第二回 「記憶のヒカリ」
「ジオラマの丘へようこそ」
ショウは、突然見知らぬ少女にいきなり声をかけられ、首だけ振り返る。
「私はサテラ、よく覚えておいてね」
少女は「サテラ」と名乗った。ショウも見上げる。
とても長く、紫色の髪。キャスケットのつばの陰にはなっていたが、瞳は銀色に光り、まっすぐにショウを見つめていた。
「ボクはショウ。ここには何度か来たことがあるんだ。けど、誰かに会うのは初めてだよ」
「そうね、でも、私は後ろ姿だけ何度かキミを見たことがある」
サテラは話す。
「レイ・スキャナが来る前にいつも帰っちゃうよね」
澄んだ発音だ、ショウは感じた。
「見られていたんだ。サテラ、キミはこの近くに住んでいるの?」
「ええ、結構前からね」
「来る」
サテラは呟いて東の空を見る。ショウもつられて首を向く。
東の水平線からは、
巨大な、光の壁が。
どんどん、迫ってくる…。
まるで大地をスキャンするかのように…。
ショウたちに迫る。音も無く。
そして、通り過ぎる、光の壁…………。
光の壁はショウたちがいる丘もまるごと通り過ぎると、35秒ほどで西の水平線へ消えていった。
光の壁が消えると、空も紺のグラデーションに変わり、あたりは徐々に夕闇に包まれていった。
風が弱まる。
あの光の壁が通り過ぎた後の特徴的な静寂があたりを包む。ショウとサテラは、南の海の残骸を見ていた。
やがて、サテラは踵を返して、丘の反対側へ下りようとする。
「じゃあ、またね」
「サテラ」
ショウは反射的にサテラの背中に声をかける。
振り返るサテラ。ショウは一寸言葉を探す。
「あ…いや……また会えるかい」
「いつでも」
そういうとサテラはニッと笑って背を向け、丘の反対側へ下って行った。
既に夜は近付いていた。海峡の夜は強風だ。
そして、静寂が残されたショウを包む。ショウは海の方を向く。
南の海の残骸には、ぽつ、ぽつ、と街灯が点灯し始めていた。
× × ×
「あの『崖』に行ったのか?」
ショウの住む家は2階建てだ。
地図設計士のショウの部屋は二階にあり、作業場兼寝室であった。
部屋にはそこかしこに地図を描くための機材や参考書物でいっぱいであり、常に何かが散乱していた。その足の踏み場の無い部屋の片隅に追いやられたソファにテルヨは腰かけていた。
テルヨは、本でいっぱいになったデスクにいるショウに向かって言った。
ショウは本の隙間から顔を出した。
「ああ」
「そうか」
テルヨは眼鏡をかけ、髪はショートカット。ショウの幼馴染だ。
テルヨは、口は悪いが面倒見は良い。テルヨにとって、ショウはぼーっとしているように見えるらしく、いつも忠告役になるのだった。
ショウは本の山に埋もれて、なにか作業しているようだった。テルヨの位置からは、机の上の本に隠れて、ショウの手元は見えなかった。
すぐ本をパタンと閉じて、テルヨは顔を上げる。
「レイ・スキャナは不吉の光だ、ショウ、あまり西の沿岸部は近付くなよ」
テルヨは真面目な顔で続ける。
「最近波も高い。それに、ただでさえキミは物好きなんだから」
「ああ、でも、あの辺りはもう少し散策してみたいんだ」
「ほんっと…」
やれやれな表情で、言葉を飲み込むテルヨだった。
「地形はどんどん削られる。あの光にどんどん削られて、やがて何もなくなる。何もなくなったことも、人々は忘れてしまう」
テルヨは、そう呟いた。
夜。ショウは、ものが散乱した自室のベッドにあおむけに横たわる。
この世界は、日々上書きされている。
あの光の壁によって。
東から西へ。
光の壁の通過は、毎日行われる。
人々はその光の壁を『レイ・スキャナ』と呼んだ。
レイ・スキャナは目に見える。
古の制御システムの名残と言われている。
それは、毎日、毎日、夕方に発生する。
発生時刻は決まって17時00分からはじまり、
地上にいる人間で、だいたい17時00分35秒まで、確認することが出来た。
その光の壁は地面から垂直に、天高くまで伸びており、
東の空から迫ってくる。
無音で、静かに…迫ってくる。
地平線から地平線まで。
その35秒間が、この世界の人々にとっての、
1日の判決の瞬間ということになる。
スキャン後、少しずつ変わっているところもあれば、
大きく変わっているところもある。
人がいなくなるなんてこともあるという。
その理由は分からない。そして人がいなくなれば、
その人の存在は、完全に忘れられる。
今までの存在が幻であったかのように…。
ボクたちは、この空間の中になぜいるのか、わからない。
いつから、そこに住んでいた?
自分はいつから、生きていた?
この島国は実体なのか?そもそも本当に「島」なのか?
翌日には、全く別の人になっているのではないか?
自分の持つ記憶は、本物?
テルヨをはじめ、レイ・スキャナを「不吉の光」と言う人もいる。そうかもしれないし、
ボク自身、実体かどうかも分からない。
昨日のボクと、今日のボクが同じであると、誰が言えよう。
だが、実体であるとずっと信じ続けることが大事だと考えている。
今日もまた光が来る。キミのもとへ、人々の畏怖を乗せ…
× × ×
数日後のショウの家、屋上。
ショウと友人のテルヨは天を見上げる。時刻は16時59分。
二人はよくこの屋上で、コーヒーをすすりながら、空を見上げるのだった。
「なむさん」
時々、テルヨは何か言葉をつぶやく。異国の言語とか祈りを表す言葉とかが多いようだ。
光の壁、レイ・スキャナは常に無音で通過する。
ショウの家を通過し、西の空へ消える光の壁。約35秒間。ショウとテルヨはそれを静かに見送った。
ショウの家から、西に位置する「ジオラマの丘」。
その丘の上にひとり、ポツンと立つサテラ。
「来る」
サテラを通過して、西の空へ消える光の壁。
サテラは遠くの海をじっと見つめる。
そして光の壁は、闇を呼び寄せるのだった。
ショウの自室。夜。寝転がりながらショウは闇の中で呟いた。
「もしこの世で、誰もがボクの事を忘れてしまったら」
「ボクは消えてしまうのだろうか?」
遠く闇の中から海鳴りが聞こえていた。
第三回「ジオラマの丘」へ続く




