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妖精とまたたきの見聞録  作者: 甲野 莉絵
2章 大自然の孤島ラタンド島
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153話 落ち着かない朝4

 逃げる客の方をちらっと振り返ったサミューを見て、大男はもみあげを指で弄びながら鼻で笑った。


「ケッ! さすが村長に告げ口するような正義の味方を気取った奴だぜ。その辺の奴を巻き込め無ぇってか? そのスカした考えが命取りになるんだぜぇ?」


 大男はナイフを両手で持ち、前に向けて構えドカドカと走り出した。サミューが半歩後ろへ下がったのを見て大男は突進しながらニヤニヤと笑い叫ぶ。


「オラオラ! ビビっちゃってんのか?」


 そしてナイフを片手で握り直し勢いよく前に突き出す。サミューはスッと体を斜めに逸らして大男のナイフを避けると、そのまま大男の手首を掴んだ。


 そして突進して来た相手の勢いを利用してクルリと半回転しながら、大男の爪先を払う様に足をかける。相手が転ぶ動きに合わせ掴んでいた腕を誘導するように下ろし、大男がうつ伏せになると背中に回した。


 そのまま大男の背中に膝を乗せて体重をかけ、起き上がれないように拘束すると、大男の太い腕をくの字に捻り上げ、肩を押さえながら首の方へギリギリと押し上げた。


 肩の関節を決められ握っていたナイフを大男が手放すと、サミューがそれを手に取る。片手で大男の腕を押さえ付けたまま、手にしたナイフを見つめる様子を見てノルはサミューがよからぬ事をしないかドキドキした。これ以上誰かが傷つき、血が流れる光景に今は耐えられそうも無い。


 その願いが届いたのか、サミューがナイフを口に咥える様子を見てノルはホッとした。それは背中にいるサミューの様子を、戦々恐々としながら見ていた大男も同じだったようで、明らかに安堵した表情を見せる。だがサミューは大男の背中から退かず、腕をギリギリと捻り上げ続けた。


「な、なあ? 降参だ、やめてくれよ」


 それでもサミューは大男を解放する事は無く、腕を捻り上げる力をいっそう強める。


「イ、痛ぇ! 参った、参ったから離してくれ!!」


 それでも解放してもらえない大男の肩と腕がついにミシミシと悲鳴をあげ始めた。


「お、折れる! 折れる! 関節が外れちまうよ!」


 大男は空いているもう片方の手で床をバシバシ叩く。そのとき3人の自警団員がレストラン内に駆け込んで来た。


「皆さんご無事ですか!? フアル兄弟が暴れ……。えっと……これはどの様な状況なのでしょう?」


 恐らく自警団員達はレストランでフアル兄弟が難癖をつけて暴れているとの報告を受け、駆け付けたのだろう。息を切らせ、手には刺股を持っている事から容易に想像がつく。だが目の前に広がる光景、サミューに関節を決められている大男と、床で伸びる大男を見て首を傾げていた。


 客達は自警団の登場にホッと胸を撫で下ろした様子だったが、これで非日常の光景が終わる事に微かな心残りを感じているような客も少なくなさそうだ。


 自警団員達はサミューとフアル兄弟の元へ近寄って来る。サミューはその事に気付いているはずだが、未だ退こうとせずナイフを咥えたまま無表情で大男の肩を外さんばかりに捻り上げ続けていた。自警団員は手前にいた床で伸びている大男を起こし縄で両手を縛る。ノルとチラはその間にサミューに走り寄り、傷付いていない方の腕をそっと掴み声をかけた。


「もう大丈夫よ、私達は何もされてないからそんなに怒らないで。手を離してあげて、ね?」


「サミュー腕から血が出てるよ?」


 サミューはノルとチラの声を聞いて初めてハッとした様子で大男の腕を離し、ゆらりと立ち上がった。そのまま大男の身柄を咥えていたナイフと一緒に自警団員へ預け立ち去ろうとする。だがサミューはふらふらしながら青い顔をしており、慌てた様子の自警団員が声をかけた。


「事情聴取は後からで良いから、君はまず病院へ行って手当てをしてもらいなさい」


「はい……」


 コクリと頷いたサミューの手をノルがガシッと掴む。


「それじゃあ病院に行きましょうね〜」


 そう言うとノルは有無を言わさずサミューの手を引いたが、少し歩くとサミューが立ち止まる。俯いて冷や汗を垂らし更に青ざめた顔をするサミューをノルは覗き込んだ。


「どうしたの、病院に行きましょう?」


 それでもサミューは口をキュッと結び俯いたままだ。


「早く行って傷の手当てをしてもらわなきゃ、ね? それとも……病院が怖いの? あっサミューは大人だし、そんなはず無いわよね」


「そうだよ! サミューはボクの理想のお兄ちゃん像なんだから」


 ノルとチラは頷き合っていたが、少し遅れてサミューも何故か頷いた。


「ああ……先生に怒られるのが怖い。昨日無理はしないと約束したばかりなのに、このような状態で行ったら絶対に怒られる……」


 ノルとチラは驚いて顔を見合わせると、愛想笑いを浮かべながら背中を丸めるサミューを励ました。


「大丈夫よ、わざとやった訳じゃないんだし先生も怒らないわ」

「うんうん!」


 ノルとチラの視線から逃げるようにサミューは顔を背けた。先ほどまでは頭に血が上っていて感じなかったが、冷静になってみると肘の傷口はズキズキと痛むし、思いの外出血しているらしく、頭も少しクラクラする。正直なところ病院へ行って早く手当てを受けたいという気持ちも強いが、医師に何を言われるか想像すると怖い。


「お前達はあの先生の恐ろしさを知らないからそう言えるんだ。昨日だって……」


 病院でズボンの下の傷の手当てを適当に済ませようとした事で怒られたのだ。きちんとした手当ての大切さを懇切丁寧に説かれたのだが、そのときの正論の切れ味と言ったら……。思い出すだけで恐ろしい。


 姉ナーシャに怒られたときと同じような気持ちになったほどだ。そのときの医師の剣幕を思い出し、プルプルと震えるサミューの手をノルが引っ張る。それでもなかなか歩こうとしないサミューの背中をチラがグイグイ押しながら、半ば強制的に病院へ向かった。

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