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妖精とまたたきの見聞録  作者: 甲野 莉絵
2章 大自然の孤島ラタンド島
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156話 それぞれの事情2

 ノルはコーネリウスと一緒にバルコニーにサッと椅子を並べ、チラとサミューを呼んだ。2人が椅子に座ったのを見て、ノルとコーネリウスは冗談めかして恭しく一礼する。その真似をしてチラがお辞儀をするとサミューも会釈した。


 ノルはクスッと笑いそうになるのを堪えて笛に息を吹き込む。今の気分に合わせゆったりとした曲を選んだ。ノルがメロディを吹き、コーネリウスは伴奏だ。今の時間まだ村はそれほど賑やかではないせいか、演奏の音が伸びやかに辺りへ響く。お互いに奏でる音が見事に調和し、演奏していても聴いていても心地よい。


 息を吸い込むと早朝に感じる青臭さと煤けた匂いを合わせたような独特の香りを感じた。柔らかな朝の光と海から吹いてくるひんやりとした風が心地よい。風に乗って微かに波の音や海鳥の鳴き声も聞こえた。


 演奏が終わるとサミューの腕の傷の周辺は、温かいようなジンジンするような不思議な感覚になっていた。ノルとコーネリウスが立ち上がり再び恭しく一礼する。


 素晴らしい演奏のはずなのにサミューはほんの少しつまらない気分で拍手した。素朴でいて伸びやかな笛の音と、どこか懐かしさを感じるようなハープの音色は相性が良く、勝手に疎外感を感じてしまう。そんなサミューの気持ちを知ってか知らずか、ノルが横笛をかんざしに戻しながら笑顔で口を開いた。


「サミューもギターを弾けるのよ。コーネリウスさんもしばらく居てくれる事になったし、サミューの腕の傷がもう少し良くなったら今度は3人でセッションしましょう?」


「良いですねぇ〜」


 ノルとコーネリウスにじっと見つめられ、サミューは嬉しいやら恥ずかしいやらで何も言えないままコクコクと頷いた。


 それからコーネリウスと一旦別れ、3人で朝食を食べにレストランへ向かっていると、フロントでロナに呼び止められた。


「おはようございます。ノル様、お話ししたい事がありますので、少々お時間を頂戴してもよろしいでしょうか?」


 ノルは首を傾げつつ頷いた。


「ええ。2人は先に行って朝ごはん食べてて」


「うん!」

「分かった」


 ノルとロナは2人を見送り話を始めた。


「それでお話しというのは……? ま、まさかレストランのテーブルや椅子の弁償ですか!?」


 ビクッとするノルを落ち着かせるようにロナは手を振る。


「いえいえ、弁償なんてとんでもございません。備品に損傷はありませんし、もしも請求するとしても荒くれ者のフアル兄弟へですよ!」


 ノルがホッとした様子を見て取り、ロナはニコリと微笑む。


「本題ですが、村長から言伝を預かりまして、昼頃にでも皆様と会ってお話したい事があるそうです」


「分かりました。お私達も村長さんにお話ししたいことがあったので丁度良かったです。場所は村役場ですか?」


「ええ、ですが昼頃に村長の秘書に迎えに来てもらえるよう、手筈を整えておきますので、ご心配には及びません」


「あっ、それなら紹介したい人がいるので、もうひとり増えますと伝えてもらえますか?」


「かしこまりました」


 1礼して出ていこうとするロナをノルは呼び止めた。


「あのっ! 何でサミューではなく私にこの連絡をしてくれたんですか?」


 普通この手の連絡事項は年長のサミューにしそうなものだと、単純に疑問に思ったのだ。だが振り返ったロナを見て、別に今聞くことでも無かったと気付きノルは気まずさで赤くなる。


「呼び止めちゃってごめんなさい……」


「いいえ〜。理由ですか、そうですね……。この村のお客様であり、きちんと仕事を果たそうとなさっているからでしょうか? ですが──」


 ロナはノルに近付くとヒソヒソ声で続けた。


「以前ラナシータ様がカスミ山に魔道具を設置する際同行させていただいたのですが、その時ノル様の話をしておられたのです。子供ながら立派なシャーマンだとお聞して、私自身ノル様とお会いする事をとても楽しみにしていたのですよ」


 ロナはそう言うと再度1礼してホテルを出て行った。



            ♢♦︎♢



 チラとサミューはレストランに入り、皿をトレーに乗せてそれぞれ自分の食べたい物を選んでいた。サミューはパンをトーストしている間にレストラン内を見回す。


 昨日自身が起こした乱闘騒ぎでテーブルや椅子が壊れていないか内心、心配していたのだ。昨夜は精神的にその事に気を配る余裕が無かったが、どうやら何事も無かったようでホッと胸を撫で下ろした。


 ミルクを半分ほどカップに注ぐ。コーヒーはノルを待っている間にこれでもかと言うほどに飲んだ。


 それにしても今朝はいつもより周りからの視線を感じる。急いでトーストにバターを塗りチラを連れてテーブルに着く。それから少し遅れてノルがレストランへ来た。


「お昼頃に村長さんに会う事になったわ」


「うん!」

「分かった」


 ノルが朝食を取りに行くと、サミューは周囲の視線を遮るように新聞を開いてトーストを齧った。だが今度はヒソヒソと囁き合う声が聞こえてくる。


『十中八九俺の事だ……。新聞を持って来ていて良かった』


 頭を振り周りの声を極力気にしないようにしながら新聞に目を通していたが、ヒソヒソ話や視線は次第に熱を帯びてくる。こうなると例え新聞に意識を集中させようと思っていても、目が滑り内容は頭に入って来ない。その代わりに周囲のヒソヒソ話の内容が否応なしにサミューの耳に届く。


「もの凄く強かったのよ、あっという間に悪漢二人組をねじ伏せたんですもの」


「悪者達に素手で立ち向かったんだっと、俺はそう聞いたぜ」


「あの方だわ、昨日恐ろしい2人組をあっという間に倒したのは」


「とてもそんな風には見えないけどね〜」


 挙げ句の果てには、「ねえねえ、話かけてみましょうよ」と、ご婦人方にキラキラとした眼差しを向けられ、針の筵に居る心地だ。以前からこのような雰囲気に何度も何度も耐えてきたが、やはり居心地悪い事この上ない。


 昨日の乱闘騒ぎについて後悔はしていないが、怒りに任せてほとんど無意識に動いていたと思うと、自分の精神的未熟さを痛感してしまう。穴があったら入りたいくらいだ。


 縮こまり、新聞の影へ隠れるサミューを見ながらノルは食後のデザートを取りに行こうか迷っていた。お腹と頭はデザートを欲しがっているのだが、何故か心が迷っている。


 チラと一緒にデザートを取りに席を立てば、サミューがテーブルにひとりで残る事になる。その間に今サミューに声をかけようか迷っている様子の人々が集まってきたら……。


 サミューが取られてしまう、一緒に居られなくなってしまうのではないか、そのような気がして何故か心がモヤモヤっとした。レストランへ入ったときから熱を帯びた視線をサミューが浴びている事に気付き、その様な不思議な気持ちに襲われたのだ。


 チラがテーブルにトレーを置いた音でノルはハッとした。


「はいっ! プリンだよー!」


 チラはトレーからプリンを取ると、自分とノルとサミューの前に置いた。


「俺の分はお前達で──」


 チラがサミューの方へ更にプリンが乗った皿をグイと近付けた。


「プリンはねー、食べると幸せな気持ちになれるんだよ! 2人とも変な顔してたからプリン食べて元気出してねー!」


 諦めたようにプリンが乗った皿を手に取るサミューを見て、ノルも皿を手に取りスプーンを持った。


「そうよね! プリンは偉大なのよ」


 ノルはうんうんと頷きながらスプーンでプリンを掬い口に入れた。そのまろやかな甘さの前では、先ほどまでのモヤモヤした気持ちはほんの些細な事に感じられる。ノルは先ほどの気持ちについては深く考えず、気にしない事にして、食後のプリンを楽しんだ。

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