退団 新たな出会いへ 3
「かっさんが強化選手の付き添いでイタリアに来た時からの知り合いなんだ。チームプロジェクトってあるだろ?有望な高校生や中学生を集めて世界と対戦させてるやつ。かっさんの教え子がそれに選ばれてさ、その付き添いで来てた時に俺は向こうのジュニアとして対戦したのがきっかけで仲良くなってさ、それ以降も連絡取ったりしてたんだ」
奏多が春日を指差すと、美代も斗貴子も驚いて春日を見る。
「つい先日、奏多が連絡を寄越したので、僕がこの中学に来てる事を話しましてね・・。僕も驚きましたよ、まさか奏多の甥っ子を教える事が出来るとは思ってなかったので」
春日が優しく話すのを、秋がまだ呆然としたまま聞くと、奏多が吹き出して笑う。
「・・龍星学園のマネージャー・・ですよね?」
「覚えて下さってたんですか!?」
「忘れられなかったですよ、藤崎が居たならともかく、彼がユースやら何やらで居なくても勝てないなんて、長い教員生活で初めての事でしたからね」
春日が笑うと、秋も当時を思い出して笑った。
「今でも覚えていますよ?高校生だった貴女がベンチから指示を出す姿。マネージャーというより、立派な監督でした」
「・・お恥ずかしい・・」
「本当に僕には衝撃的だったんですよ。自分がまさか高校生の女の子に見抜かれるという事が。でも、その後貴女が全日本のアナリストになったのを知って、とても嬉しくなりました。僕はそんな人と戦う事が出来たんだってね」
そう言った春日が秋に笑うと、美代も斗貴子も感心した様に二人を見た。
「でも、縁って不思議よねぇ」
斗貴子の言葉に、秋も心底そう思った。
「先生、アップ終わりました」
体育館から部長であろう生徒が声を掛けると、
「それでは、これからも宜しくお願いします。他の保護者の手前もありますから、奏多の事も、僕達が知り合いだという話も、ここだけの話にしておいて下さい」
春日はそう言って頭を下げると、体育館の中へ戻って行った。
「俺も籘達見て来るから、またな」
奏多も秋の頭をポンっと叩くと、体育館の中へ戻って行き、秋達は3人でその場を後にした。駐車場まで来ると、美代がふいに
「これ、月島が知ったら面倒だね」
そう言って、斗貴子が笑う。
「確かに!」
「え?何で?」
秋が尋ねると、美代も斗貴子もそんな秋を不思議そうに見た。
「秋ってさ、普段はすごい状況分析だけど、自分の恋愛に関してはてんで駄目だよね」
「あ、それ!私もそう思ってた」
「えぇ!?そんな事ないよ」
秋が驚いた様に言うと、二人が面白そうに笑う。
「いいや、ある。だって丈瑠さんが秋を好きだってずっと気付かなかったじゃない」
「う・・」
「いい?退団しちゃって、月島も忙しいし、中々会えない訳でしょ?それなのに、奏多君が秋の側に居たら、あのヤキモチ焼きが平気でいられる訳ないでしょ?」
美代の説明に、秋は ‘あぁ’ と納得して頷いた。
「ほら、やっぱり!」
斗貴子が声を上げて笑うと、
「だって!雪としか付き合った事ないんだもん!」
秋はムキになって言い訳をする。
「は?雪君だけなの?」
美代が目を丸くして秋を見ると、秋は段々と恥かしくなってくる。
「・・うん」
「雪君と付き合い出したのっていつ?」
「高2」
「それまで誰とも付き合った事ない訳?」
「・・うん・・え?おかしい?」
あまりにも二人が驚くので、秋は不安になってきた。
「勿体ないわねぇ!私が秋なら取っ替え引っ替えよ!」
美代の言葉に、斗貴子は秋をマジマジと見た。
「雪君しか知らないまま、結婚しちゃったんでしょ?恋愛初心者と、恋愛上級者か。なるほどね、これは丈瑠さんもガツガツいけない訳だわ」
「でしょ?あの月島が振り回されてんだもん」
二人が笑いながら話す言葉に、秋は顔を赤くしながら口を尖らせた。
その1週間後、夜の21時を過ぎた頃に、秋の携帯が鳴る。着信の画面に丈瑠の名前があるのを確認すると、秋は慌てて携帯に出た。
「丈瑠さん?」
「おう、遅くに悪ぃな」
久し振りに聞く丈瑠の声に、秋の胸が高鳴る。新年度の仕事の方が余りにも忙しすぎて、秋への仕事も上原に担当が戻った事もあり、二人はもう1ヶ月も顔を合わせていない。元々マメではない丈瑠の性格もあって、こうして電話で話すのも2週間振りだった。
「秋、少し外に出てこれるか?」
「え、今?」
「おう、今秋ん家の前にいる」
秋は携帯を耳に当てたまま、玄関から外へ飛び出した。白のプリウス、その前に丈瑠が立っている。秋は丈瑠に近づくと、嬉しさを隠さずに微笑んだ。
「どうしたの?」
「顔見に来た」
丈瑠のいつもの笑い顔に、秋の胸がギュッとなる。丈瑠が優しく秋を抱き寄せると、秋はその体温に安心しながら丈瑠の胸に顔を埋めた。
「忙しいんでしょ?」
「まぁな・・さっき団体の練習終わって、これから会社戻る」
「無理しないでね」
「奏多、中学行ってんだって?」
「うん・・美代ちゃんから聞いたの?」
「いや、奏多から聞いた」
丈瑠がゆっくり体を離すと、秋の顔を覗き込んで、小さく溜息を付きながら額をコツンと合わせた。
「俺だって会いてぇの我慢してんのに・・ずりぃよなぁ・・」
「そう思ってるなら、もっと電話してくれたっていいのに・・純一郎の方がよっぽど連絡くれるわよ」
秋が拗ねた様に言うと、丈瑠が切なく笑う。
「声聞いたら会いたくなる・・寂しくさせてたら、ごめん」
「・・バカ」
クスリと笑った秋に丈瑠の唇が触れると、丈瑠がもう一度秋の体を包んだ。
「・・早く終わらせっから、待ってて」
丈瑠の言葉に、秋は頷いて微笑んだ。




