10・決闘することになってしまった
すみません。
更新遅れました。
「そこでなにをしている!」
エロックスは大股で俺達のところまで近寄ってきた。
今度は周りに男を引き連れている。
取り巻き連中も、にたにたと不快な笑みを浮かべている。
どちらにせよ、あまり関わり合いになりたくない人種だ。
「エロックスじゃないか」
「ダメよ、ラウル。人の名前を間違っちゃ。正しくはクズックスよ」
「レックスだ!」
最初から怒っていたが、ますますエロックス——じゃなくてレックスはものすごい剣幕になった。
「君達は僕をバカにしているのか! 僕を誰だと思っている! レギオン侯爵の正統跡取りで、Aランク冒険者なんだぞ!」
『貴族』と『Aランク』ってところに、やけにこだわるな。
まあこいつにとってはその二つは代え難い勲章で、そこにプライドを持っているのだろう。
それくらいしか誇れるものがないとも言える。薄っぺらい看板だ。
「レギオン侯爵……か」
エノーラがレックスの顔をじろじろ見る。
「なんだ、そこの幼女」
「なに。どこの貴族じゃったか思い出していただけじゃ。それにしても、そなた、あれじゃな。それだけでよく威張ってられるものじゃ」
「……! レギオン家をバカにするな! それは最大の侮辱にあたるぞ!」
エノーラは呆れたような表情を浮かべ、レックスが怒りのボルテージがさらに上がっていく。
そもそもエノーラを見ても、レックスはなにも気付いていないのだ。エノーラが裏で政権を握っていることは知らなくても、彼女が王族の一人であることは知っていてもおかしくないのに。
せいぜいそのレベルの貴族ということだろう。
「お前なんかとは全然違うんだぞ! キレイに着飾っているが、顔に貧乏人特有の卑しさが浮かんでいる。すぐにでもお前の家族を潰してやろうか? 僕の力ならそれくらい出来る」
「もしかして……妾のことか?」
「そうだ!」
貧乏人? お前なんかより、何百倍も金を持っていると思うが。
それにたかが侯爵が王族を潰せるわけがない。潰されるのはお前の方だ。まあエノーラはそんなこと、絶対しないけど。
だからこそ——むかつく。
「ラウル、エレノア」
アイリスが名前を呼ぶ。
「さっさとどっかに行きましょう。こいつと関わっていたら、疲れるだけだわ」
「同感だな」
俺達はアイリスに同意し、レックスの前を去ろうとした。
だが。
「待て!」
レックスが俺達の前に立ちはだかり、制止してくる。
「今日はお前に用がある」
「俺か?」
レックスの指差す方向には……俺。俺だよな……嫌すぎて、一瞬認めたくなかった。
「そうだ。昨日、君が僕にしでかしたことは許し難いことだ」
「昨日、俺なんかしたっけ?」
「……! 覚えていないというのか。君にほ〜〜〜〜んの少しだけ恐怖のような感情を抱いてしまったことは、僕にとって不名誉なことだ!」
ああ、そういや少しだけ殺気を飛ばしたな。
あれだけで恐怖心を覚えていたら話にならん。
「そこで……僕は君に決闘を申し込む!」
「は?」
思わず声を漏らしてしまう。
「アイリス、決闘ってなんだ?」
「正式なルールの下でやる喧嘩のようなものよ。イアナ王国では『喧嘩』も禁止しているんだけどね。ただそれだけでは血気盛んな冒険者を押さえきれない。そこで決闘というシステムを用意して、合法的に喧嘩を行うことが出来るようにした……そんな冒険者達限定の法律よ。三年前に出来たわね」
すらすらとアイリスが説明する。
エノーラを見ると「うむ」と首肯した。
大方彼女が作ったといったところだろう。
「どうして俺がお前と決闘をしなければならない?」
「君と僕、どちらが上かはっきりさせておこうと思ってな。周りにも示しがつかん」
とレックスは取り巻き連中に視線をやった。
どちらが上? わざわざ自分が下であることを示そうとしているのか? バカか、こいつ。
「あんたが出るまでもないわ」
アイリスがそっと俺の前に出る。
「ねえ、クズックス」
「レックスだ!」
「まずは私と戦わない? 同じAランク冒険者でいい勝負が出来そうだし。私、ラウルより弱いわよ? 私を倒さなきゃ話にならないわよ」
「き、君と戦っても仕方がなかろう! 僕はその男と戦いたいんだ!」
動揺するレックス。
アイリスと戦ったら負ける可能性があるからだろう。
彼女はかなり強いからな。レックスに負けるとは到底思えなかった。
「なあ、ラウル」
後ろを振り向くと、心底愉快そうにエノーラが笑みを浮かべていた。
「なんだ」
「そやつとの決闘を受けてみてはどうだ?」
「時間の無駄にしかならんぞ」
「よい。そなたが戦う姿を久しぶりに見たくてな。それに貴族というものはしつこい。ここで断っても、ことあるごとに嫌がらせしてくるだろう。ならばここで——ヤツの言葉を借りるなら——どちらが上かはっかりさせてやるのも、いい考えだと思うのじゃがな」
こいつはなにを言い出す。
見ると、レックスはやる気満々で断られるとも思っていなさそうだ。
昨日の些細なことを覚えているようなヤツだ。エノーラの言った通り、ここで断ってもまた粘着されるだろう。
俺は溜息を吐いて、
「いいだろう。すぐに終わらせてやる」
と口にしたのであった。
◆ ◆
中央広場に場所を移して。
「……なんでこんなに人が集まっているんだ」
最初は俺達だけだったのに、どこから話を聞きつけたのか次から次へと人が押し寄せてきた。
人々の輪の中心、そこに俺とレックスはいた。
「ふふふ。君の憐れな姿を見たいんだろうね。これで負けても言い訳出来なくなっちゃったね」
レックスは心地よさそうに周囲を眺めていた。
「ラウル、頑張りなさい〜。そいつをぶっ飛ばしてあげなさい!」
「ラウルのカッコいい姿を見たいのじゃ!」
アイリスとエノーラは俺のことを応援してくれている。負けるとは微塵も思っていなさそうだ。
しかし。
「彼女達に悪いな」
つい呟いてしまう。
そう、俺はこの決闘に負けるつもりなのだ。
レックスに強者の雰囲気は感じないが、貴族でAランク冒険者と目立つ要素が山盛りなんだ。
それに俺みたいなぽっと出の冒険者が勝ったらどうなる? 一躍注目を浴び、平穏な日々を送れなくなるかもしれない。
とはいえ、すぐに負けるつもりはない。そんなことをすれば、さすがにバレてしまうからだ。
適当なところで相手の攻撃を受けて、この決闘を終わらせよう。
「はじめっ!」
どこからともなく、そんな声が響いた。
「いくぞ! うおおおおおお!」
「なっ……!」
レックスが剣を振りかぶりこちらに向かってくる様子に、俺は驚きを隠せなかった。
そりゃそうだ。どうして攻撃する時に大声を張り上げる必要がある? これだったら「どうぞ、攻撃してください」と言っているようなものだ。
しかも隙だらけ。動きも遅いし。
まずは小手調べといったところか。まずは俺がどう出るかを確かめるつもりなのだろう。
「ふん」
俺は体をずらし、レックスの攻撃を回避した。
容易いことだ。
しかし彼をくるりと振り返り、
「ぼ、僕の神速剣を回避するだとっ! 有り得ない!」
と目を見開いたのであった。
あれ? どうしてそんなに驚いているんだ?
小手調べじゃなかったのか?
俺にとったら目を瞑っても避けられそうだったが。
「おいおい、まさか今のが本気だったわけじゃないよな? もたもたしていると、すぐに終わっちまうぞ」
「……! 君に言われなくても分かっているつもりだ。僕の本気を見せてあげよう。神速剣奥義『千殺剣』」
だが、まだレックスは俺のことを舐めているのだろうか。まだ本気を出してくれない。
彼が言う『千殺剣』は蚊が止まりそうなくらい遅かったからだ。 わざと当たるのもバカバカしすぎて難儀する。
全く……こいつはどこまで人のことをバカにすればいいのだろうか。
「お、おい……! レックスの千殺剣をいとも容易く避けてやがるぞ!」
「オ、オレはなにが起こっているかですら分からねえよ!」
レックスの周りにいた取り巻き連中の声が聞こえた。
「おい、エロックス」
「レックスだ!」
「もしかして……それがお前の本気なのか?」
「勝負の最中に話しかけるな……!」
レックスは額に汗を浮かべ、一生懸命剣を振るっている。
参ったな。こんなに弱っちいとは。
どうやらわざと負けるのも難しそうだ。




