘇る。
『関係ない。私はアイリスが大切』
彼女は「アイリスは危険だから帰らせた」と嘘をついて、自分一人に敵の攻撃を集中させた。
私を守るために。
こんな、ジャージ姿で震えているだけの、情けない私のために。
ドスッ
また一発、ビャッコの体に銃弾が突き刺さるのが見えた。
彼女の体が大きく揺らぎ、ついに片膝をつく。
ブチィッ
アイリスの中で、何かが切れる音がした。 それは恐怖を繋ぎ止めていた鎖か、それとも理性か。
「……やだ」
彼女は小さく呟くと、ルミナの手を振り払った。
「やめて……」
彼女の足が、地面を蹴った。 逃げるためではない。 死地である、広場の中央へ向かって。
「私の……」
喉が裂けんばかりの絶叫が、戦場の轟音を切り裂いた。
「私の小隊長を……いじめるなぁぁぁッ!!!」
その声に、世界が一瞬静止した。 ベネディクトも、トイ・ソルジャーたちも、そしてビャッコも、目を見開いた。
「アイリス……!?」
ジャージ姿の少女が、なりふり構わず走ってくる。
腕を振り乱し、顔を涙と鼻水でぐしゃぐしゃにして、まるで迷子が親を探すような必死さで。
『おや、そこにいたのかい? 愛しい娘』
ベネディクトが嬉しそうに声を上げる。
その声には、嗜虐的な喜びと、歪んだ愛情がたっぷりと含まれていた。
『さあ、みんな。愛しの娘を捕まえておいで。……傷つけないように、優しくね?』
『娘、確保。娘、確保』
ビャッコを取り囲んでいたトイ・ソルジャーの一部が、アイリスへ向かって方向転換する。 その中の一体が、行く手を阻むように立ちはだかった。
「来るな! 来るなぁぁぁッ!」
アイリスは、ネオンから渡されたハンドガンを両手で構えた。
だが、その目は恐怖で固く閉じられている。 狙いなんてつけていない。
ただのパニックだ。
ダァァァン!!
乾いた銃声が一発。 放たれた銃弾は、吸い込まれるようにトイ・ソルジャーの頭部――メインカメラのレンズど真ん中を貫いた。
『視覚素子、損傷。エラ……エラァ……』
ロボットが火花を散らしてよろめく。
まさにビギナーズ・ラック。奇跡の一撃だ。 だが、その一撃が道をこじ開けた。
「ルミナ、今だッ!」
「分かってる!」
アイリスの後ろを走っていたルミナが、よろめくロボットの脇をすり抜け、アイリスの手を引いて『アイアン・メイデン』の足元へ滑り込む。
「アイリスちゃん、認証急いで! 私はフィルターをやる!」
「は、はいッ!」
アイリスが泥だらけの手形を、機体の装甲に叩きつける。
ルミナは機体の背面へ回り込み、工具を取り出して排気ダクトのカバーを強引にこじ開けた。
「やっぱり! 煤と油でギトギトじゃん!」
彼女は詰まっていたフィルターユニットを掴むと、ロックを解除して引っこ抜いた。
ガコォン!と黒く汚れた部品が地面に落ちる。
「フィルター強制パージ! 直結回路よし! ――大丈夫、動くよッ!!」
ルミナの頼もしい叫びと同時に、機体が重低音と共に唸りを上げた。
『――Welcome back, My Queen.』
合成音声と共に、胸部のコクピットハッチがプシュウウウ!と白煙を上げて展開する。
「帰ってきたよ! アイアン・メイデン!」
アイリスは跳び箱を飛ぶような勢いで、開いたハッチへと飛び込んだ。
それと同時に、敵の集中砲火が機体に殺到する。
カンカンカンカンッ!!
火花が散る。 だが、遅い。
ガションンンンッ!!
重厚な装甲ハッチが、完全な密閉音と共に閉ざされた。
外界の音が遮断される。 熱気も、騒音も、火薬の臭いも消えた。
あるのは、静謐な暗闇と、馴染みのある計器の光だけ。
『システム・オールグリーン。吸気効率回復。動力炉、再点火。出力100%』
モニターに次々と火が灯る。
アイリスは操縦桿を握りしめた。
震えはもう、止まっていた。
ジャージ姿のままだが、その表情は先ほどまでの泣き虫ではない。
『……ふぅ』
外部スピーカーから、深いため息が戦場に響き渡った。 それは、あまりにも場違いなほど落ち着き払った、冷徹な響き。
直後、機体のカメラアイが、禍々しいほどの真紅に輝いた。
ギギギ……ガシャァッ!!
『アイアン・メイデン』が、その巨腕を振り上げ、周囲を取り囲んでいたトイ・ソルジャーたちを薙ぎ払う。
金属がひしゃげる音と共に、数体のロボットがボールのように宙を舞った。
『なっ……!?』
ベネディクトの動揺した声がスピーカーから漏れる。
黒鉄の巨人は、ゆっくりと、しかし王者の風格を漂わせて、その場に仁王立ちした。
そして、外部スピーカーを通して、地獄の底から響くような「女王」の声が放たれた。
『……よくも私の留守に、好き勝手してくれたわね』
ジャキッ。
巨大なガトリング砲と、左腕のパイルバンカーが同時に展開される。
『私の城を汚し、私の安眠を妨げ……あまつさえ』
カメラアイが、血まみれで倒れているビャッコを捉え、そして怒りの色を一層強くして、ベネディクトのいる司令塔を睨みつけた。
『私の小隊長に手を出した罪、万死に値するわ。――死刑よ』
ブォンッ!!
爆発的なスラスター噴射と共に、黒鉄の処刑人が解き放たれた。




