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ジオラマの丘  作者: トラヤラノ
1/3

第一回 「ようこそ」 

 「キミは忘れたはずだ」


 そんなふうに言われているような風だ。


 海峡に吹く強風は、水分を多く含んでおり、古くて、重い。


 沿岸を歩くショウ。膝まで伸びた雑草をかき分ける。左手にはクレーン船が数隻見える。

 途中までは原付で来ることができるが、舗装された道は、かつて酒蔵が立ち並んでいた廃墟を

 過ぎたあたりで完全に途絶える。


 100メートル級の巨大なクレーン船の骨組みは、風に揺れてぐわんぐわんと錆びた声をあげている。もちろん今は使われてはいない。この沿岸部は年々風が強まっているようだ。


 ショウが歩く方角は西だ。既に陽はすこし傾き、オレンジ色のフレア光がショウの顔を染める。

 この瞬間ですら、ショウは友人のテルヨからの話を信じてはいなかった。


「また地形が変わっているそうだ」


 テルヨは、いつものようにショウに忠告した。


「かつての丘は、高波によってさらわれた」


 その言葉を思い出しながら、ザッ、と足を踏みしめるショウ。


「或いは、『不吉の光か』」


 ショウは「地図設計士」のたまごだった。

 地形は頻繁に変化するので、その都度地図データの更新が必要だったのだ。

 この海域は、ショウたちの住む町からはそう遠くはなかったが、頻繁に地形が変わるため、ごく最近まで長いこと、立ち入り禁止の防壁が立っていた。


 テルヨから聞いたルートで歩く、やがて3~4メートルはあろうかという防壁が見えてきた。

 コンクリートで固められていたが、その多くは既に朽ち、何とか登れそうだった。ショウは防壁を登り、その上からの景色を望んだ。知らない土地を歩くと思うと、ショウはいつも胸が躍った。


 防壁から飛び降りて、再び歩く。ショウが歩く方角には、かつて大きな港町があった、とされる。

 しかし、ショウが16になる頃にはそんな町は存在しなかったし、痕跡と言えば、海面に浮かぶ建造物の頭だけであった。


 ショウにとってリアルは残骸であり、今、端末に映し出されている古地図に示されている町が、現存するのかどうかさえもショウにとっては疑わしいものであった。

 立ち止まるショウ。左手の端末で、自身の位置情報を確認しつつ。


「なんだ、元のままじゃないか」


 テルヨの言葉に反して、ショウの眼前には、大きな丘が広がっていた。


 所々低木はあるものの、丘に生える草は背丈が低く、海からの風がそれを撫でていたのだった。

 ショウはその感触が本物であることを一歩一歩踏みしめることで確認しているかのように丘を登った。


 そこには、海風で朽ちたブランコがたたずんでいた。

 相変わらず太陽は西に在り、丘をオレンジに染めていたが、空は青色のグラデーションを保っていた。


 雲は物凄い速度で東の空に急いでいた。


 ショウはこの丘を気にいっていた。


 後方には山、眼前には海と沈んだ都市。そして海を隔てた先にはタンロと呼ばれた島があり、そこに行くための巨大な連絡橋も見えた。


 橋は一部が崩れ落ちていたが、旅人の中ではこの橋を使って島を渡り、タンロの先の更に大きな西国の島に行くために不可欠だった。空には様々な形の雲が浮かんでいた。


 南方には高積雲、積雲、積乱雲の姿も見えた。ショウにとってここは色んなものが一望できる場所であり、現実にある空間として、実感が持てる場所だった。


 

 ショウが刹那そう思った時、ほんのわずかだが、潮風ではない、別の風の匂いをかぎ取った。


 その、淡い柑橘系を彷彿とさせる匂いは、彼を更に別の空間に引き寄せるような感覚をもたらした。

 海からの風は一度やんだ。日暮れが近い。さっきの匂いはなんだったのかと立ち上がり、あたりを見回す。ショウは海側を向いていたので、反対側に当たる丘の頂上には背を向ける形になっていた。


 ショウは頂上のほうに首を向ける。


 そこには、見知らぬ少女が立ちつくしていた。


 少女は腰まで伸びた長い紫の髪、キャスケットを被っている。


 紺のオーバーオールのような形状の服装で、全体のフォルムはダボっとしていたが、体の線そのものは細いように感じた。



 その少女からの第一声はこうだ。


「ジオラマの丘へようこそ」



 第二回 「記憶のヒカリ」へ続く

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