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妖精とまたたきの見聞録  作者: 甲野 莉絵
2章 大自然の孤島ラタンド島
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154話 針の筵

 病院の処置室でサミューはしゅんとしながら医師と向き合っていた。


「まったく、昨日の今日で何故こんな状態になっているんですか!?」


 額の傷の処置をしながらブツブツと呟く医師の言葉にサミューは反射的に背中を丸め小さくなる。


「動かないでください。手当てをしている途中ですよ!」


「はい……」


 後ろに控えるノルとチラにバッチリ自分が怒られる姿を見られてしまい、恥ずかしい事この上ない。心なしか生温かい目で見られている気すらする。


 医師がサミューの腕から血が滲んだ包帯を外しながらぼやいた。


「ああ……やはり傷口が完全に開いてしまっている。あれほど無理はしないでくださいと念押ししたのに!!」


 医師は傷の処置をすると、サミューに物を握らせたり、腕の曲げ伸ばしをさせた。力を入れると手が痺れるのを堪えながら、ぎこちない手つきで木のブロックを握るサミューを見て、医師は目を吊り上げる。


「手が痺れてますね? ここは病院なんですから不調を隠そうとしないでください! それに明らかに昨日より悪化して、腕の曲げ伸ばしの力が弱くなっているじゃないですか!」


「すみません……」


 さらに小さくなり謝るサミューを見て医師は眉尻を下げた。


「……私もついカッとなってキツイ言い方になりました。ですが謝罪を聞きたいのではありません。昨日完治させるためにも無理をしないと私と約束してくれましたよね? それなのにどうしてこうなってしまったのかを聞いているんです」


 サミューが口籠るとノルが代わりに口を開いた。


「それは! それはサミューが私達を守るために戦ってくれたからなんです!」

「うんうん!」


 医師はノルとチラの必死の弁明を聞いて更に大きなため息を吐く。


「それでこんなになるほど乱闘なさったと?」


「……はい。ノルが物扱いされて攫われると思ったら、もう頭に来て無我夢中で……。正直あの時の事はほとんど覚えていないくらいです。2人に声をかけてもらえなかったら俺も捕まっていたかもしれません」


 俯くサミューに医師は優しく声をかける。


「あなたがお仲間を大切に思える方だと言う事は良く分かりました。ですがその心をほんの少しでもご自身のために割く事は出来ないのですか? ご自身の体をもう少し大切にしてください」


 ノルはふと気になっていた事を尋ねた。


「先生、さっきから思ってたのですが、もしかしてサミューの腕って完治する可能性もあるんですか?」


 それを聞いてサミューの気まずさが更に増す。まるで心配して欲しくて意図的に隠していた様ではないか。こんな事なら自分の口から伝えておけば良かった。だがノルの期待が籠った眼差しに医師は暗い表情になる。


「昨日の状態であればその可能性もありました。ですが……」


 ショックを受けた表情の3人を見て医師は呟く。


「もう一度傷口を縫い合わせ、後ほど検査はしますが……先ほどの様子を見る限り、期待はされない方がいいでしょう」


「そんな……!!」


 サミューは反射的に医師に縋り付きかけて、傷付いた腕がぎこちなくしか動かない事に気が付いた。


「そんな……俺はもう……。あのっ、絶対安静にしていればまた剣が振れるようにはならないのですか……?」


 縋る思いでサミューは尋ねたが、医師は静かに首を横に振った。


「……ゼロに等しいと思います。ですが日常生活に支障はきたさないくらいには良くなるでしょう」


 それから意気消沈したサミューはされるがまま傷を縫ってもらい病院を出ると、自警団の詰め所へ行って事情聴取に協力した。それから事情聴取は驚くほどすんなりと終わり、3人は一旦“ホテルクレイドル”へ戻った。


 夕方になりノルとチラはサミューを誘いレストランへ行くと、朝の騒ぎがまるでなかったかの様にいつも通りに戻っている。


 注文の品が届きいざフォークとナイフを手にしても、3人はあまり食事に集中出来なかった。サミューは左手で持ったフォークが使いづらいのか、尚更意気消沈した様子で俯き黙々と食事をしている。ノルとチラはその様子を心を痛めて見ていたが、ノルは少しでもサミューを慰めようと元気よく声をかけた。


「私はまだサミューの腕の事を諦めてはいないわ。いい? 先生は『ゼロに等しい』って言ったのよ。0と1は全然違うって学校でウィリアムズ先生から教わったの。例え1だったとしてもサミューには私がいるわ。毎朝サミューの腕のために笛を吹くから、それを聞いて治してね」


 サミュー手がピタリと止まる。


「俺のために笛を吹いてくれるのか?」


「うん、サミューのためだけに毎朝吹いてあげる」


 ノルの返事を聞いたサミューの目元が、口元が綻ぶ。サミューの柔らかな笑顔を見て、ほっとしながらノルもニコリと笑い返した。サミューは、ハッとしたように咳払いをして「ありがとう」とだけ言うと、今度は照れたように俯いて食事を再開させる。


「ほうほう、ノルさんは毎朝笛を吹くのですか。明日の朝はぜひ僕もご一緒させていただけますか?」


 そう言いながら椅子を引いてノルの向かいの席に座ったのはコーネリウスだ。


「あっ、その節はありがとうございました。コーネリウスさんの楽器はハープですよね? 良いですね!」


 うんうんと頷くノルとコーネリウス、そしてその真似をして頷くチラ。3人はがっちりと握手を交わした。コーネリウスはハッとした様子で、頬杖をつくサミューに向かってにこやかにヒラヒラと手を振る。


「いやだなぁ明日の朝だけですよ。だからそんな噛み付くような表情で見ないでください。邪魔者の僕は明日の昼にはいなくなりますから、ね?」


「……何の事だか俺にはさっぱり」


 コーネリウスはサミューがそう呟いたのを聞いて、僅かに驚いた表情をした後に悪戯っぽく微笑んだ。


「おやおや」


 サミューはつまらなさそうな表情でコーネリウスの視線から目を逸らす。そんなサミューの代わりにノルが尋ねた。


「そうですよね、コーネリウスさんがこの島に居る目的はもう……ですよね?」


「ええ、ですからこうしてご挨拶に伺ったのです。エア様にもご挨拶させていただきたいので、頃合いを見てお部屋にお邪魔させていただきますね。それではまた後ほど」


 コーネリウスはそう言うと席を立った。

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