DRAGON
GWが終わって6月に突入すると、夏の新人戦を前に近隣の27校の中学で行われる黒潮杯が始まった。1年生の実力を測る為の大会に、籘達も真新しいユニフォームに身を包む。張り切っている籘を送り出し、秋は美代と斗貴子と共に会場に向かう。今日はその27校の中に、純一郎の中学も来ている事から、秋はdragon同士の対戦に朝からワクワクしていた。
会場へ入ると、6月とは思えない熱気に秋達は揃って汗を拭う。
「籘達、どこに居るのかな」
籘達を捜しながら、秋達が会場をうろついていると、そんな秋達に2人の男達が近付いてくるのが見えた。
(うげっ!)
秋は逃げ出したい衝動に駆られる。
「秋ちゃん、おはよ」
男の一人がクネクネした仕草で秋に声を掛けると、美代と斗貴子が秋の隣に並んだ。この男は籘と同じチームの父兄で、秋を見掛けるとよくこうやって声を掛けてくる。少年バレー時代は、下の年代の父兄がどれだけ増えても丈瑠の存在が暗黙の了解の様に伝わって、秋に面と向かって声を掛けてくる父兄はいなかった。だが、中学に上がって丈瑠の存在を知らない父兄の幾人かが自分に声を掛けてくると秋は心底うんざりした気分になる。少年バレー時代の様に、他のお母さんから睨まれるのも不本意であったし、何よりも自分に向けられる男達の値踏みする様な眼には吐き気すらした。
「おはようございます。気安く名前で呼ぶのやめて下さい」
秋は努めて表情を作らず言ったが、視線に出てしまう蔑みに色までは隠そうとはしなかった。
「ップ」
隠れて笑う美代に促され、秋は男を冷たく一瞥すると籘を捜す。
「月島効果が切れると大変だ」
斗貴子までが笑い出し、秋はむくれながら
「笑い事じゃないよ!あぁいう人の奥さんに睨まれるの私なんだよ!?」
そう言って二人を睨んだ。
「クックック、月島は?まだ仕事忙しいの?」
「うん・・多分」
「多分って何よ?連絡取ってないの?」
斗貴子が驚く様に言ったので、秋も斗貴子に視線を投げながら溜息を付く。
「中学に上がってから、顔を見たのは2回だけ。電話だって2週間に1回掛かってくればいい方だもん。放ったらかしよ」
「あんた、よく文句も言わずに我慢してるわね」
美代が感心した様に言う言葉に、秋は口を尖らせる。
「忙しくなるのは分かってたし、仕方ない事だって分かってるよ?でもさぁ・・丈瑠さんってほんとに私の事好きなのかな?って疑いたくなってきた」
トホホと零す秋の言葉に、美代と斗貴子がそんな秋の頭を撫でる。
「でも、純一郎がその分コマメに連絡くれるから。今日は純一郎にも会えるし、夜も泊まってくれるって言うから、今から楽しみ!」
秋が嬉しそうに笑うと、
「これじゃ、どっちが彼氏か分からないわね・・」
斗貴子がボソリと呟いた言葉に、美代も秋も笑った。
「あ、籘達居た」
美代が指差した先に、籘達が自分達の応援席で準備をしている姿が見えた。
「籘」
秋は笑って籘に近づくと、
「どう?もう純一郎達にも会えた?」
と、声を掛ける。
「さっきちょっと話した。後で一緒にメシ食う」
籘は秋を見上げる事なく、言葉短く返した。中学に上がったからなのか、思春期だからなのか、籘は人前で秋と多く言葉を交わさない。ぶっきらぼうで、冷たく映る籘の態度に、秋は少し寂しい気がしたが、それも男の子には必要な事なのだろうとクスリと笑った。籘達がウォーミングアップの為に、応援席を後にすると、美代が秋に耳打ちする。
「王様、滅茶苦茶目立ってるわよ」
秋が恐る恐る美代の視線を辿っていくと、応援席の一番上列に、サングラスに帽子姿の奏多が足を組んで座っているのが見えた。
(・・丈瑠さんもそうだけど、この人達って自分が目立つ存在だって分かってないのかな・・)
秋が周りを見回すと、案の定他の中学のお母さん達が目をハートにさせながら、奏多に視線を送っているのが見え、秋は奏多に背中を向ける。
(・・声、掛けて来ませんように!)
こんな所で、いつもの様に声なんて掛けられた日には、奏多に投げ掛けられている視線が全て自分に注がれる事になるのを秋は恐れた。
「流石、王様・・。お母さんのハート鷲掴み状態ね」
「美代ちゃん!見ちゃ駄目!・・下手に声なんて掛けられたら、あの視線が ‘憎たらしい~’ って自分に向くから」
秋が慌てて言う言葉に、美代も斗貴子も慌てて奏多に背を向けた。
「確かに!くわばら、くわばら・・」
3人で応援席の手すりに手を掛け、コートに姿を見せた籘達を見ていると、秋の視界が急に暗くなった。
(あれ?照明落ちた?)
秋がそう思った矢先、頭にゴンっと音がして固い物が乗っかる。
「無視するたぁ、いい根性だな」
頭の上の固い物から声がして、秋はギョッとする。自分の体を包む様に手すりに手を掛けた両手、背中に感じる体温、そして頭に乗っているのは恐らく奏多の顎だ。
(あぁ・・さよなら、私の穏やかな一日・・)
秋が目に見えて項垂れると、美代と斗貴子は吹き出して笑った。
「・・ねぇ、それ変装のつもりなの?」
「一応・・駄目か?」
「目立つよ・・すごく」
「そうかぁ?」
「ここ、日本だからね・・しかも周りは子供の保護者しか居ないから・・」
奏多が手すりから手を放して、サングラスを外すと、ニヤリと笑う。秋は奏多に向き合うと、溜息を一つ吐いた。
「現役選手がこんな所に居ていいの?バレたらどうすんの?」
「俺、今日はオフだもん。大丈夫、バレやしねぇって」
(分かってない・・分かってないわ)
秋は奏多を通り越して、その周囲に目をやる。そして自分に向けられている訝しんだ視線にまた溜息をついた。




