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妖精とまたたきの見聞録  作者: 甲野 莉絵
2章 大自然の孤島ラタンド島
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162話 スッゲェ!

 ロナは深呼吸をして手が震えるのを抑え、ノルから虹色の花が入った瓶を受け取ると、ガラスポットの蓋を開けた。続いて瓶から虹色の花を取り出しスプーンに取ってポットの湯に浮かべ、蓋を閉めると砂時計をひっくり返す。虹色の花がゆっくり湯を吸う様子を見ながらロナは恐縮した様子で言った。


「本当に私まで飲ませていただいてよろしいのでしょうか……?


「それを言うなら俺もですぜ?」


 つい先ほどまでノルも緊張していたが、ロナとジャンの様子を見て開き直り言い放った。


「2人とも……もうお湯に虹色の花を入れちゃったんですから、遠慮しないで飲んでください。それに50杯分は取れるんですよね?」


「ええ、ですが一般的に花茶は1番茶の効能が最も高いと言われています。そのような貴重な物を──」


 ロナはちらりと虹色の花が入ったガラスポットを見て釘付けになった。乾燥していた虹色の花が湯の中で花開き、透き通るような色とりどりのフリルの様な花弁が、それぞれ少しづつ違う角度から光を受けて柔らかく輝いている。


 日中に生花の状態で見たときより色味が濃く感じられた。ガラスポットの中にぼんやりとした七色の光を散りばめたように見える。村長の秘書はまるでステンドグラスのようだと言っていたが、ノルは以前行商の人に見せてもらったオパールという宝石に似ている気がした。


 ノルがそんな事を考えていると、ロナがガラスポットの蓋を取り、虹色の花の香りがふわりと漂う。気がつけば香りは部屋全体に広がっており、その香りに包まれているだけで、全身がリラックスするのが分かった。生花のときには香りはほとんど感じなかったが、湯につけると感じられるとは不思議だ。


「わぁ野に咲くお花みたい」


 ノルがそう言うとチラが首を傾げた。


「ええ〜? ボクは針葉樹みたいな爽やかな香りな気がするけどな」


 それを聞いてノルも首を傾げていると、他の面々も不思議そうな表情をした。


「俺は葡萄のようだと感じるな」


「私は甘酸っぱい林檎に似た香りに感じます」


「俺は猫の肉球の匂いに似てる気がしますぜ?」


 皆で顔を見合わせて笑う。


「ここまで皆様で違うと面白いですね」


 ロナはそう言いながらカップとソーサーを用意した。それを見てノルは水筒を出す。


「これにコーネリウスさんの分を分けてもらえませんか? え、えっと……そう! いい香りだし、やっぱり後で飲ませてあげたいなって思いまして」


 本当は父ラミウの分だ。体調がまだ完全には回復していない父に飲んでもらうため、後で妖精の里まで届けてもらおうと画策していた。


「かしこまりました」


 ロナは慎重にポットを傾け、中の花茶をカップに注いで皆に配る。ノルは水筒の蓋を閉め、花茶が入ったカップを受け取りながら首を傾げた。


 色の付いた花茶を想像していたが、目の前のカップの中の液体は無色透明だ。ロナ以外は同じ事を考えたのだろう。皆でカップの中をしげしげと見つめていると、ロナが虹色の花を瓶に戻しながら説明した。


「話によりますと、虹色の花の花茶は無色透明なんだそうです。抽出が完了すると良い香りがすると聞きました」


「へえ〜」


 ノルは相槌を打ちながら改めて、カップに入った虹色の花の花茶を見つめ目を輝かせた。カップから立ち上る湯気が部屋の明かりに照らされ、細かい粒状に見えるのだが、それがキラキラと七色に光って見える。


 だが改めて花茶自体を見ても無色透明だ。思わずゴクリと喉が鳴る。ノル自身も楽しみにしていたが、殊に自分の中にいるエアが虹色の花で淹れた花茶へ物凄く期待しているのだと感じた。普通お茶のカップでは乾杯しないが、何故か5人揃って「乾杯!」と言いながらカップをカチャリと合わせる。


 そのままカップを口元へ持ってゆき、ふわりと立ち上る湯気と一緒に花茶の香りを吸い込んだ。何だか喉の奥が潤い、体が軽くなったような気がする。よくよく香りを嗅いでみると先ほど皆が言っていた香りも、どことなく感じられる気がした。猫の肉球だけは今まで猫に触れる機会が無かったノルには分からなかったが。


 目を閉じて香りを嗅げば嗅ぐほど様々な香りを感じられて楽しい。やはり特別な物なのだと実感すると同時に、エアの期待値がどんどん跳ね上がってゆくのが分かる。声こそ聞こえないが『早く早く!』と言われている気がした。


 花茶の香りを吸い尽くして無くなるのではないかと思えるほど充分に堪能した頃、鼻の奥がキンとして目を開けた。皆の注目を浴びている事に気付き、恥ずかしさで赤くなりながらゆっくりと飲み干す。


 スッとするような感覚とほのかな甘みを感じる気がしたが、なにぶん飲み干してしまったため味わう事があまり出来なかった。本当はもっとゆっくりと味わいたかったが、喉が『もっとだ〜、もっと寄越せ〜』と聞かなかったのだ。それでもノルは口の中に残る香りにほぅっとしながら、まだほの温かいままのカップを両手で包んだ。


「もう1杯お淹れしましょうか?」


 ロナはそう言ってくれたが、このままお言葉に甘えてもう1杯飲んだら歯止めが効かなくなりそうだった。そのため断ろうと手を振りながら口を開く。だがノルの口からは自身が予期せぬ声が漏れた。


「スゲェッ! スッゲェー!!」


 ハッと両手で口を押さえるノルを見てチラとサミューはエアだろうと分かったが、ロナとジャンは目を皿のように見開いた。すぐにノルの頭にエアの声が響く。


『ごめんな、あまりに凄かったから思わず声が出ちゃったよ』


『もうっ! 気をつけてよね!』


 ノルは内心ぷりぷりしつつも、愛想笑いを浮かべてロナとジャンを誤魔化す。


「い、いいえ。こんなに、す……スッゲェお茶をもう1杯飲んだら止まらなくなっちゃいそうだから、もう終わりにします。それにしてもスッゲェですね、何だか体が軽くなって元気が湧いてくるような気がします!」


 赤くなりながらヤケクソ気味にそう言うノルを見てサミューが助け舟を出した。


「そうだな、俺も腕にある傷口の辺りがムズムズするような不思議な感覚に襲われている」


 そう言いながら包帯を外すと、サミューの動きがピタリと止まった。


「我ながら気持ち悪いな……」


 サミューがボソリと呟く。今正に傷口が目に見える速さで、むにょむにょとゆっくり塞がっていた。皆怖いもの見たさでサミューの傷口を覗き込み、何とも言えない表情になったのだった。

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