第27話 終わったあとに残るもの
最初に戻ってきたのは、音だった。
それまで完全に消えていたものが、ゆっくりと輪郭を取り戻していく。崩れた土の落ちる音、遠くで何かが軋む音、自分の呼吸の音。
どれも当たり前のはずなのに、妙に遠く感じられた。
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ユウトはしばらく、その場から動かなかった。
動けなかったわけではない。ただ、“今動くべきかどうか”の判断が、うまくつかなかった。
さっきまで確かにそこにあった黒い塊は、もう存在していない。
跡も、気配も、残っていない。
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終わった。
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頭ではそう理解している。
だが、それを実感として受け入れるには、少し時間が必要だった。
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「……一つ聞いていい?」
背後から、ミラの声がする。
近づいてくる足音はあるが、距離は保っている。
不用意に近づかないあたり、状況をきちんと見ている。
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「何だ」
ユウトは振り返らずに答える。
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「今のって、“消した”っていう認識でいいの?」
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いい質問だった。
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「違うな」
少し考えてから答える。
「消したんじゃない。“ああならない状態にした”」
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言いながら、自分でもその表現が一番しっくりきていると感じる。
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「存在をなくしたわけじゃないけど、同じ形ではもう出てこない、みたいな?」
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「そんな感じだな」
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ミラは少し黙る。
理解しようとしている。
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「それってさ」
ゆっくりと言葉を選ぶ。
「かなり危ないことやってない?」
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「やってる」
ユウトは即答する。
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「即答なんだ」
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「迷う理由がない」
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ミラは小さく息を吐いた。
呆れているわけではない。
納得している。
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「じゃあ次」
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「まだあるのか」
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「あるよ、これ一番大事」
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少しだけ間を置く。
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「それ、もう一回できる?」
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ユウトは答えなかった。
答えを持っていないわけではない。
ただ、そのまま口に出すのが少しだけ面倒だった。
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「できるかどうかで言えば、できる」
ようやく言う。
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「でも、やる気はない」
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「理由は?」
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「二回目は“同じ結果になる保証がない”」
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ミラは頷く。
すぐに理解した。
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「一回目が成功だったかどうかも、まだ確定してないってことだね」
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「そういうことだ」
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リゼリアが近づいてくる。
足音が正確だ。
状況が落ち着いたと判断したのだろう。
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「周囲の反応は消失しています」
淡々と報告する。
「再発の兆候も、現時点では確認できません」
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「“現時点では”か」
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「はい」
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曖昧ではないが、確定でもない言い方だった。
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「妥当な表現だな」
ユウトは小さく頷く。
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「つまり結論としては」
ミラがまとめるように言う。
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「とりあえず終わったけど、完全に終わったとは言い切れない」
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「そんなところだ」
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「すごく安心できないまとめ方だね」
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「安心するためにやったわけじゃない」
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ユウトはその場に腰を下ろした。
ようやく力が抜ける。
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身体が重い。
さっきまでの感覚が、完全には抜けていない。
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「ねえ」
ミラが少しだけ声を落とす。
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「さっきの、どういう感じだった?」
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ユウトは少し考える。
言葉にするのが難しい。
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「……書き換えた」
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「それは分かる」
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「じゃあそれ以上は説明できない」
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ミラは笑う。
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「雑だね」
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「そういう能力だからな」
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少しだけ沈黙が落ちる。
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静かだった。
さっきまでの異常が嘘のように。
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「……まあでも」
ミラがぽつりと言う。
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「終わったなら、それでいいか」
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「珍しく雑だな」
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「ユウトさんに言われたくない」
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ユウトは小さく息を吐く。
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完全に解決したわけではない。
問題が消えた保証もない。
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だが――
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ここで一度、区切りはついた。
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それで十分だと思った。
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ユウトはゆっくりと立ち上がる。
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「帰るか」
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「やっと?」
ミラが言う。
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「長かったな」
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「原因、半分くらいユウトさんだけどね」
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「半分で済むなら安いもんだ」
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そう言いながら、歩き出す。
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地下は、もう静かだった。
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だが――
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完全に“元通り”ではないことを、ユウトだけは理解していた。
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自分の中に、何かが残っている。
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それが何なのかは、まだ分からない。
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だが、それもいずれ分かるだろう。
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今は――
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ただ、終わったという事実だけで十分だった。
「ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
すべてが解決したわけではありません。
残ったものもありますし、変わってしまった部分もあります。
それでも、この選択で一区切りはつきました。
この先がどうなるのかは、また別の話になると思います。
最後まで付き合っていただき、ありがとうございました。」




