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君に紡ぐ言葉  作者:
36/44

丈瑠と奏多 3

練習が終わって、家の前に来ると、奏多が家を見上げながら目を細めた。その後ろに丈瑠の車が停まり、中から丈瑠と純一郎が降りてくる。

「昔のままだ・・」

奏多の言葉に、丈瑠が首を傾げたので

「この家、雪と奏多君が育った家なんだって」

秋が丈瑠に告げた。

「そうか・・それで雪のやつ・・」

丈瑠も奏多と同じ様に目を細めた。

「中、入ろう?」

秋が玄関を開けると、奏多が玄関から中を見詰めてその瞳を潤ませる。

「ただいま・・母さん・・雪・・」

そのまま座り込んで顔を覆う奏多に、籘と純一郎はその場にいてはいけないのではないかと、秋と丈瑠に目を向けた。

「お部屋行っててくれる?」

そんな二人の気遣いに、秋は優しく微笑む。二人は心配そうに何度も振り返りながら、それでも二階へ上がって行った。

「奏多君、取り敢えず上がって」

秋がリビングに通すと、奏多は懐かしそうに微笑んだ。3人でリビングに座ると、初めに口を開いたのは奏多だった。

「二階の左手にある部屋、誰が使ってる?」

「そこは籘の部屋になってるよ」

奏多が嬉しそうに頷く。

「雪と俺の部屋だったんだ。もう一部屋あんのにさ、そっちは父さんの書斎になってて、使わせてくれなかったんだよ。雪と二人で文句言ったら、母さんに ‘一人になりたい理由は何?’ って聞かれてさ・・」

奏多が懐かしそうに話すのを、秋と丈瑠も楽しそうに聞いた。しばらく子供の頃の話をしていた奏多が、思い出した様に口を開く。

「あ、そうだ。俺、1年位Vリーグ入る事になったから」

「え!?」

「はぁ!?」

突然の奏多の報告に、秋も丈瑠も驚いて声を上げる。

「何で!?イタリアのチームは?」

「2年後、ワールドカップあるだろ?それに照準を合わせたいんだ」

奏多の真剣な眼差しに、秋と丈瑠は顔を見合わせた。

「どういう事?」

「今のカルパーニャ・・イタリアの俺の所属するクラブな、そこでこのまま続けてたらワールドカップが来る頃にはもう跳べなくなってる・・」

「・・どっか悪いのか?」

丈瑠の顔が真剣になったので、秋はその切なさに俯いた。

「膝がな・・もう限界きてる」

「手術は?」

「それも考えたし、医者にも相談した。多分、丈瑠が言われたのと同じ事言われた。トップチームでやるにはキツイ」

「Vだったら加減しても通用するってか?舐められたもんだな」

丈瑠が面白くなさそうに言うと、奏多は小さく笑って首を振った。

「違うって、コンバート考えてんだ。浜松にある秋津製薬に紺田ってミドルブロッカーいるだろ?」

「あぁ・・全日本にも選ばれてる奴だろ?」

「俺が見た中では、一番俺にプレースタイルが似てて、それでもって日本の中じゃ最高のミドルブロッカーだと思う。その人の所で、一から勉強し直そうと思ってんだ」

「そうか・・」

丈瑠が嬉しそうに微笑むと、そんな丈瑠に奏多はニヤリと笑う。

「それに・・秋津製薬には丈瑠も来るしな?」

初めて聞く話に、秋は驚いて丈瑠を見ると、丈瑠は気まずそうな顔をして奏多を睨んだ。

「んで知ってんだよ?」

「自分の体がこんなになってから、ずっと不思議だったんだ。どうしてあの月島丈瑠があんなに潔くバレー界から身を引いたのかがさ。秋津製薬の関係者から聞いて納得した」

「私もそれは思ってた。どうして?」

秋が丈瑠を真っ直ぐに見ると、丈瑠は諦めた様に小さく溜息を付く。

「東京に居た4年間のリハビリで、短い時間なら、昔と同じ位に動けるまでになった。ただ、トップを走る選手がそれじゃ駄目なんだよ。俺はその短い時間を、若手の育成に使いたい。全日本に居た時に強化選手として招集された中に、時任って奴がいてさ、俺の後釜ならこいつだなって思ってたんだ。そいつが秋津製薬なんだよ」

「・・だからこっちに戻って来たの?」

「それもある。でも、静岡のバレーを盛り上げたいって気持ちも嘘じゃねぇよ?」

「会長や上原さんは?」

丈瑠は首を振ると、ニヤリと笑う。

「今の浜松支部の所長しか知らねぇの。週に2日だけど、就業時間に行かせて貰ってるから、ジジィや上原さんには内緒だぞ?」

「呆れた・・よくそれで体が持つわね」

秋は感嘆して言ったが、丈瑠の中で自分の為のバレーが終わってない事が嬉しかった。

「もう話ついてんのか?」

「昨日な、決めて来た。こっちの事情も全部話した上だし、秋津製薬の若い奴・・名前なんてったっけ?ほら、監督がオポジットに育てたがってる・・」

「近江鷹透?」

「そう!それ!そいつと交換って形にした」

「いいんじゃねぇの?あいつ、化けそうだからな」

秋は二人の会話を聞きながら、暖かい気持ちになった。雪ともこうしてバレーの事を話していた丈瑠が、今は弟の奏多と同じ様に話している事が、不思議で、懐かしい感覚を運んでくる。秋も楽しそうに二人の話に耳を傾けた。どれ位の時間が経ったのか、丈瑠が壁に掛かっている時計に目をやりながら

「お前、今日どっかホテル取ってあんの?」

そう聞いて、秋も時計に目をやった。

「え!?もう23時!?籘達、寝ちゃってないかな?」

秋が慌てて二階へ上がって部屋を覗くと、二人はベットの中で寝息を立てていた。

「ふふ、赤ちゃんの時みたい」

秋は双子の様に寄り添って眠る二人に布団をかけ直すと、そっと部屋の電気を消し、下へ降りる。

「純一郎は?」

「もう寝ちゃってた」

「お前は?今日どうすんのか決めてあんだろ?」

丈瑠が奏多に聞くと、

「え?秋ん家に泊まればいいと思って」

そうサラリと言った奏多に、丈瑠が顔を顰める。

「ぜってぇ、駄目だ」

「何で?」

「俺が居ない時に、この家に上がったら・・殺す」

冗談に聞こえない丈瑠の言葉に、奏多が丈瑠を指差しながら秋を見る。

「こんな独占欲強い男でいいの?」

秋が吹き出して笑うと、丈瑠は少し拗ねた顔をして秋をジロリと睨んだ。

「二人共、リビングに布団敷くから泊まって行って?明日は土曜日だし、皆大丈夫でしょ?」

「やった!秋、ビールある?」

秋の提案に、奏多は勝手に冷蔵庫を物色し始めた。

「俺、あいつと寝るの?」

丈瑠が秋に顔を近付けて小さな声で聞くのを、秋は面白そうに笑う。3人の酒盛りが始まると、少し酔った奏多が丈瑠に詰め寄って顔を近づける。

「雪がイタリアに来た時さ、丈瑠の話も聞いたんだよ。雪が手放しで褒めてたけど、実際に会ってみるとイメージとは違ったな」

「どんなイメージだったんだよ」

丈瑠が笑うと、奏多はビールを流し込みながら丈瑠を見ると、ニヤリと笑う。

「もっと大人な感じだと思ってた」

「実際はどう?」

「意外に子供。特に秋に関しては」

「子供呼ばわりかよ」

「奏多君っていくつなの?」

「28」

「雪と3つ違いなんだねぇ、って事は丈瑠さんとは6つ違いなんだ」

「そんなに離れてる感じしないだろ?」

奏多に聞かれて、秋は少し考えて頷く。

「丈瑠さんって若く見えるのかなぁ・・」

「っつーか、まだ若いし!人の事年寄りみたいに言うな」

丈瑠が零す言葉に、奏多も秋も笑う。

「秋は想像通りだったな」

「え?そう?」

奏多が優しく笑って秋を見る。

「写真のままの雰囲気。笑うとメッチャ可愛い」

奏多の言葉に、顔を赤くした秋が

「・・ありがと」

と、短くお礼を言うと、丈瑠がそんな二人を横目で見ながらビールを流し込んだ。

「シスコン」

「俺、シスコンだもん。・・ま、姉ちゃんっていうよりは妹?俺、欲しかったんだよな、妹」

「妹ね・・ちびっ子だしな。姉ちゃんって感じじゃねぇよな」

「だろ?写真見た時から、絶対可愛がる自信あったんだよ。実際会ったら、こんなだぜ?」

奏多が指で秋の小ささを表現すると、丈瑠が吹き出して笑う。

「ねぇ、二人共なにげに私を貶してない?」

秋がジロリと二人を睨むと、二人は顔を見合わせて首を振った。

その夜、リビングに敷かれた布団の中で、奏多が静かに口を開く。

「丈瑠」

「んぁ?」

「俺が現役を引退をする時、最後のスパイクはあんたのトスがいい」

「無理だろーがよ」

丈瑠が小さく笑うと、奏多が顔だけ向けて丈瑠を真剣な眼で見た。

「公式戦じゃなくていいんだ。今日みたいのだって構わない。それでも、最後はあんたとやりたいんだよ」

奏多の切実な言葉は丈瑠の胸を熱くした。自分がトップを走る選手じゃなくても、そう言ってくれる事が嬉しい。

「いいよ・・お前が現役を引退する時、お前の為だけに最高のトスを上げる」

丈瑠が優しく言った言葉に、

「サンキュ」

奏多の震える声が聞こえた。

「おやすみ!」

布団を引っ被った奏多が丈瑠に背中を向けると、丈瑠も静かに目を閉じる。

「おやすみ」



それから1ヶ月後、奏多がVリーグに1年間の短期移籍のニュースが流れると、奏多はトランク一つを持って、会社が用意したアパートへ引っ越して来た。

同じ頃、いよいよ少年バレー全国大会に向けた静岡予選が始まると、籘達dragonは圧倒的な強さでその予選を1位通過し、東海大会の切符を手に入れる。Vでの練習を終えると、練習を見に来てくれる奏多に、丈瑠も随分と助けられていた。

迎えた12月。dragonの少年バレー生活最後の試合が幕を開ける。東海大会を勝ち抜き、全国大会へと駒を進めると、稀に見る絶対的王者のdragonに、町中が沸く。大会当日、ママさんズは手作りの ‘全国制覇’ の横断幕を掲げた。静岡県代表としてdragonが姿を現すと、他県の子供達から見える ‘打倒dragon’の気迫を全身に浴びる事さえ、籘達には心地よかった。dragonはあの日、丈瑠と奏多のプレーを目の当たりにした時から、練習が始まる前や練習直後に、誰に言われる訳でもなく子供達だけでミーティングを開く様になっていた。だが、籘達は決してママさんズや指導者達にこのミーティングを聞かせてくれない。大会の時も、開会式が終わった後、いつもと同じ様に6人が揃って顔を突き合わせるのを、ママさんズも指導者達も遠巻きにそれを眺めているだけだった。

「行くぞ!」

「おう!」

純一郎の掛け声と共に、dragonが産声を上げる。

1試合目も、2試合目も、大人たちの心配などする必要もない試合展開に、秋と丈瑠は子供達の成長に目を見張った。

「何かさ、変わったよな」

「あの子達でしょ?」

「おう」

秋もそれに気付いていた。そしてこの大会で見せたプレーに、秋は子供達、いや籘と純一郎の中に決意の様な物を感じる。一言でいうなれば‘貪欲’になった。乾ききったスポンジが水を吸収するかの様な急成長に、秋はあの二人の気持ちを変えた原点を探る。

「いやぁ・・小学生でこんなプレーを見せられるとは思ってませんでした」

声を掛けて来たのは1試合目で対戦した沖縄県の監督だった。

「自分達もこの子達の成長には驚かされています」

丈瑠が心底話す言葉に、監督がdragonに目をやりながら笑う。

「やはり世界を意識させてる事が大きいんですかね?」

「?」

監督の言葉に、丈瑠も秋も首を傾げた。

「おや?子供達が話していたのは君の指導じゃないのかな?」

「何て言ってたんですか?」

「目指すのは世界だって言ってましたよ?これは第一歩だと・・」

秋と丈瑠は顔を合わせ、そして秋は原点を見つけた。あの日の二人のプレーが、子供達の意識を変えたのだ。

「バトンを引き継いだのね・・」

秋の言葉に、丈瑠は小さく笑うと

「ちょっと外行ってくる」

と、言って監督に頭を下げると会場から出て行く。丈瑠が込み上げる涙を誰にも見せたくないのだと秋は分かっていた。籘達は、その言葉通り、全国制覇を成し遂げ、その一歩を確実に踏み出す。


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