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第一話

木葉このははいるか?」


 木を基調にした古びた道場。髭が床まで伸びた老人が胡座をかいていた。

 彼の頭にはよれた狐耳。背後には尻尾が伸びている。目はまつ毛で覆い隠されて見ることができない。


 虚空に吸い込まれた彼の声に、答えるものはいない。


「木葉はいるか!?」


 一転、空気を揺るがすような怒号。その声に驚いたように、小柄な女の子が落ちてきた。

 槍水やりずい木葉──金色のカールウェブのボブ髪にピンと立った狐耳。碧眼の瞳は好奇心旺盛そうな光を宿している。

 薄い艶のある唇は、節操なく動いていた。


 黒に身を包む彼女の衣装は、まるでくノ一をほうふつとさせる。


「もぐもぐ──お呼びでしょうか、お師匠様?」

「……何を食べておる?」


 その質問に正座で座っていた彼女は、顔をそらす。


「……何も食べていません、お師匠様──もぐもぐ」

「……また、供え物の油揚げに手を出したんじゃなかろうな?」

「……テヲダシテナイデスヨー」


 片言喋りになった彼女は、顔に冷や汗をかきまくる。視線は泳ぎ、顔を男──師匠にあわせられていない。


「……罰じゃ」


 師匠が印を結ぶと、彼女の足にロープが巻きつく。そのまま宙吊りになるのだった。



「魔王様が討伐された」


 師匠のその一言で、木葉は宙吊りのまま目を見開く。


「魔王様が!?」


 彼女は耳を立て尻尾を立てるが、どうにも姿勢のせいで緊張感がない。


「……まぁ、いずれこのときが来ると思っておったけどな」


 師匠の目の前でゆらゆら揺れる木葉は、小さくうむむと唸っていた。

 魔王はこの世の誰よりも最強と言われてきた。それが倒されるというのはとてもじゃないが信じられるものではない。


「ワシはもう裏切り者として世に知られておる。だが、お主は違う」

「……つまり、私がその魔王を倒したものを倒せと?」

「え? いや、違……」


 気づいたときには縄抜けをして、木葉は腰に手を当てた。小さな胸を精一杯張る。尻尾を揺らして「ふんす」と鼻を鳴らした。


「お任せください! 不肖、木葉……必ず魔王様の仇を取って参ります!」

「いやだから……」

「それでは行ってきます!」

「ちょっ……」


 師匠が手を伸ばすが、その場所にはすでに木葉は居なくなっている。


「ワシは穏やかに過ごせと……言いたかったんじゃがなぁ」


 その言葉は木葉に届くことはなかった。



※※※※※※※※※※



 この世界では魔族の王と呼ばれる魔王と人間が争っている。……いや、今はいたといったほうが正しいのだろうか。

 様々な亜人たちは、付き合いやすい人間に与していった。獣人もそのうちの一つだ。


 しかし、獣人種である木葉は生まれたときから今までずっと魔王に憧れていた。

 戦場に一人で立つ勇士。響く大きな声。部下を思う優しさ。小さなときから見たその魔王は、憧れとなって彼女の脳裏に焼きついている。


 しかし、その魔王は一ヶ月前に討ち取られた。つまるところ、討ち取った人間は木葉の憧れを奪った憎き敵である。


 それはそれとして──


「──お金がもうない」


 銭袋をひっくり返して出てきたのは、銅貨一枚である。これでは今日泊まるところだけでなく、昼ご飯を満足に食べれるかも怪しい。


 ここ一ヶ月、街という街を渡り歩いて来たが、それも限界に近い。そろそろ拠点を決めて働き口を探さないと、生きてはいけない。


 木葉が今いる街はそこそこ大きなところらしい。どこ見ても人だらけ。しかしふらふら歩く彼女を誰も気にしない。

 おのれ人間め、少しは慈悲というものはないのかと責任転換している。そんな彼女の気持ちを、自分のお腹の大きな音が邪魔をした。


 木葉の尻尾は、分かりやすく垂れている。


 そんな中、美味しそうな匂いが鼻をくすぐった。そのままふらふらと誘われるように歩く。

 おいしい匂いがしてるのは、屋台の串焼きだった。タレをつけて焼く肉の匂いは、彼女の口の端からよだれを垂らす。


 じーっと見つめていると、屋台のオヤジが一本串焼きを差し出した。


「嬢ちゃんどうだい?」

「良いの!?」

「おうよ、三銅貨だ!」

「三……銅……貨……っ!」


 耳と尻尾がぺたんと垂れる。拍車をかけてお腹が大きく鳴った。

 オヤジが串焼きを誘うように振る。その度に美味しそうな匂いが鼻を刺激する。


「あ、あうあう……」

「どうしたんだ? うまいぞ?」


 その一言はわざとやっているのかと思うほど、残酷だった。

 肩を落としてお金がないと言いかける。そこへ──


「二本ください。この子に一つ」

「あいよ! お兄ちゃん、男前だね!」


 隣から割り込んできた青年が、オヤジから串焼きを受け取る。

 黒髪の彼はにこやかな笑顔を見せて、木葉へ串焼きを手渡すのだった。

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