157話 それぞれの事情3
村役場へ到着すると村長が、いの1番にサミューへ謝罪した。
「“花吹雪”殿! この度はフアル兄弟が多大なるご迷惑をおかけし、誠に申し訳ありませんでした。あの馬鹿者共に変わってわしが謝罪しますので、どうかお怒りを鎮めてくだされ」
何処で嗅ぎつけたのかは分からないがサミューが元“花吹雪”だと知ったらしい。呆気に取られるサミューの様子をまだ怒っていると勘違いしたらしく「わしの土下座くらいで村が助かるなら安いものだ!」と今にも土下座をせんばかりの村長を止めるのはなかなかに骨が折れた。
どうにか落ち着いてからも青ざめた顔はそのままで「こんな名の知れた冒険者殿を再起不能にしおってからに!」と大変ご立腹な様子だ。サミューから聞いたカスミ山の野盗をフアル兄弟だと勘違いしている村長は、村の責任としてサミューから慰謝料を請求されないかを心配していたらしい。サミューにそのつもりがない事を知り心底ホッとした様子だ。だが自分の傷は完治すると信じ始めていたサミューは、再起不能と言われた事で内心凹んでいた。
「今日皆さまに御足労願ったのは、いくつか話したい事があったからでな。まずはカスミ山の入山規制は明日で解除するという事だ。あの馬鹿者共が捕まった事で魔道具がこれ以上盗まれたり、登山客が襲われる恐れも無いだろうからな。それとノル殿へ話したい事があるのだ。……ところでそちらの方は?」
村長はコーネリウスを手で示した。
「こちらはコーネリウスさん、サミューの代わりに私の護衛と魔物狩りを引き受けてくれる方です」
ノルに紹介されコーネリウスが会釈する。
「ほうほう、コーネリウス殿も冒険者ですかな?」
村長がビン底丸メガネをクイッとさせると、サミューがコーネリウスを手で示す。
「彼は冒険者ではありませんが、実力は確かです」
「なるほど、“花吹雪”殿のご紹介ならば間違いありませんな!」
威勢よく「ハッハッハ!」と笑う村長にサミューは困り顔で頼んだ。
「俺はもう“花吹雪”ではありません。その呼び名は勘弁していただきたい……」
「またまたご謙遜を! ですがご本人がそうおっしゃるのなら仕方ありませんな」
相変わらず困り顔のサミューを見てノルはそろりと手を挙げた。
「あのー、私に話したい事とは何でしょう?」
「おっとこれは失礼、だが話はもう済んだのだよ。“花吹雪”……サミュー殿が護衛を出来なくなってしまったからな、代わりの護衛を冒険者からでも見繕ってもらおうと考えていたのだ。山の植物に回復の兆しが見られると報告を受けているよ。ノル殿には今後も安全に勤めを果たして貰わねばならないからな」
村長はニコニコしながらノルの手を取り何か握らせる。箔押しされた包み紙に包まれた高級感がある大粒のチョコレートが2つ、ノルの手の平の上に乗っていた。
「わぁ〜、チラちゃんもひとつ食べる?」
「うん!」
目を輝かせるノルとチラをサミューは何とも言えない目で見る。
『……あれは袖の下なのか?』
村長は今までノルの実力を懐疑的な目で見ていたが、“花吹雪”の連れだと言う事で期待値がぐんと上がったらしい。逃げられないよう必死な様子だ。
「しかしラナシータ殿の言う事は本当だったのだな」
ボソッとそう呟いた村長にノルは首を傾げる。
「ラナシータさんがどうかしたんですか?」
「いいや、こちらの話だ」
村長はニッコリと笑って誤魔化しながら、ノル達がこの島へ来るきっかけになったラナシータとの会話を思い出していた。
それは2ヶ月ほど前のカスミ山に魔道具を設置し終え、報酬を支払ったときの事だ。ひとまず希少な植物の周りは魔物除けの結界を張る事が出来た安堵感で、もうひとつの悩みが口を突いて出た。
「今年はフラワーフェスティバル自体は開催出来たとしても、希少な植物があの状態では観光以外では収入が見込めんなぁ……」
村長がため息を吐くとラナシータが頷いた。
「ああ、あそこの低木か。確かに生命力があまり感じられなかったね」
「だろ? 株分けしづらいものが多いし、種を取るにしても季節風で花が飛んでしまうからな。何より今の状態ではこのまま枯れてしまう可能性だってある。来年以降……あぁ、考えただけで恐ろしい」
頭を抱える村長を見てラナシータは思案するように顎に手を当てる。
「植物の回復ねぇ、私の知り合いにうってつけなのがいるよ。紹介してやろうか?」
村長はズイッと身を乗り出しラナシータの手を握った。
「それは有り難い、是非とも紹介してくれ! それでどのような方なんだ? 樹木医か植物学者か、はたまた高名な庭師だったりするのか? それともラナシータ殿と同じく熟練のシャーマンか?」
ラナシータは村長を押し戻し、ポンポンと肩を叩く。
「まあまあ、とりあえず落ち着いておくれ。私が紹介するのは若いシャーマンさ。あの子から前もらった手紙に、元気の無い植物を回復させたって書いてあったよ。素直な良い子だよ、シャーマンとしての実力と人となりは私が保証する」
初めこそ村長は目を輝かせていたが次第に表情が曇ってゆき、今ではすっかり困惑した様子だ。
「そうは言っても……若いシャーマンと言えども流石に成人はしてるんだろうな?」
ラナシータは曖昧な笑みを浮かべて返す。
「……大丈夫、私が変な奴を紹介すると思うのかい? まあ色々と気になるとは思うが、私の口から話すのもなんだね。詳しくは本人から聞いておくれ。あの子を呼べば魔道具に何かあった場合も対処出来るだろう。それに十中八九ちっこい子と、めっぽう腕が立つ背が高いのも付いて来るはずだ。良い話だと私は思うんだけどねえ?」
村長は頭の中で思案する。今現在は資金も潤沢にあるが、花茶の収益が見込めなくなる可能性を考えると、あまり金は使えない。そのため威厳ある村長として、あまりみみっちい事をしたくないが、出来高制にするしか無いだろう。幸いな事に相手は子供のようなので多少の誤魔化しは効くはずだ。
村長のそんな考えを見抜いたかのようにラナシータがジトっとした目をする。
「それからあの子に仕事の依頼をするなら、しっかり報酬を払ってあげるんだよ。あれだけの腕を持ちながら、あの子は本当に困っている人を助けるために、フリーのシャーマンをやってるんだ。本当なら高い給料を貰って、どこかの貴族や金持ちのお抱えになっていてもおかしくはないんだよ?」
「わ、わしだってそれくらい分かってるさ……」
モゴモゴとそう返した村長を見てラナシータはニカッと笑った。だがその表情は直ぐに曇る。
「それなら良かった。最近じゃシャーマンが珍しいってんで、シャーマンの素質がありそうな子供を攫うなんて話も聞いた事がある。大方相手は貴族やら金持ち連中なんだろうけど、中には人を人と思わないような奴らもいるからね。そんな奴に買われた子達の末路は悲惨なもんさ。一生飼い殺しにされるならまだまし、女の子だと年頃になればただ道具のように子供を産まされ続けるなんて噂も聞くからね。あの子がそうならないためにも食うに困らないよう、きちんと対価を払う事があの子に依頼を出す、まともな大人の役目だと私は思うんだ」
そう言われてしまうとぐうの音も出ない。そのため村長はラナシータに丸め込まれたのかもしれないと、ノルの実力を疑っていたのだ。村長は4人の顔を見て満足気に頷くと、サミューへ向き直った。
「それから“花吹雪”殿には自警団の手伝いをしていただきたい。あの馬鹿者共が盗んだ魔道具を何処へやったのか吐かないそうで、魔道具の行方を捜索してほしいのです。なにしろこの平和な村では自警団員が少ないもので人手が足りんのですよ。頼みましたぞ」
「……分かりました」
“花吹雪”呼びを続ける村長にサミューは小さくため息を吐きながら頷いた。
「おっとこれは失礼。わしとした事が失念しておりました」
村長は笑顔でサミューの手を取るとチョコレートを握らせる。サミューは眉をひそめチョコレートを見ていたが、村長が後ろを向いた隙にコーネリウスに押し付けた。コーネリウスは受け取ったチョコレートを見て苦笑したのだった。