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君に紡ぐ言葉  作者:
28/44

想いを君へ 2

次の日、1番早い時間の新幹線に乗り東京へ向かうと、懐かしさと同時に恐怖心が蘇る。

(大丈夫、上原さんも居るし、向こうへ行けば丈瑠さんも居る)

秋は心の中で繰り返し呟いた。流れる景色は見覚えのある景色もあれば、すっかり様子が変わっている所もあり、秋は9年間の月日を感じる。これだけの時間が経っているのだ、大河も自分や藤の事など忘れている。自分が最も恐れる男は、二度と会う事などないだろう。そう分かっていても、警戒している自分に秋は苦笑した。

改札口を出ると上原が手を振っているのが見え、秋の顔が綻ぶ。

「上原さん!」

「秋~~!」

2人は久し振りの再会に抱き合って喜んだ。

「ちょっと、何年振りよ!?」

「上原さん、全然変わってない!」

懐かしい彼女の笑顔に、秋の目に涙が滲む。電話では頻繁に連絡を取り合っていたが、こうして顔を合わせて話すのは9年振りだ。

「おっと!感動の再会はまた後で!秋、ご飯まだでしょ?ご飯食べたらすぐ会場に向かわないと!」

「うん、急ごう!」

2人は笑いながら駅の中を走り、体育館近くのカフェで遅めの朝食を取る事にして、上原の車に乗り込んだ。車中でも2人は子供の様にはしゃぎ、秋は久し振りにこんなに笑ったかもしれないという程笑った。

「丈瑠さんに会った?」

「こき使ってるわよ」

上原の言葉に秋は笑う。

「会長は?」

秋が面白そうに尋ねると、上原はそんな秋を横目で見ながら

「・・昨日まで月島君の後追っかけてた・・今日からJOC協議会のお偉いさんが来てるから、やっとお守りから開放されるわ・・」

と、言って溜息をつく。秋はそんな丈瑠と後藤の様子が頭に浮かんで吹き出して笑った。

「今日私が来る事、丈瑠さんは知ってるの?」

「ううん、時間がなくてまだ言ってないわ」

「良かった」

秋がニヤリと笑うので、上原が面白そうに秋に視線を送る。

「驚かせようと思って」

「あ、それいいわね。あの月島君が慌てる所が見れるかしら」

「・・慌てるかなぁ?想像出来る?」

「想像つかないわね・・」

秋と上原は顔を合わせ、吹き出して笑う。

「それにね、私丈瑠さんに伝えたい事があるの」

秋が照れ臭そうに微笑むのを、上原は遂にその時が来たのかと頬を緩ませる。

「ちゃんと伝わるといいわね」

上原は微笑みながら、この長かった年月がようやく終わりを告げるのだと思った。


体育館に着くと、2人は隣にあるカフェに入る。

「今日、藤は?泊まりになっちゃうけど、大丈夫?」

「うん。近所の友達の家に泊めてもらう事になってる」

「良かった。じゃ、早速今日の日程なんだけどね・・」

上原が仕事モードに入ったので、秋も真剣な顔で聞く。

「公式的にはミーシャの体調不良って事になってるけど、何か意図があると思うのよ・・練習時間は11時から30分だけ。しかも、これを伝えて来たのは一昨日よ?変だと思わない?」

「・・うん、こんな土壇場で予定を変えるのはイタリアらしくないよね・・監督変わったのかな?」

「あ、そうなの。ブラジルの元コーチが新しく就任したって聞いたわ」

「元コーチかぁ・・情報少ないなぁ。名前は?」

「確か・・サントス・ロドリゲスだった様な気がする」

「駄目だ、今まで表舞台に出て来てない。ま、お手並み拝見って所ね」

秋が目を輝かせて笑うと、上原もニヤリと笑った。昔もこうやって2人で情報を共有し、対策を立てて来た事を思い出し、秋の胸に懐かしさが広がる。

体育館の中に入ると、準備に追われているスタッフが走り回っていて、秋は丈瑠の姿を捜した。が、広い体育館の中では丈瑠を見付ける事が出来ず、少しガッカリした様な気分になった。

(練習が終わったら電話してみようかな)

そう思って、ポケットの中の携帯に触れると丈瑠の笑顔が浮かび、くすぐったい気持ちになる。

「秋、ちょっと分析チームに指示出してくるから、ここで待っててくれる?」

上原からそう言われ、秋は頷くとロビーにある椅子に腰を下ろし、上原の後ろ姿を見送った。ガラス張りになっているロビーから外を眺めていると、体育館の入口にバスが一台停るのが見え、秋は視線をバスに移す。

「あ・・・」

バスから降りて来たのはイタリアチームだった。世界でもトップを走るダニエルやミーシャの姿を確認すると、秋はその姿を目で追う。

(ミーシャ、全然元気じゃない・・)

ダニエルと談笑しながら歩くミーシャは、公式発表とは違い全く問題なさそうに見えた。

「ソータ!Dov'e il gavinetto?」(ソータ、トイレどこ?)

ミーシャと話していたダニエルが後ろを振り返りながら何かを言ったと思ったら、

「sinistra」(左)

そう答えた声に、秋の胸が大きく高鳴った。秋は反射的に声のした方を振り向き、必死にその声の主を捜す。だが、イタリアチームを出迎えた協会の職員と、報道カメラでロビーはごった返し、その声も人ごみの中へ消えてしまった。

(居る訳ない・・居る訳ないのに・・)

分かっている事なのに、秋の胸に喪失感が広がり、目の前の景色がグニャリと歪むのを感じて秋はその場に座り込む。

(・・・雪の声だった・・・)


「秋、お待たせ・・って、顔が真っ青よ?何かあった!?」

上原が戻って来て、秋の顔を見るなり覗き込む。上原の心配そうな顔に、秋は慌てて笑顔を作った。

「ちょっと目眩がしただけ、もう大丈夫」

秋が立ち上がろうとすると、そんな秋の腕を上原が支える。

「中の応援席で少し休もう」

「うん・・ごめんね」

秋が俯きながら零すと、上原が優しく笑った。コートの真上にある応援席に座ると

「やっぱり無理させてるわよね・・」

上原が秋の隣で申し訳なさそうな顔をしたので、秋はゆっくり首を振る。

「私ね、丈瑠さんのお陰で1人でどこでも行ける様になったの。男の人だって、前よりも怖くないのよ?」

秋が嬉しそうにそう話すと、上原の瞳が涙で滲んで行くのが分かった。上原はそんな自分を誤魔化す様に笑うと、スっと立ち上がる。

「コーヒーでも買ってくるわ。秋はブラックで良かったわよね?」

「うん、ありがとう」

上原の姿が見えなくなると、秋は目の前に広がる誰も居ないコートを見つめた。DVDやテレビでは何度も試合を観ているのにこうやってコートを目の前にすると、秋の脳裏に雪と丈瑠の姿が浮かぶ。丈瑠のトスに雪がしなやかにスパイクを放つ。それが相手コートに落ちた時に見せる2人の笑顔が好きだ。秋がそんな2人を思い出していると、向かい側の応援席に1組の男女が座った。コートを挟んでいるので、かなり遠目だったが秋にはそれが丈瑠だと分かる。

(丈瑠さんだ)

自然と緩む頬に、秋は丈瑠を嬉しそうに見つめる。自分を見つけたら丈瑠がどんな反応をするのだろうと思うと、秋の胸にイタズラを考えた子供の様なワクワクした気持ちが湧いた。丈瑠は秋に気付く事なく、女性と話していて秋は隣の女性に視線を移す。

(綺麗な人・・)

遠目でも分かるスタイルの良さ。艶やかなロングヘアーが彼女の動きに合わせて揺れていて、秋は彼女の輝く様な笑顔と丈瑠に送る視線に、彼女が丈瑠に好意を寄せている事に気付いた。彼女の手が丈瑠の腕に触れると、自分の胸に黒い感情が生まれたのを感じて、秋は胸を押さえる。

(?・・何か・・ヤダ・・)

この感情は、秋の中で生まれて初めて芽生えた感情だった。丈瑠が急に知らない男の人に見え、隣の彼女に視線を返すその眼差しにすら苛立ちを感じる。

ーードカッーー

2人に気を取られていた秋の後ろに、何人かの男性が座ったので、全く気付かなかった秋の体が一瞬跳ねた。

「まだ練習始まんねぇなぁ」

「一応公式的にはミーシャの体調不良って事になってるけど、絶対嘘だろ」

「データ取られたくないんだろ?」

「だよなぁ・・30分でどんなデータ取れってんだよ」

どうやら後ろに座った男性達はアナリストの様だった。

「あ、あれ月島さん?」

男性の1人が向かい側の丈瑠に気付いてそう言ったので、秋の胸がドクンと音を立てる。

「ほんとだ。一緒にいるの塚本さんだよな」

「塚本って広報担当の?」

「それそれ、綺麗だよな」

「マジでいい女」

「あの2人、まだ続いてたんだなぁ」

後ろの声に秋の体が固まった。

「何?あの2人ってそういう関係なの?」

「俺、前に見ちゃったんだよね。2人がホテルから一緒に出て来る所」

(聞きたくない!)

そう思うのに、体は石の様に動かなかった。

「マジかぁ~!ショックだ~俺密かに狙ってたのに」

「バーカ、お前なんて初めっから相手にされねぇよ」

「月島さん、いい男だしなぁ」

「渋いんだよな、あの人。見た目もそうだけど、あの余裕ある感じとか」

「分かる、分かる。男が惚れる男って感じ」

秋は後ろの会話を遠くに聞きながら、丈瑠を見つめる。

(彼女を抱いたんだ・・いつ?連絡をくれなかったのは・・彼女といたから?)

自分を支配する黒い感情に、秋は戸惑った。この感情を何と呼ぶのか、秋だって知っている。これは ’嫉妬’ だ。それがこんなに苦しくて切ないものだという事を、秋は初めて知った。そして改めて怖くなる。自分が抱いている想いを、丈瑠が受け止めてくれなかったら、丈瑠を失ってしまうかもしれない。

(言えない・・妹としてでも・・側に居たい)

’オマエガ ダレカト シアワセニ ナレルワケ ナイ’

封印したはずのもう1人の自分が、ゆっくりと起き上がるのを感じる。

’オマエノセイデ ユキハ シンダノニ’

(分かってる・・)

’オマエガ ユキヲ コロシタ’

(そんな事は分かってる)

’タケルヲ スキニナル? ソンナ シカク ナイクセニ’

(分かってる!分かってる!嫌っていう程分かってる!)

心を切り離すのは簡単だった。諦めてしまえばいい。丈瑠に会う前の7年間、ずっとやって来た事だ。秋は冷たくなっていく指先と、同じ様に冷たくなった心に、目を閉じた。

「こら!あんた達の居るべき場所はそこじゃないでしょ!」

「上原さん!」

「下に降りてデータ集めてくる!練習見るだけがデータじゃないよ!」

上原の声に男達が慌てて動き出し、その場から男達が完全に居なくなると、上原が秋の隣に座ってコーヒーを差し出した。

「ありがとう」

受け取って口を付けると、冷たくなった心にホッと温かさが戻ってくるのを感じ、秋はホゥっと息を吐いた。


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