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妖精とまたたきの見聞録  作者: 甲野 莉絵
2章 大自然の孤島ラタンド島
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151話 落ち着かない朝2

 ノルとチラがレストランへ向かってからも、しばらくサミューは扉に背中を着けて固まっていた。自分の気持ちを自覚した翌朝、寝癖頭に部屋着という大変だらしない姿をノルに見られてしまい、叫びたくなる気持ちをどうにか堪え、大慌てで朝の支度を始めた。


 何故寝坊したかといえば、昨晩は布団に潜っても中々寝付けず、時間の有効活用だとノルと朝の挨拶を交わすイメージトレーニングをしていたせいで、余計に目が冴えて眠れなくなったのだ。


 実はサミューが無理をしなければ腕が良くなる可能性が残っている事をノルは知らない。初めの診断を聞いたところでノルは診察のため別室へ呼ばれたからだ。サミューは何度もこの事を話そうと思ったが、ノルとチラがあまりに心配そうにするものだから話す機会を失っていた。


 もっともノルヘの好意に気付いた事でサミューの心は大荒れだったため、そのような余裕は全く無かったのだが。事情を話せず心配させるのは心苦しいと思う反面、心配してもらえるのは素直に嬉しい。腕に巻いた包帯が解けないよう、そっとシャツに袖を通しながら頭を振った。


『いやいや、このままでは良くない。やはり時間を見つけて説明しなくては』


 朝の支度を終わらせ部屋を出て、フロントで地方紙をもらいレストランへ入った。直ぐにノルとチラがいるテーブルを見つけて近づくと、何故か同じテーブルにいるご婦人方がちらちらと伏目がちに視線を送ってくる。


 だが今はそんな事を気にしている精神的余裕は無い。テーブルに新聞を置き、咳払いをしてなんとか普段通りでいる事を心がける。声が裏返らないよう気を遣いながら口を開いた。


「待たせたな。パンが残ってるならひとつもらうぞ」


 サミューは、目を輝かせデザートのプリンにスプーンを入れようとするノルと、皿を動かし楽しそうにプリンを揺らすチラの邪魔をしないよう、バターロールにそっと手を伸ばす。するとノルが慌ててスプーンを置きパンを守るように皿の前に手を出した。


「あっ、これはエアの分だからダメよ」


 サミューは周りを見回し声を潜める。


「エアにはいつもクロワッサンを持って帰っていたのではないか?」


「エアがバターロールが良いって言ったの。それにこのクロワッサンは、後で小腹が空いたときに食べられるように取っておいてあるのよ。だからサミューは自分で自分の分を取って来てね」


「なるほど、非常食という訳だな。分かった」


 コクリと頷き朝食を取りに行ったサミューの背中を見送りながらノルはチラに尋ねる。


「いつも通りってこんな感じだったっけ?」


「うーん、たぶん?」


 2人で首を傾げながらそぉーっとサミューの様子を見ていると、直ぐに戻って来た。朝は食が進まないサミューが持って来たのはトースト1枚とコーヒーのみだ。席に着くと、まるでご婦人方から自分の姿を隠すように新聞を広げ、トーストをかじる。普段と変わらないサミューを見てノルとチラはホッとしながらプリンを見つめた。


「プリンって見ているだけで幸せになるわね〜」

「ねぇー!」


 2人はにへら〜っと緩い笑顔を浮かべ、スプーンをプリンに近づけた。同時にサミューが呟く。


「やはり入山規制になったか……」


 その言葉が気になったノルはスプーンを置き、プリンを一旦脇へずらす。


「サミューが読んでる新聞ってこの島だけの地方紙よね?」


 サミューは頷き、身を乗り出すノルにも見えるよう新聞を少し広げた。


「ここに“カスミ山入山規制へ”とある。魔道具の盗難に次いで野盗の被害者が出たせいだろうな。あの村長、なかなか仕事が早いじゃないか」


「でも野盗ってサミューの──」


 プリンを食べながらそう言おうとするチラの口をノルは慌ててふさぐ。それを見てサミューはクスッと笑いながら頷いた。


「ああ、俺の出まかせだ。だが事実、魔道具は盗まれているのだから、あながち間違ってはいないだろう。入山規制になれば限られた者しか山へ入れないから、魔道具も盗めなくなる。結果的に良かったのかもしれないな」 


「だけど私達は山へ入れるのかしら?」


「俺達に仕事の依頼をしたのは村長なのだから、その点は問題無いだろう。おいおい連絡が──」


 突然サミューが口をつぐみ、鋭い視線を入り口の方へ向けた。いかにも柄の悪そうな大男2人がドカドカと足音を立ててレストランへ入って来る。


 2人とも筋骨隆々で見上げるほど背が高く、顔は瓜二つだ。だがひとりは妙に眉毛が濃く、もうひとりはふさふさとした立派なもみあげを持っている。


 そんな2人はどう見ても食事を楽しみに来たといった様子ではない。テーブルや椅子を蹴散らし、レストラン内をウロウロと徘徊しながら、客の顔やホールスタッフの顔を睨み付けるように確認している。誰かを探している様子だ。


 ノル達が座っているテーブルの近くで料理と皿の補充をしていたホールスタッフ達が小声で口々に「フアル兄弟だ……」と囁いていた。どうやらこの村では有名な存在のようだ。どのように有名かは、本人達とホールスタッフの様子で容易に想像出来る。


 昨日の事があったばかりなせいか、ノルの体が無意識に小さく震えた。どうしても震えは止まりそうにないため、思わず横にいたサミューの袖をキュッと掴む。サミューは大男達の視線からノルとチラを隠すように新聞を広げた。その様子に気づいた隣に座っていたご婦人が声を潜め、手招きする。


「坊や、お嬢さん、こっちにいらっしゃい。お兄さんと私達の間に座りましょう」


 大男達が後ろを向いている隙にノルとチラは場所を移動した。


『どうかこっちに来ませんように』


 ノルは必死に祈った。だがノルの祈り虚しく大男2人はサミューの横で立ち止まる。


「おいそこの優男、村長に告げ口したのはオメェだろ?」


 もみあげを指でしごく大男の声は、見た目と違わず酒焼けしたようにザラザラとしている。サミューは新聞から視線を上げ、静かだが僅かに怒気を孕んだ声で返した。


「……何の事だ?」


 大男が両手をバァーーンとテーブルに打ちつけた。ノルとチラとご婦人方、周囲にいる客やホールスタッフがビクッとする。元々緊張感で張り詰めていたレストラン内の空気が凍り付いたのをノルはしっかりと感じた。

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