退団 新たな出会いへ 2
中学に上がって、籘・義和・卓人が揃ってバレー部に入部すると、その顧問の名前を聞いた秋は興奮を隠せない程舞い上がった。
「春日理一!?あの春日先生が顧問!?」
「お母さん知ってるの?」
のほほんとした籘に、秋は顔を近づける。
「知らないの!?名将中の名将よ!?嘘~、まさか春日先生の教えを乞えるなんて・・なんて贅沢なの!?」
両手を合わせながら熊の様にウロウロする秋に、籘は笑う。
春日理一、教育者にしてその卓越した指導力で幾人もの学生を育て上げて来た人物だ。秋が高校3年生だった頃、春日は神奈川チームの新しい顧問として就任していた。既にアナリストとしてその能力を開花していた秋だったが、この春日のチームだけはどうにも読みずらい事から、秋達は常に苦戦を強いられていた。その春日が、籘達の顧問なのだ。秋の胸は当時の様に熱くなった。
仮入部を終え、正式に入部が決まると、春日は保護者を集めて説明会を開いた。夕方から行われた説明会に、秋は美代と斗貴子と共に参加する。秋の目の前に恰幅の良い、人の良さそうな柔和な笑顔をたたえた春日が姿を見せると、秋の頬が緩んだ。
「厳しいって言われてるけど、優しそうだよね?」
隣で美代が耳打ちをする言葉に、秋は昔の春日を知っているだけにクスクスと笑う。
「鬼よ・・丈瑠さんと同じ位」
「また!?あの子達、そんな指導者としか巡り合わないのかしら」
斗貴子の言葉に、秋も美代も声を殺して笑った。
「今日はお忙しい中、お集まり頂きありがとうございます」
春日が話し出すと、秋達は春日に向き直った。
「皆さんご存知だと思いますが、この男子バレー部は、現在県内最強と言われております。ですが、その実力に伴っただけの練習量、厳しさ、ストイックな姿勢があってのものなので、ついてこられない者、やる気のない者は辞めて頂きます。楽しくやりたいだけで入部を決めた方は、別の部活を選ぶ事をおすすめします」
春日は柔和な笑顔を絶やさないまま、保護者の背筋を正す様な厳しい言葉を並べた。
「基本的に休日はないと思って下さい。配布したプリントを見て頂ければ分かると思いますが、平日の月曜日以外に休みはありません。旅行等を計画している方は、この3年間は諦めて下さい」
プリントを見た保護者の何名かが肩を竦めたのが目に入って、秋も手渡されていたプリントを見る。
(ほんとに休みがないわ・・)
平日は火曜日から金曜日まで、土・日曜日は1日練習で埋め尽くされる練習日程だったが、少年バレーで慣れている秋達にはそれほどの驚きはなかった。だが、生徒達の送迎・応援・ケア等は全て保護者参加との話に、その場に居た保護者がざわつく。
「でも先生、私が側にいると息子が嫌がるんですけど・・」
思春期の反抗的な息子に3年間寄り添う事は親子共々容易ではないと訴える保護者に、春日はピシャリと言い放つ。
「思春期だから、言う事を聞かないからは理由になりません。この機会に是非親子で話をして下さい。そして子供を支えてあげて下さい。練習は厳しいです。僕も怒りますし、出来る子にはどんどん要求します。そんな時、本当に支えになれるのはお母さんだけです」
春日の言葉に、秋は感動しながら頷いていたが、納得していない保護者も何人かいる様だった。
「こんにちは!」
「こんにちは!」
部活中の子供達から挨拶の声が聞こえ、秋は体育館の入口に目をやると、驚きのあまり椅子から立ち上がった。
「そ・・・そ・・・・」
(奏多君!?)
だが、自分を見ている周りの保護者の視線を感じると、秋は苦笑いを浮かべながら椅子に腰を下ろす。
(何やってるの!?Vの練習は?っていうか、何でここに居るの!?)
半分パニックになっている秋に、美代達が耳打ちする。
「あれ、奏多君だよね?何で中学にいる訳?」
「秋、聞いてた?」
秋が激しく首を振ると、3人は揃って奏多を見た。奏多はその視線に気づきながらも、何食わぬ顔で子供達の指導を始め出したので、秋達も、流石に世界トップレベルの現役選手がここにいますとは言えず、悶々としたまま説明会に意識を戻す。説明会が終わり、皆が体育館から居なくなると、3人は入口から外へと奏多に手招きをした。
「驚いた?」
奏多が楽しそうにニヤリと笑う。
「驚いたに決まってるじゃない!ここで何してるの?」
「え、遊びに?」
「遊びにって・・・ここ中学校だよ?部外者が遊びに来れないでしょう」
秋が詰め寄ると、体育館から春日が出て来た。
「かっさん!これが俺の姉ちゃん!」
(かっさん?)
奏多が春日に声を掛けると、春日が顔を綻ばせながら秋の前に立つのを、秋は呆然としたまま春日を見上げた。
「そうか・・貴女が秋さんか・・」
「え?は?あの・・」
秋が奏多と春日を交互に見ると、奏多はクックと喉を鳴らしながら笑う。




