第08話 ナウなヤング狐先生
「ふしゃーーーっ!」
学校裏の雑木林。
葛葉が四つん這いになり、もふもふの尻尾を逆立てながら威嚇していた。
「グルルルッ!」
相手も負けじと唸り声をあげている。
たぶん、野良犬だ。
首輪はない。見た目も、いかにも雑種だった。
「……あの人、何やってんだ?」
だいたい察しがついた。
人間とは違い、動物には妖怪の気配が分かるらしい。
野良犬は、木の上にいた葛葉を見つけて吠えた。
それに応えるように、葛葉はここまで追ってきたのだろう。
そう言えば、授業中に犬の鳴き声を聞いた覚えがある。
呆れながらも、ここは助け船を出してやる。
俺は両手を上げながら、情けない声で駆け寄った。
「うわーん、葛葉えもーん!」
「何じゃ? 主様は仕方ないのぉ~……。」
葛葉は身を起こし、腕を組んで優しく微笑む。
「ウフフフ……。って、誰が狸じゃ! 妾は狐じゃ!」
「キャイン、キャイン!」
もふもふの尻尾が逆立った。
驚いた野良犬は、慌てて逃げていった。
見事なノリツッコミだ。
俺の即興ボケを完璧に読むとは、この狐、デキる。
「あっ、知ってんだ? このネタ」
葛葉はふふんと鼻を鳴らした。
もふもふの尻尾がご機嫌そうに左右へ揺れる。
「妾のようなナウなヤングは、流行に敏感じゃからな!」
「いやいや、流行してないから。
あと、ナウなヤングとか、誰も言わない」
俺は真顔のまま、右手を左右に振った。
「なぬっ!?」
葛葉の耳がぴくりと跳ねた。
「父さんですら言わない。化石レベルだよ」
「わ、妾がっ……。化石?」
葛葉は目を見開いたまま固まる。
「嘘じゃ!」
そうかと思ったら、くるりと背中を向けた。
右手を腰に突き、左手を首筋に添える。
「ほれ、ぴちぴちギャルじゃぞ? うっふーん」
そのまま振り返る。
古いハリウッド女優みたいなポーズだった。
素材は満点なのに、感性が残念すぎる。
俺は鼻で笑った。
「ぴちぴち? ……魚かよ」
「狐じゃ!」
だが、ツッコミは切れ味がある。
そう感心した、その瞬間だった。
「……私、花子さん。あなたの後ろにいるの」
すぐ耳元でボソリと囁かれた。
「ほわっ!?」
思わず肩が跳ねるようにして、後ろを振り向いた。
そこにいたのは、トイレで出会った赤いジャンパースカートの少女『花子さん』だった。
何のためにここまで来たのか、それを思い出す。
「あっ!? そうだった」
「何じゃ? その女?」
葛葉が花子さんをじろりと見る。
花子さんは、慌てて俺の背に隠れた。
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「要するに、敬いや畏れ。
人々からそうしたものが薄れると、妖怪は力を失ってしまうのじゃ」
葛葉が人差し指を立てて、講釈を垂れる。
それを、俺と花子さんは正座で聞いていた。
なぜこんなことになったのかと言えば、花子さんからの相談が発端だった。
「はい、先生!」
「んっ」
「それなら、先生は百年以上も封印されていたのに、どうして平気なんですか?」
「うむ! 妾が偉大だからじゃ!」
花子さんは、正式には『トイレの花子さん』と呼ばれる妖怪である。
その名前くらいは、俺でも知っていた。
だが、最近はさっぱり人気がないらしい。
一昔前は、トイレのドアをノックするだけでワーキャー騒がれたものだという。
それが今や、怖がらせる立場のはずが、ノックのしすぎで怒鳴られ、逆に驚かされる側になっていた。
「もう一つ、はい!」
「んっ」
「じゃあ、花子さんはどうしたらいいんですか?」
つまり、アイデンティティの崩壊だ。
気づけば力を失い、存在そのものが危うくなっていた。
そこへ、人間でありながら妖気を持つ俺が現れた。
藁にもすがる思いで、花子さんは俺に相談してきたというわけだ。
ただ、俺にも言えることが一つだけある。
中学生くらいの見た目で、赤いジャンパースカートは、攻めすぎだと思う。
それが許されるのは、小学四年生くらいまでだろう。
「簡単じゃ、妾がそうしたようにすればよい」
「……えっ!?」
しかし俺も、この世に妖怪が存在すると知ったのは一昨日である。
そこで、餅は餅屋。
葛葉先生の出番となった。
「鬼と呼ばれる者たちがおるじゃろ?
あやつらが人を喰らうのは、血肉に大きな力があるからぢゃ」
「……なるほど?」
正直、半分も理解していない。
わかったような、わからないような声が出た。
「そして、それは血肉に限らぬ。
陰陽による和合じゃ」
急にそれっぽい単語が出てきた。
「……つまり?」
「まぐわいじゃ!」
葛葉は腰帯を勢いよく解いた。
緋袴がすとんと落ちる。
「ちょっ!? な、何をっ!?」
ようやく理解に至った。
だが、待ってほしい。
ここは学校の裏だ。
葛葉は普通の者から見えなくても、俺は見られる。
もし、見つかりでもしたら、転校初日にして停学になりかねない。
いや、転校初日だけに『こんな問題児は扱えません!』と、さらに転校させられる未来すらある。
「昨夜はオアズケを喰らったのじゃ! よいではないか、よいではないか!」
「ま、待て、待て、待て!」
しかし、葛葉は止まらなかった。
気づけば、俺は押し倒されていた。
「は、花子さんも何とか言って!」
たまらず花子さんに助けを求める。
「ぽっ……。」
「ぽっ、じゃねえ!」
その花子さんも顔を紅く染め、いそいそと準備を始めていた。
ここに味方はいない。
――第一部、完。
ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。




