告白 5
ゆっくりと1つ1つ話す。
「私がここへ来る前、結婚してた人の名前は、藤崎雪っていうの」
秋が話すと、琴美と幸子の目が見開いた。バレーを好きな人ならこの名前を知らない人はいないだろう。そしてその亡くなり方も・・・。
「藤崎雪って・・全日本の・・」
秋はゆっくり頷いた。雪と高校で出会った事、雪を通して丈瑠と知り合った事、卒業と同時に結婚した事、そして雪の父親の事、秋が話す言葉を4人共遮る事なく聞いてくれた。
「会社から結婚した事を公表しないでくれないかって頼まれた時、私も雪も2人の間に子供が出来たら藤崎から隠しておける・・そう思ったの。そして藤が生まれた・・可愛かった。何よりも大事だと思った。だから、余計に周囲に知られたくなかったの・・あの男に藤を奪われたくなかったから・・」
「とんでもないクソ親父ねぇ!」
「自己中もいいとこだわ!」
皆が口々に文句を言い出すのを、秋はクスリと笑う。
「幸せだった。雪が側に居て、藤が腕の中に居て・・丈瑠さんとも純一郎とも共に過ごして・・本当に幸せだった・・」
秋の目の前に広がる赤い色。
「オリンピックを決めた試合の後、あの記者会見で公表する事になってた・・会社からも了承が出て、父の事も雪は何か対策があるって言ってたから・・でも・・」
秋の表情が苦痛に満ちていくと、皆も心配そうに秋に視線を向ける。
「あの男が現れて・・私、雪の白いユニフォームが赤く染まっていくのを見てたの・・ただ見てた・・」
「秋・・」
涙が溢れる。美代がそんな秋の手を握った。
「雪が殺されて、報道陣が押し寄せる中、私は職場の先輩の上原さんの家に匿って貰ってたの。上原さんが側に居てくれて、丈瑠さんとも毎日電話で話して・・何よりも藤が居てくれたから・・私、雪が亡くなっても正気でいられた・・でも、テレビの報道で藤の存在を知った藤崎は・・」
そこまで言うと、秋の手を握った美代の力が強くなる。
「自宅に荷物を取りに行った時だった・・あいつが・・藤崎大河が・・家の前で待ってた。藤を渡せって・・嫌だって断ったら・・」
伸びて来る手、息遣い、大河の肩越しに見えた景色が目の前に広がる。秋の体が小刻みに震え出すと、4人の顔が不快感と、驚きの表情で固まった。
「私を殴りながら・・私の上で笑ってた・・その時の事が忘れられないの・・男の人が皆そうじゃないって分かってるのに、怖くて怖くて仕方ないの!」
「秋!もういい!思い出さなくていい!」
美代が震える秋の体を抱き締めると、秋はその温かさに現実に引き戻される。
「マスコミに騒がれてる中で警察に被害届なんて出せなかった・・大河はそれを分かってたの・・。だから私、上原さんと協会の会長に協力して貰って、女性専用の保護シェルターに保護して貰ったの・・あの男から逃げる為に」
4人の瞳から涙が落ちると、美代が握っていた手に皆が手を重ねる。
「辛かったね・・」
「でも、よく頑張った!」
皆が涙ながらに言う言葉に、秋も泣き崩れる。だが一頻り皆で泣くと、不思議と涙と共に心が軽くなっていく気がした。
「秋の様子を見てて、何となくそうなのかなって思ったの」
「同じ女だからね・・それに普通の事であんなに男の人を怖がる事ってないから」
美代と斗貴子の言葉に皆が頷く。秋はハッとして顔を上げた。
「・・丈瑠さんは・・この事・・」
秋の顔が青くなっていく事に気付いた美代が首を横に振ると、秋はホッと胸を撫で下ろした。
「月島に連絡をしなかったのは、それを知られたくなかったから?」
美代が伺う様に聞くと、秋は寂しそうに笑った。
「あの当時、突然姿を消した私を、大河も捜してた。上原さんにも、会長にも、丈瑠さんにも大河の部下が付いてその行動を見張ってたの。どんなに会いたいと思っても、会う訳にはいかなかった・・1年経って、2年経って、ようやく監視がなくなった頃には・・別の理由で丈瑠さんに連絡を入れる事が出来なかった・・もう丈瑠さんの知ってる私じゃなかったから・・」
「バカね!」
美代も初めて知る話に、美代は涙でグチャグチャな顔で秋を抱き締める。
「ずっと、ずっと、雪の事も私の事も大切にしてくれた・・そんな丈瑠さんだから、変わってしまった自分を見せたくなかった。どこまでも優しいあの人が、こんな私を放って置けなくなるのは分かってたから・・でも、再会して現実の丈瑠さんが目の前に居たら、今度はあの人の手を放せなくなっちゃった・・」
「いいんだよ、それでいいの。月島もそれを望んで側に居るんだから」
美代が涙を拭きながら笑う。
「でも・・丈瑠さんに幸せになって欲しい・・いつまでも私に縛り付けておきたくない・・」
「ん?・・ちょっと待って」
秋の零した言葉に、幸子がストップを掛ける。
「手を繋いでたのは、何で?」
皆の視線が一斉に注がれて、秋は狼狽えながら答える。
「だから、あれは映画観に行く事になってね・・でも、ずっと外に出てなかったから・・丈瑠さんが ’俺と藤と純一郎だけ見てればいい’ って・・それで・・あの・・」
話せば話す程、皆の顔がニヤけてくるので、秋は必死に言葉を探す。
「ノロケ?」
琴美がニヤリと笑うので、秋は熱くなって顔を片手で仰いだ。
「・・リハビリ?」
「えぇ、それだけじゃないでしょ?私、そんな甘々な月島知らないもん」
美代も琴美と一緒になって笑うと、
「私も丈瑠さんがそんな事いうなんて信じられないわ~」
幸子も追い打ちを掛ける様に笑う。
「丈瑠さんはさ、秋が好きなんだと思うんだけど・・」
斗貴子の言葉に他の3人が頷くと、秋は更に赤くなった顔で首を振る。
「違うってば!・・妹みたいだって昔からよく言ってたし、ただそれだけ!」
秋のムキになって否定する言葉に、皆は笑って疑いの眼差しを向けたが、
「でもさ、実際どうなの?もし月島が秋を好きだとして考えてよ?それは秋の中で有りなの?無しなの?」
美代が聞くと、秋は言葉に詰まった。
(考えた事なかった・・)
秋にとっての丈瑠はかけがえのない大切な人だ。それは昔よりも今の方がより強くそう思う。だが、いつも雪を通していたからだろうか、お互いにそういう対象で見ていないというのが秋の率直な気持ちだ。秋が考え込んでいると、斗貴子がクスリと笑う。
「まだ秋はそこまで気持ちがいってなさそうだなぁ」
「大切な人なんだよ?それは間違いないんだけど・・駄目だ!私を好きっていう丈瑠さんが想像出来ないもん!」
秋がお手上げだと言わんばかりに、両手を上げて降参すると、皆が吹き出して笑う。
「えぇ!?何で笑うの!?じゃあ、想像出来る?あの丈瑠さんが愛を囁く所!」
「・・・・・」
4人は一瞬黙ると、顔を見合わせてまた吹き出した。
「あっはっは!確かに想像出来ない!」
「こっちが ’好き’ って言ったら、 ’はぁ?何言ってんだ、てめぇ’ って返ってきそう!」
「分かる、分かる!っていうか、月島にこっぴどく振られた人見た事あるよ!」
「嘘!?いつ?」
「学生の時なんだけどね、学校でも可愛いって評判の子がいたの。その子が月島に告った時、あいつ ’あんたに興味ねぇ’ って言ったのよ!信じられないでしょ?」
「鬼畜だわ・・」
「私も見た。雪と一緒に活躍してた時、ファンの女の人に冷たくして監督とコーチに ’折角バレーの人気が上がって来てるのに、そういう態度取るんじゃない!’ って怒られてた」
「今も昔も全然変わってないじゃん!」
皆で爆笑すると、秋は当時を思い出して懐かしい気持ちになった。
「でもさ、そんな中で秋にだけあの態度な訳でしょ?あんた今までよく刺されなかったね?」
「うん、雪が居たし・・それに丈瑠さん昔から意地悪だったからね。人が沢山いる所で名前で呼ばれた事なかったよ」
「え?何て呼んでたの?」
「・・・ちびっ子・・・それかチビ」
4人が爆笑する。
「むしろね・・パシリみたいな扱いされて、皆に同情されてた・・」
当時を思い出してトホホと零した秋に、皆がまた吹き出す。
「でも、本当は分かってたの。雪だけじゃなく、丈瑠さんまでもが側に居てくれて、人前で優しくするとファンの子から嫌がらせとかされるから、わざとそうしてくれたんだろうなぁって」
「秋って・・」
「ドM?」
「違うよ!」
その後も5人は賑やかに過ごし、夜が来ても家の明かりは遅くまで灯ったままだった。
次の日の朝、リビングにありったけの布団を出して雑魚寝をしていた秋達は玄関の激しいチャイムで起こされる。
「うっさいなぁ・・」
「何時?」
「嘘でしょ・・まだ7時じゃん・・寝かせて~」
明け方まではしゃいでいた5人はチャイムに文句を言いながらも起き上がる。
「は~い・・」
秋も寝ぼけ眼を擦りながら玄関に出ると玄関先にはグッタリした様子の丈瑠と良紀が立っていて、秋は2人の様子に吹き出した。
「随分大変だったみたいね・・クッ・・プッ・・」
「・・お陰様でな・・」
「ごめん、秋ちゃん・・俺達もう限界」
「お母さん、お腹すいた~!」
「秋ちゃん、ご飯~」
2人に後ろに怪獣6人の姿が見えると、秋はクスクス笑いながら子供達を家へ通した。
「ちょっと!何で連れて来たのよ!?」
「バトンタッチなぁ~!」
美代の怒号が聞こえると、そそくさと帰って行く良紀に、秋は笑いながら丈瑠を見上げた。
「ちゃんと話せたか?」
「うん・・ありがとう」
秋が照れ臭そうに言う言葉に、丈瑠は小さく笑うと、そんな秋の頭を撫でる。
「ほんとはそれが気になったから、子供達をダシにして来てくれたんでしょ?」
秋が見透かす様にニヤリと笑うと、丈瑠がニッコリ笑って秋の頭を掴んだ。
「痛い、痛いってば!」
「分かってんだったら、聞くな」
「もう!照れ隠しにそういう事するの止めてよね!」
秋が掴んでいる丈瑠の腕を叩くと、丈瑠がニヤリと笑う。
「お?凶暴な秋が戻って来たじゃん」
「凶暴なのは丈瑠さんの方でしょ!?」
2人が玄関先で言い合っていると、家の奥からそれを聞いていた藤と純一郎が叫ぶ。
「イチャつく前にメシ~~!」
「父さん!!こっち、眉無しお化けが沢山いる!」
「「「「純一郎!」」」」
久し振りに晴天を見た様な気分で、秋も心の底から笑った。




