158話 風が強くなる前に
──約1か月半後。
今は昼食を食べ終わりノル、チラ、コーネリウス、ロナで手分けして植物の状態を確認したり枝打ちをしているところだ。あと2時間ほどで行方不明になっていた魔道具が届き、結界を張り直す作業をしなければならないため、急いでいた。
もうじき季節風が吹き始め、例年カスミ山ではかなりの強風になるらしく、安全のため3日ほど入山規制がかかる。その間は例えノル達であっても、カスミ山へ入れなくなるため、今のうちにやれる事はやっておこうという訳だ。
今年は暖かくなるのや、季節風が吹く兆候が見られるのが村長の見立てよりも早かったらしく、てんやわんやだった。季節風は冷たく乾燥しており、風で枝同士が擦れて折れたり火がついたら危険なため枝打ちが必要なのだ。
ノルとコーネリウスが枝打ちした枝をチラとロナが回収しようとしたが、そこへ風が吹いて来て枝が散らばってしまいアワアワと追いかけ回している。見かねたコーネリウスがこっそりと風魔法で枝をひとっ所へ纏めた事で作業は予想より早く終わった。
「ふぅ〜」
風が汗ばんだノルの首筋に吹き付ける。ぽかぽかした中でひんやりとした風が心地よい。4人で風に吹かれていると、登山道を登って来る人影が見えた。
サミューと、サミューをアニキと呼ぶ生まれ変わった元不運な男ジャンだ。魔道具を持って来たようだ。ノルが目を輝かせる。
『わぁサミューが来たわ!』
サミューが居ると高確率で昼食が豪華になったり、おやつが付いたりするのだ。どうやらフアル兄弟には村の飲食店も手を焼いていたらしい。
食い逃げは当たり前で、食事を提供しなければ難癖をつけられ、店の中で暴れるのは日常茶飯事、美女を見つけては決まって言い寄る厄介な存在だった。だが腕っぷしが強いため誰も咎める事が出来ず、困っていたのだ。そんなフアル兄弟を捕らえたサミューはこの村の人にとってありがた〜い存在のため、何処へ行っても温かくもてなされた。
サミューはバスケットを敷物の上に置くと、メモを読み上げる。
「これ、今日の差し入れです。ええと、まずは……“カフェプリズ”から季節のフルーツと生クリームのクレープ包み。それとカリカリおこげの甘ダレ焼き、こちらは……“まん丸屋”からですね」
サミューはどこから何を受け取ったか念の為メモして、ロナに報告するようにしている。バスケットにそろりと手を伸ばすノルも見逃さない。
「おやつは魔道具を設置してからだ。風が強くなってきているようだし、もうひと仕事終えてからの方が美味く感じるだろう?」
「はぁーい」
ノルはジャンから魔道具が入った包みを受け取る。
盗まれた魔道具が戻って来るまでは紆余曲折あったらしい。サミューは村長から自警団の手伝いをするよう頼まれ、捜索している最中に偶然ジャンと再会した。2人で手分けしてフアル兄弟の足跡を辿り、魔道具が海賊の手に渡った事を突き止めたところまでは早かった。
だが相手の海賊が手強く、なかなか尻尾を掴めなかった事で手こずったのだ。最終手段でジャンを海賊として潜入させ、どうにか魔道具の取引先を突き止め、取引現場を押さえて回収する事に成功したが、海賊には逃げられてしまった。
実は現在非戦闘員扱いのサミューは、魔道具が海賊の手に渡ったと突き止めた時点で自警団とジャンに任せて捜索から撤退したのだ。その後は病院へ行く日や頼まれ事がある日以外は、カスミ山へ行くノルに同行していた。もし“花吹雪”が海賊の取引現場に居ればもしくは……。自警団とジャンはそう思ったが後の祭りだった。
ノル以外の5人で手分けして手早く地面に刺さっている魔道具を引き抜き、等間隔に配置して地面に刺し直す。それにノルが片っ端から祈りの力を込めて行く。
結界が完成するまでこの周辺は無防備な状態のため時間との勝負だ。サミューやコーネリウス、ジャンが魔物の気配に警戒はしているが、早く終わるに越した事は無い。ノルは最後の魔道具に祈りの力を込め終えると、パタリと寝転んだ。
「はぁぁ〜、流石に疲れたわ……」
よくここまで集中力を保てたと自分を褒めたいくらいだ。以前も魔道具に祈りの力を込めたが、あの時とは数が違う。ここのところ特にやる事が多かったため疲れが溜まってもいた。だが決して嫌な疲れではない。
朝食後はサミューのために、昼食後にカスミ山で笛を吹く事が習慣化していたせいもあるだろう。そのためサミューの回復には目を見張るものがあった。腕に痺れはまだ残るものの、力をかける事は難なく出来るようになっており、それこそ医師も仰天するほどの回復っぷりらしい。
カスミ山の植物に至っては、あらゆる場所で花の蕾が綻び始めている程だ。植物の成長を後押しするように駆け足で季節が進み、陽気に恵まれた事も幸いした。傷付いた植物の回復や成長が目に見えて良いと、やはり仕事も精が出る。
このところのぽかぽか陽気の影響か、カスミ山の裾野の方では敷物を広げてピクニックを楽しむ人の姿もちらほらと見受けられた。だが中腹より上では行楽客は少ないため、周りの目を憚る必要は無い。ノルが砂利の上で寝転がったまま「う〜ん」と伸びをすると腹の虫がぐぅ〜と鳴いた。
「ふふ、それではおやつにしましょう」
「待ってました〜!」
ロナのひと声でノルはガバッと起き上がり、おやつが入ったバスケットが置いてある敷物に走り寄った。