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ジオラマの丘  作者: トラヤラノ
3/3

第三回 「ジオラマの丘」

 「きっと忘れないで」


 目が覚めるショウ。時刻は既に15時前だった。


 今日は非番だ(勝手にショウが決めた)。

 寝ている時、誰かの声が聞こえた気がした。夢だろう。

 

 「ジオラマの丘」に向かってみることにした。

 玄関を出るショウはハッとなる。そういえば…丘はどっちの方角だ。一瞬、記憶を手繰り寄せるショウ。大丈夫、思い出せる。

 

 つい一週間前のはずだ。海沿いの道を行き、クレーン船の廃墟を三つほど通り過ぎたらやがて小さな社の跡が見えてくる。その階段を上って、公園跡を横切れば…。

 ジオラマの丘だ。


 大丈夫、忘れていない。


 そして、サテラ、キミの事もだ。

 ショウは心の中で何度も自分に言い聞かせる。

 そして、昨日空を見ながら思った言葉が、今度は声として出てきた。


 「もしこの世で、誰も僕の事を忘れてしまったら、僕は消えてしまうのだろうか?」


 わからない。


 

「僕が小さい頃住んでいた町は?」

「遊んだ友達の名前は?」

「公園は?」

「自分の好物は?」

「小学校の先生は?」

「給食の味は?」

「当時流行っていた歌は?」

「初めて好きになった女の子は?」

「掃除当番のローテーションは?」

「中学校の場所は?」

「部活動は?」

「高校は?」

「ばあちゃんの田舎は?」


 ふと、自分の過去の記憶を遡る。そしてショウの表情は歪む。


 消えた!みんな消えた。

 あの光が消した?

 あの大きな光の壁、レイ・スキャナ。

 レイ・スキャナはいつからあった?

 あの光は本当に誰が、いつから、何のために、なぜ消去する?

 なぜ?なぜ?なぜ?


 ゴッと海風がショウに吹いてくる。とても重い風だ。

 今日は午前中から午後にかけて、浜風が非常に強いぞと、端末にはテルヨのメッセージが入っていた。


 未来。


 その未来はすぐ過去になる、そしてあの光にスキャンされる。


 消える。


 忘れられる………?


 そうだ。分かっていたはずだ。

 あの光は……。

 気がつけばショウは、丘のすぐ近く、公園の跡地までたどり着いていた。

 滑り台と、朽ちたブランコ。それらは塩害で完全にサビついていた。

 ギイ、ギイと音を立てて揺れるブランコ。


 夢の跡。


 あの光は、人々の夢の跡を消す装置…。


 この公園もかつて人がいたはずだ、誰かが使っていたはずだ。

 誰かの痕跡。しかしこの土地もゆっくりと朽ちてゆく、あと数百年もしないうちになくなっているかもしれない。しかし人の記憶には残っているはずだ。そうしてゆっくりと、眠りにつく、永い年月を経て地層が出来てゆくように。


 はっとなるショウ。そうだ。この公園………。


 そして、サテラが言っていたこと……。


 「覚えていたんだね、ショウ」


 虚を突かれるように驚くショウ。


 サテラの声が背中から聞こえた、ショウはもうずいぶんその声を聴いていない気がした。

 ショウはバッと丘の方を向く、サテラは先日前と変わらぬ姿で丘の上に立っていた。


 彼女の目は穏やかで、どこか遠くを見ているようだった。


 対して、ショウは目を大きく見開く。


 「ボクの友人が言っていた。『かつての丘は、高波によってさらわれた』と」

 「……」

 「ボクは思い出した。この滑り台、公園。昔はここは海からもっと遠かった」

 ショウは後方の海を一瞥しながら話す。

 「やがて港町も、この丘の大半も消えた」

 「………」

 「ボクの友人が言っていたこと、そしてボクの記憶が本当なら、今、立っているこの丘は…」


 「ジオラマの丘よ」

 

 サテラの言葉に思わず乗り出すショウ。


 「その名をキミが知っているのは、どうして…」


 「サテラ…キミは…、なぜ、その名を知っていたんだ」

 「教わったわ」 


 ショウはハッと息をのんだ。そして記憶を手繰り寄せる。

 

    ×     ×     ×


 淡く、かすかに海が見える。海峡にかかる橋も見えた。

 その記憶の中で、幼いショウは、公園の地面に地図を描いている。その姿をショウとサテラは見ているのだった。

 

 一生懸命地図を描いているショウ、しかし周りの子供たちはそれをからかったり、消したりしている。

 

 「なにしてんだよ、ショウ。また地図かよー」

 「でたらめじゃん」 

 「いこうぜ、こいつ、止まらないんだ」

 去ってゆく子供たち、しかし、ぽつんと、ショウを見おろす紫の髪の女の子がいた。

 「何を描いているの?」

 「地図」

 「どこの地図?」

 「この丘だよ」

 「そうなんだ」

 「キミは不思議がらないのかい」

 ショウはしゃがんだまま、サテラの方を向く、サテラは首を横に振る。

 「じゃあキミには教えてあげよう、ボクが付けた丘の名」

 「貴方が?」

 「ジオラマの丘」


 「…ジオラマの…丘」

 「あらゆるものが小さく見える場所」 


    ×     ×     ×


 強風の丘の上。立ちつくすショウとサテラ。

 サテラは海峡を見て話す。

 「その時もキミは後ろ姿だった。そして、少し私が目を離したら、

 キミの姿は既に無かった。地面には、あの地図だけが残っていた」



 「サテラ、キミはどうなる…?」


 ショウ、さらに一歩前に踏み出す。夕刻が迫っていた。「どうなるんだ…」小声でショウは付けたした。


 「通り道に、小さなお社があるでしょう?」

 

 目をそらしながら話すサテラ。


 「ああ」


 「私は昔、そのお社に住んでいたの。でもこの丘が完全に消えてしまったら

 何処か遠くに引っ越そうかなって思っていた。でも……未練があったのかも」


 「…」


 ショウがサテラの方に体ごと向き直る。

 遠くではギイ、ギイとブランコの音。風が再び出てきた。


 時刻は17時00分……。


 「私が消えても」


 サテラの目が光っている……!その光源は…、


 東の空からレイ・スキャナの光だ。


 ………来る。サテラはそう呟かなかった。


 ショウは、サテラの顔を見据える。彼女からは僅かに笑み…。そして彼女は呟く…。


 「きっと、忘れないでね」


 ショウの後ろから徐々に迫るレイ・スキャナ。


 ショウは刹那右腕を前に出し……、


 ガッとサテラの左手を掴む…!!


 ……!


 レイ・スキャナが通過するーーー…!!!


 ブワッと海からの一陣の風…………。


 空。


 舞い上がる草。


 そして、西の空へ消えてゆくレイ・スキャナ。


 いつもの35秒間だ。


 サテラの左手を掴んでいるショウ。二人とも消えていない、この丘も…。サテラも…。



 沈黙を破ったのはショウだった。



 「…もしも、あの光が僕達の記憶の有無をスキャンしているのであれば」


 「ボクが忘れなければ…………キミは消えたりしない。」


 笑顔になるショウ。すこし固かったが。


 「……!」


 再びショウは強くサテラの左手を掴む。


 そして、そっと彼女の掌の中に何かを乗せる。


 サテラの手を離すショウ。


 サテラ、ハッと気づいて、手の中の渡されたものを見る。


 それは。


 小さな、地図。


 ショウが作った、この丘の地図だった。B6ぐらいの紙に書かれた。小さな…。

 かつて、ショウが公園の地面に描いた地図と同じものだ。


 サテラ表情が緩む。


 大きくなびいていたサテラの紫の髪がフワッとおさまる。あたりが少しずつ暗くなり、

夕闇が2人を包む。風は穏やかになっていた。


 「この丘から、ふもとの港町が小さく見えた。まるでジオラマのようだった」


 「うん」


 頷くサテラ。両手には地図。


 「私は、キミにおしえてもらったんだよ」


 「ああ…ずっと…覚えていた筈だったんだ。この景色…そして…………」


 海峡の夜その後静寂が二人を包んだ。

 海の残骸の街灯。明かりがぽつ、ぽつと灯り、淡く二人を照らした。


 

 エピローグ



 早朝の冷たい空気に包まれる海岸線。曇り空だが午後は晴れるらしい。

 酒蔵の廃墟を過ぎて、原付から降りると、あとは徒歩である。

 

 大あくびのテルヨ。海沿いを西へ歩く2つの人影。

 左手には相変わらずシンボリックに立っているクレーン船の残骸が軋んでいた。


 

 ザッと立ち止まるショウ。後ろを歩いていたテルヨも合わせて立ち止まる。

 テルヨとショウが2人横に並んだ。

 

 目の前には、小さな森と朽ちた社があった。「ん」と社を仰ぐテルヨ。

 おもむろに手を合わせるショウ、怪訝な顔をしつつテルヨも合わせる。


 丘に上がるショウとテルヨ。



 「…そして…」


 「この丘は、昔から好きだった。見える景色は変わってしまったけれど」


 「…それでも」


 「それでも、ボクはこの目に焼き付けたい…。ずっと」



 サッと海風が通過する。



 まだ昼過ぎ。海峡に吹く風は懐かしく、穏やかだった。



「ジオラマの丘」おわり


「ジオラマの丘」はこれにて完結です。


ショウたちの住む世界は、私たちからどのように映るでしょうか。

不便だと思うかもしれませんし、のんびりしてるなあと感じるかもしれません

そういった景色を、何となく想像し、思い浮かべてくれたら嬉しいです。


クマモトタケシ

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