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第22話 ここで選べ

 ――まあ、同じ部屋で一晩過ごしたのは間違いないが……。


 そう俺が遠い目をしていると、さらにデクスターは明るく笑って、俺の耳元に顔を寄せて囁いた。

「お前、王女殿下と同じ立場だな。噂が広まるのは一瞬だからな、頑張れ」

「何を!?」

 っていうか、同じ立場。

 そうか、同じ立場なんだ、と唐突に気づかされたわけだ。ジャスティーンは『最後までやっていない』と言ってたが、まさに俺もそうである。イタズラはされたが、それだけだ。でも、こんな噂が広まったらどうなるんだ俺、とぐるぐる考えこんでいるうちに、じわじわと階上から白い煙が降りてきた。

 間違いない、また姉が何かやってる。

 俺は気を取り直してダイアナの部屋のドアを叩きに行った。しかし、俺がドアを開ける前に中から声が飛んでくる。

「早く食事を持ってきてちょうだい。それと、面倒だから今日は一日、こもるから」


 ……俺の見張りのために来たんじゃないのか、という考えは頭のどこかに浮かんでいたけれど、いない方が俺としてはありがたいのでそれに従うことにした。藪蛇になるのだけは厭だし。


 そして、その後は普通に一日が始まった。

 朝食を済ませ、辺りの見回りに出る。もちろん、ジャスティーンはいないしイーサンも同行しない。何やら慌ただしい空気が宿舎の中に流れているようだったが、俺たちには関係ない。

 それに、一緒に行動する団員たちから色々突っ込みを入れられてそれどころじゃなかった。


「中身が男なら、こういう話をしたって問題ないだろ」

「で、団長は上手かったか」

「女同士ってどうなんだ」

 とか、色々言われているうちに逃げ場がない俺は、段々ヤケになりつつあった。だから、「団長は女の敵」とか「ケダモノ」とか好き勝手に言った後で。

「……宿舎のベッドは二人で寝るには狭い」

 とか言ったら、すげえ盛り上がった。酒も飲んでないのに皆、楽しそうで何よりだ。

 いかつい騎士やら、変人の魔術師が多い警備団ではあるけれど、こういうところはノリがいい。ありがたいことに、見た目はごつくても気のいい男性たちが多いようで、これがきっかけで俺と彼らの仲が良くなった、というおまけがついてきた。


「どうも、また新しく誰か来るみたいだな」

 夕方になって、魔術師の一人が赤みを帯びてきた空を見上げながら首を傾げる。ちょうど俺たちが帰路についた頃のことだ。今日は魔物も危険なものは出てこなかったし、暇すぎるとも言えた見回りだったと思う。

「魔力の塊がこちらに向かってきている」

 その魔術師――細身の男性の言葉に、他の魔術師たちも頷いて口々に言う。

「せっかく平和な生活をしていたのに、ここ数日、とんでもないな」

「今度は何だ? どうせ王女殿下がらみだろうけど」

 そう言っている間に、頭上に大きな黒い影がいくつもよぎる。

 巨大な飛竜が辺りの木々を揺らす勢いで次々に飛んでいき、その直後、俺たちがいる森に静寂が戻る。そして、皆の間にも沈黙が続いた後で。

「いつになったら俺たち、自分の部屋に戻れるんだろうな?」

 そう言った誰かの言葉が空しく響いたのだった。


 異変は遠くからでも見て取れた。

 警備団の本館の前、広い中庭に降り立った数頭の飛竜は、この警備団にいるものよりも一回り以上大きく立派だった。それに、動きに統率が取れているのも解る。飛竜が静かに翼を休めている前には、数人の人影があった。

「ありゃ」

 俺の隣にいたデクスターが困惑したように言いながら、馬から降りた。他の皆も馬から降りて、その人影の方を見て表情を引き締める。

 何事かと思ったら――。

「あの先頭に立ってるの、トバイアス・ゴールディング将軍だ」

 俺が首を傾げているのに気づいたのだろう、デクスターがそう教えてくれる。

 飛竜の前に立っている男性の中でも、ひときわ凄まじい圧を放っているのが噂のゴールディング将軍らしい。

 この国の英雄であり、エメライン王女殿下の婚約者の父親。

 緩く波打つ金髪を綺麗に後ろに撫でつけ、この国の紋章が胸に入った甲冑を身に着けている。僅かに吹いている風が彼が身に着けているマントを揺らしていて、何とも威風堂々とした雰囲気を持った壮年の美丈夫である。

 その周りには、おそらく王都の騎士団の人間だと思われる者たちが数名いた。やはり、それなりに立場がある人間なのか、そこそこ年齢が高い者たちばかり。

 そして唯一の例外は、彼らの足元に跪いて――いや、跪かされていた男性だろう。同じように甲冑を身に着けていたとはいえ、まるで罪人か何かのような扱いをされていた。


「多分、あれが王女殿下の婚約者、サディアス・ゴールディングだよ」

 情報通のデクスターは、色々と俺に教えてくれる。「金髪美形で女にモテる、しかし俺と違って真面目らしい。王宮第一騎士団に所属していて、基本的には王族の警護に当たってるって聞いたことがある。将来が有望すぎる男だね」

「へえ」

 俺は眉を顰めながらそれに頷き、他の皆と一緒に馬を厩舎へと連れていく。どうせ俺たちには関係ないだろうと思っていたし、今夜の食事は何を作ろうかと考え始めていた。

 だが、他の団員たちはそうでもないようだ。

 興味津々といった視線を彼らに向けると、噂のゴールディング将軍の声は思っていた以上に大きく、遠くまで響いてくるからこちらにも筒抜け状態であることに気づいた。

「どうやってけじめをつけるつもりだ、サディアス」

 冷ややかに見下ろすゴールディング将軍の声は、まるで地を這うようなものだった。「貴様には一度、王女殿下からチャンスを与えられたという過去がある。それを自分の手で壊した気分はどうだ? 貴様のやったことで、我が一族の名を穢した気分はどうだ? 楽しいか?」

 しかし、その声に対する応えはない。

 きっと、何も言えなかったのだろうと思う。何を言ったとしても、将軍は彼を許さないし認めない。

 王女殿下の噂の婚約者は、きつく唇を噛んで地面を見下ろしたまま、ずっと身じろぎ一つしなかった。そんな彼を逃げないようにと一人の男性が彼の肩を押さえていたが、その必要はなかっただろう。サディアスというその美形は、何もかも受け入れているように思えた。


 そうしているうちに、宿舎の方から侍女たちを引き連れて王女殿下が姿を見せた。その後ろには、ジャスティーンとイーサンもいる。そして、イーサンはそろそろ倒れるんじゃないかと思えるほど表情を引きつらせていた。


「御前失礼いたします」

 マントを払いながら、ゴールディング将軍が地面に膝をついて頭を下げる。そして、他の男性たちも一斉にその動きに倣う。

「私の愚息が王女殿下に対して行った非礼を、どうやって詫びればいいのかと考えております」

 重々しい口調で続けた彼の前に、不満げな表情のエメライン王女殿下が立ち尽くしている。そして彼女は忌々しそうな視線をサディアスに向け、小さくため息をこぼした。

「いいえ。お父様は将軍のことを大切にされていますし、わたしもそんな父の心情を察すればここで許さなくてはいけないのでしょう。たとえ何をされたとしても、わたしはそれを受け入れるまで」

 その言葉を聞いたサディアスが、やっとそこで顔を上げた。

 王女殿下と彼の視線が絡んだのは一瞬で、サディアスは彼女の背後に立つジャスティーンを見た瞬間に、苛立ちのような光をその双眸に灯した。

 そんな一瞬の空気を読んだのか、将軍がいきなり、サディアスの髪の毛を掴んで地面に激しく叩きつけたのだ。

「貴様、上げる頭があると思うな」

 その声に潜んだ殺気に、さすがの王女殿下も怯えたように後ずさった。

 無理やり地面に押し付けられたサディアスの顔には、あっという間に擦り傷が出来上がる。痛みに顔を歪めた彼を見下ろしながら、将軍はさらに冷徹な言葉を続けた。

「お前は第一騎士団から追放する」

「えっ」

 王女殿下が慌ててそう言ったものの、将軍の勢いは止まらない。

「その上で、サディアス、ここで選べ。腕一本か目玉一つか。王女殿下への詫びとして、そのくらいで済むなら喜ばしいことだ」

「え、ちょっと待って、ゴールディング将軍? 一体何を」

 顔色を青ざめさせ、おろおろとした様子で辺りを見回した王女殿下は、まるで助けを求めるようにジャスティーンの腕に縋りつく。ジャスティーンは困ったように笑いながら、それをそっと躱した。


「ならば、目を」

 地面に押さえつけられたまま、サディアスが初めて口を開いた。その端正な顔立ちに似合う、涼やかな声だった。静かに響いたその声には、何の躊躇いもない。

 そこで将軍が立ち上がり、腰に下げていた剣を鞘から抜いた。他の男性たちは、サディアスが動かないように抑え込む。

「待って! そこまでしないでいいから!」

 そこで、顔色をなくした王女殿下がサディアスと将軍の間に割り込んだ。「サディアスは騎士として頑張ってきているじゃない! 目も腕も、大切なのに!」

「いいえ」

 そこで、サディアスが王女殿下を見上げたまま薄く笑った。「矜持の方が大切なのです」

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[一言] 流血の修羅場が( ˘ω˘ )!
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