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君に紡ぐ言葉  作者:
26/44

変化する想い 2

「純一郎、藤。支度出来た?」

「うん、出来た」

「俺も」

「じゃあ、ご飯食べてね。もうすぐさっちゃんが迎えに来てくれるから」

(あ・・・味噌汁の匂い)

丈瑠がゆっくりと瞼を開けると、見慣れた天井が見えた。

(・・俺ん家・・じゃ、これも夢だな)

今度は幸せな夢だと、丈瑠は小さく微笑む。遠のく意識の中で、秋が心配そうに顔を覗き込んでいるのが見えると、丈瑠は重くなった腕を秋に伸ばした。頬に触れると、秋がその上から手を重ねてホッとした様に笑う。

(いい夢だなぁ・・・)

「・・・に連絡・・・持って来るね」

秋の声が遠くなっていくと、丈瑠は首を振ってまた落ちそうになる意識を取り戻す。触れた手から秋の体が離れると、

「もう少し、ここに居て」

丈瑠は掠れる声で秋を呼んだ。

「甘えん坊だ」

秋がクスクス笑いながら近付いて来ると、丈瑠は握った秋の手を引き寄せる。胸の中に収まった小さな体に腕を回すと、その感触が余りにもリアルで、丈瑠の口元が緩んだ。

(夢だもんな・・少し位いいよな・・)

「どこにも行くな、ずっと俺の側にいろよ」

「・・・丈瑠さん・・?」

体に回した腕に力が入らなくなると、赤い顔の秋が体を起こして自分を見下ろした。

(夢でも可愛い・・)

丈瑠は目を細めてフッと笑う。

「好きだ」

飛び退いて離れた秋が、真っ赤な顔で狼狽えているのが見えると、丈瑠はフフと笑いながらまた目を閉じた。


ー 数時間前

丈瑠を残し、玄関から出た秋はその場に立ち止まり少し考える。

(やっぱり1人にするの、ちょっと心配だな・・)

そう思うと、秋は家で待っている藤と純一郎を連れて丈瑠の家へ戻って来た。

「風邪が伝染るといけないから、丈瑠さんの部屋には入っちゃ駄目よ?」

「秋ちゃんは大丈夫なの?」

「ふふ、私は大丈夫」

寝巻き姿の2人が純一郎の部屋へ入って行くのを見送ると、秋は丈瑠の部屋を覗く。意外にも綺麗に片付けられた部屋の窓際にあるベットの側へ座ると、丈瑠の辛そうな寝息が聞こえ、秋はそっとベットに寄り添った。月明かりに見える丈瑠の顔を見つめると、幾筋もの汗が丈瑠の顔を流れる。

(すごい汗・・)

秋が洗面所から濡れたタオルを持って来ると、丈瑠の苦しそうな声が聞こえ、暑過ぎるのかもと心配になって丈瑠の布団を胸元まで下げた。

「まだ・・出来る・・」

(・・寝言?)

「コートに・・」

丈瑠が苦しそうに零す言葉は、秋の胸を締め付ける。そっと腕に触れると、丈瑠の腕に力が入っているのを感じて、秋は堪らなく切なくなった。

「動くよ・・大丈夫」

そう言いながら優しく腕をさすると、丈瑠の瞼がゆっくり開き、一瞬丈瑠が微笑んで見えた。

「汗拭こうか」

秋が濡れたタオルで顔と首筋の汗を拭うと、丈瑠は気持ち良さそうにまた目を閉じる。あの事故さえなかったら・・秋はそう考えて首を振った。過去を考えても、どんなに変えたいと願っても、それは叶わない。自分が1番分かっている事だ。秋は丈瑠の手を握った。

(せめていい夢が見れますように・・)

丈瑠のベットに寄り添って寝ていた秋は、朝の日差しを感じて目を覚ますと、丈瑠の額に手を当てる。

(まだ高いなぁ)

そう思いながら部屋を出ると、朝食の準備に取り掛かった。7時半を回った頃、秋の携帯が震え、そこには幸子からの着信が表示されている。

「昨日、丈瑠さんの所行ったんでしょ?どうだった?」

「すごい熱だったから1人にするの心配で、子供達と一緒に丈瑠さんの家に居るの・・まだ熱も高くて・・」

「そう・・やっぱり帰して正解だったわね・・今日、旦那が子供連れてプール行こうって言ってるんだけど、藤と純一郎連れて行こうか?」

「わ、助かる!丈瑠さん、病院に連れて行きたいし」

「じゃあ、8時半には迎えに行くから」

「うん、ありがとう」

秋が電話を切るのと同時に、純一郎の部屋から2人が姿を見せたので、秋は2人に

「おはよう」

と、声を掛けた。

藤はまだ寝ぼけた様な顔をしていたが、純一郎は秋の顔を見ると嬉しそうに笑う。

「おはよう」

「ご飯出来てるよ?後、さっちゃんがプール連れて行ってくれるって」

’プール’ の単語を聞くと、藤の顔が輝いて眠気を吹き飛ばした。

「水着急いで持って来ないとね・・」

「秋ちゃん、俺の貸すから大丈夫だよ」

「そう?じゃ、貸してね」

そんな会話をしていると、純一郎がフフッと笑う。先ほどから嬉しそうに笑う純一郎の顔に、秋が優しく微笑んで首を傾げると、純一郎が秋の手を握った。

「秋ちゃんが俺の家に居るのって不思議」

少しはにかんだ純一郎の笑顔に、秋の胸に愛しさが湧く。

「純一郎、ギューってしていい?」

秋が手を広げると、純一郎は恥ずかしそうに藤をチラリと見てモジモジし始める。

「サンドイッチ!」

藤がそんな純一郎を促す様に、純一郎を抱え込んで秋に抱き着くと、秋は真ん中に純一郎を挟んだまま2人を抱き締めた。

「ふふ、朝から幸せ」

秋が柔らかく微笑むと、純一郎も顔を赤くして笑った。

「あ、忘れてた・・父さん、どう?」

「あ、俺も忘れてた・・」

2人の言葉に、秋は笑いながら

「まだ熱高いから、今日病院連れて行くね」

そう告げた。

「さぁ!時間、時間!2人共準備しちゃって?その間にお味噌汁温めておくから」


支度を終えた2人が朝食を食べている間、秋が丈瑠の様子を覗くと、うっすらと目を開けている丈瑠と目が合った。

(起きたのかな?)

丈瑠の手が伸びて秋の頬に触れると、秋はホッとしてその手に自分の手を重ねて微笑む。

「会社に連絡しないと・・携帯持って来るね」

秋が体を離して部屋を出ようとした時、

「もう少し、ここに居て」

いつもより掠れた丈瑠の声が聞こえて、秋の胸がドクンと跳ねる。

(・・男の人でも色っぽいって言うのかな・・)

高鳴る胸の鼓動を誤魔化しながら、

「甘えん坊だ」

と、笑って近付くと、丈瑠の手が自分の手を掴んだと思った瞬間、強く引き寄せられた。倒れ込む様に丈瑠の腕の中へ収まると、鼓動は益々早くなる。

「どこにも行くな、ずっと俺の側にいろよ」

「・・丈瑠さん・・?」

(えっと・・これは・・どういう意味に取ったらいいのかな?)

半分パニックになっている秋に、丈瑠が回している手から力が無くなっていくと、秋はゆっくり体を離して丈瑠を見下ろした。

(・・寝言・・??)

様子を伺う秋と視線が合うと、丈瑠が目を細めてフッと笑う。

「好きだ」

優しい眼差しと、思ってもみなかった言葉に秋は丈瑠の上から飛び退いた。

(え?は?寝言?誰が?誰を?)

完全にパニックになっている秋に、丈瑠が面白そうにフフッと笑うと、またその目を閉じた。

「秋ちゃん、顔真っ赤だけど・・風邪伝染ったんだじゃない?」

「へぇ!?」

部屋から出て来た秋に純一郎が声を掛けると、秋は狼狽えながら答えて、自分の情けない声に口を押さえた。それでも子供達の手前、気持ちを切り替える。

「ね・・ねぇ、純一郎。丈瑠さん、まだ熱が高くて話せる状態じゃないから、純一郎から会社に休むって伝えてくれないかな?」

「うん、いいよ」

純一郎に丈瑠の携帯を渡すと、純一郎は丁寧に、 ’発熱で会社を休みます’ と伝える。

(やっぱり純一郎はしっかりしてるわ)

秋がそれを感心していると、玄関のチャイムが鳴り、幸子が2人を迎えに来た。幸子にお礼を言いながら2人を送り出すと、秋は気持ちを落ち着かせる様に、キッチンにある椅子に座る。

’好きだ’

何度も思い出すその言葉に、秋は熱くなる顔を両手で押さえた。

「麻薬と一緒」

ふと、昔真知子の言っていた言葉を思い出す。同時期に妊娠していた2人が産婦人科の待合室でした会話だった。

「丈瑠さんが甘~いセリフを言う所なんて想像出来ないんだけど、プロポーズの言葉って何だったの?」

秋がからかう様に真知子に聞くと、真知子はサラリと

「プロポーズなんてされてないもの」

そう返して秋を驚かせた。

「えぇ!?真知子さん、それでいいの!?じゃ、どうやって結婚になったの?」

目を丸くして詰め寄る秋に、真知子はクスリと笑った。

「婚姻届け書いて、これ書いといてねって。次の日見たらちゃんと書いてあったから、提出した。それだけよ」

「丈瑠さん・・それってどうなのよぉ・・」

自分の事の様にブツブツと愚痴を零す秋に、真知子はクスクスと笑う。

「丈瑠は麻薬と一緒。一度あの瞳で見つめられると手に入れたくなる。でも、近付き過ぎると今度は苦しくなるの」

「??」

真知子の言っている意味が分からなくて首を傾げる秋に、真知子はフッと笑った。

「秋ちゃんには分からないよ。でも、私達はそれでいいの」

お腹をさすりながら零した真知子はとても綺麗な顔で小さく笑った。

(麻薬か・・今なら少し分かるかも・・)

愛しい人だけに見せる優しい眼差し、全ての不安を取り除く様な腕の中、そして甘く零す言葉は甘美な誘惑の様だ。そこまで思って、秋はハッとした。

(何考えてるの・・私・・)

秋の脳裏に雪の笑顔が浮かぶと、小さな罪悪感が秋の胸に広がり、秋は首を振った。この気持ちを突き詰めて考えてはいけない。そう思った。

~♫♪~

丈瑠の携帯が震えて、そのメロディに驚いた秋の体が跳ねる。

(勝手に出る訳にいかないし・・)

秋が携帯を持って丈瑠の部屋を覗くと、丈瑠はまだ目を閉じたままだ。

ディスプレイには ’林’ とだけ出ている。

(どうしよう・・仕事かな?急ぎだといけないし・・)

携帯を持ったままウロウロしていると、携帯の音が途切れ、ホッとしたのも束の間、携帯はまた鳴り出した。

(やっぱり急ぎなのかな・・)

秋は丈瑠の側へ近寄ると、丈瑠を揺り起こした。

「丈瑠さん、電話出れる?」

「ん~・・お前、出て・・」

「出てって・・」

鳴り響く着信音は永遠に続きそうな気がして秋は一息吐くと携帯をタップした。

「もしもし、月島の携帯です」

「え?あの・・・」

聞こえてくる女性の声に、秋は言葉を続ける。

「月島は今具合が悪くて話せないんですが、お急ぎの御用ですか?」

「・・あの、どちら様でしょうか?」

(どちら様・・何て答えたらいいのかな?)

秋が言葉を探していると、ムクリと起き上がった丈瑠が眉間に皺を寄せたまま、秋に手を差し出す。携帯を渡すと、

「もしもし?何?」

ぶっきらぼうに話す丈瑠を見ていると、丈瑠の眉間の皺がより深くなって秋は肩を竦めた。

「んな事、いちいち俺に聞くな!所長に聞け!」

プツっと電話を切ると、またベットに倒れ込む丈瑠に、秋は先ほどとは全く違うその態度に目を丸くした。

(さっきは熱に浮かされて夢でも見てたのね・・)

むしろ自分が夢でも見てたのかと思うと、秋はププっと笑う。

「・・秋」

「起きた?ご飯食べれる?」

「すげぇ汗かいて・・気持ち悪い・・」

「お風呂はまだ入らない方がいいから、タオル持ってくるね?」

「うん・・悪い」

いつもの丈瑠がそこに居て、秋は安心した様に笑うと洗面所へ向かった。濡れタオルを持って行き、開け放したドア越しに

「ご飯食べたら、病院行ける~?」

「ん~・・倒れたら担いでくれな?」

「どうやってよ?」

そんな会話をしていると、今度は家の電話が鳴った。

「丈瑠さん、電話~」

「素っ裸で出てっていいなら取るけど?」

「もう!じゃ、出るよ?いいんだね?」

「お~」

どうでもよさそうな丈瑠の声に脱力しながら秋は受話器を取る。

「はい、月島です」

「ほら!やっぱり本当じゃない!」

受話器越しに聞こえる複数の女性の声に、秋は面食らった。

「あの・・」

「あ、すみません。あの・・月島さんの彼女さん・・とかですか?」

明らかに仕事の話ではない事に、秋はイラリとする。

「そちらこそ、どなたですか?」

「私、月島さんと同じ職場の松井と申します。月島さんの具合は・・」

「発熱でお休みを頂いているはずですか、お聞きになっておられませんか?これから病院に行きたいので、特にご用事がなければこれで失礼します」

秋は松井の返事を聞く前に受話器を置いた。

(これじゃ、おちおち休んでられないじゃない!)

秋がムッとした顔で朝食の用意をしていると、部屋から丈瑠が出て来た。

「誰?」

「松井さんって方」

「・・・チッ」

顔をしかめて舌打ちをする丈瑠に、秋は温め直した卵粥を差し出す。

「モテるのも楽じゃないのね」

「面倒臭ぇ」

心底呟く丈瑠に、秋も小さく溜息をつく。

「夕方になったら看病したい女の人が訪ねて来るかもよ?」

秋がニヤリと笑って言う言葉に、お粥を食べながら丈瑠がジロリと睨む。

「・・お前、帰んなよ?」

「病院行って、丈瑠さんが大人しく寝てるなら考えといてあげる」

「お前が帰ったら練習行く」

「そ・・そういうの卑怯でしょ!?」

丈瑠が意地悪くニヤリと笑う顔に、秋は負けた気がして悔しそうに丈瑠を睨んだ。だが、その一方でいつものやり取りに安心する。

(いつもの丈瑠さんだ・・)

今のこの関係が好きだ。終わりのない、丈瑠の1番側に居られる関係が崩れてしまうのが怖い。全てを諦めてしまえた頃とは違って、この手を放したくないと思ってしまう。それでも自分のそんな感情は、丈瑠を自分に縛り付けている様で後ろめたくなる気持ちも抱えていた。いつか、丈瑠が愛する人に巡り合った時、自分はそれを祝福出来るのだろうか。そんな漠然とした不安が秋の胸を切なくさせた。


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