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妖精とまたたきの見聞録  作者: 甲野 莉絵
2章 大自然の孤島ラタンド島
150/158

150話 落ち着かない朝

 翌朝ノルとチラは朝の準備を済ませると、朝食を食べに行こうとサミューを誘ってみる事にした。ちなみにエアはノルの中でまだ寝ている。


「サミュー元気になったかなー?」


 心配そうに尋ねたチラにノルは首を傾げる。


「うーん、ひと晩じゃどうかしら……。でもいつも起きるのが早くて、こっちに顔を出してくれるサミューが今日は来てくれてないんだもの、やっぱり心配になるわよね。だけど私たちは出来るだけ普段通りに振る舞いましょう。心配しているって悟られないようにね」


 2人で頷き合うとサミューの部屋に繋がる扉をノックした。


「「サミュー、おはよう」」


 返事が無い。


「サミュー? 朝ごはん食べに行かない?」


 もう1度ノックしてみると、壁の向こうでドタドタと慌てたような足音が聞こえた。ノルとチラが顔を見合わせていると扉が少し開き、サミューが顔を覗かせる。寝癖で髪が跳ね、ボタンが何個かはまっていないせいか部屋着がはだけ、正に今起きたばかりといった様子だ。


「お、おはよう。すまない寝坊した、急いで準備するからお前たちは先にレストランへ行っていてくれ」


 サミューは素っ気なくそう言うと、ノルとチラが口を開く前に扉をパタンと閉めた。ノルはチラに小声で言う。


「私たちは普段通りでいくの、いいわね?」


「うん!」


 2人で頷き合うと扉に向かって声をかける。


「それじゃあ先に行ってるわ」

「待ってるよー!」


 そう声をかけ部屋を出ようとすると「あ、ああ……」とぶっきらぼうな返事が返って来た。ノルとチラは部屋から出ながらも、今見たサミューの姿を思うとどうしても心配になる。目は少し赤く、うっすらと隈が出来ていた。


「サミューに隈があるのを久しぶりに見たわ。不機嫌そうだったし、やっぱりまだショックから立ち直れてないのね。きっと昨日の夜はあまり眠れなかったに違いないわ」


「うん……」


 レストランへ向かって歩きながらノルがそう言うと、チラもしゅんとした様子で頷いた。


『もしかして泣いたのかしら? いいえ、そんな事を考えるのは野暮よね』


 そう思いながらもノルは月の光に照らされた物憂げな表情をしたサミューが、自分の腕を見つめては涙を流す姿を一瞬想像する。


『うーん、あんまりしっくり来ない気がするのは私だけかしら?』


 そんな事を考えている間にレストランへ着いた。“ホテルクレイドル”の宿泊客には夕食と朝食が用意されている。初日ノルはレストランと聞いて敷居が高そうだと感じた。だが入ってみると皆思い思いに食事を楽しんでいて、レストランというよりは食堂といった感じだ。


 朝食はバイキング形式になっているため、ノルとチラはトレーに皿を乗せ、料理の大皿が乗ったテーブルに向かう。先ずは何種類かあるパンの中からクロワッサンを選び小皿に3つ乗せた。2つはノルの分で、ひとつはこっそり部屋へ持ち帰りエアに食べさせる分だ。


 ノルはここのクロワッサンにハマっている。元々クロワッサン自体は知っていたが、食べた事が無かった。せっかくの食べ放題だからとひとつ取ってみたところ、どハマりしてしまい今はクロワッサン以外のパンは食べていないほどだ。


 外側がサクサクしていて中はしっとりとした層が重なっており、ふんわりもちもちしている。口に入れると香ばしい香りとバターの香りが鼻に抜け、ほのかな甘味と塩味を感じる生地はたまらなく美味しい。難点は手や服がパン屑で汚れる事だが、あの美味しさと比べれば些細な事だ。


 考えただけでもあの味が、香りが口の奥で想像できる。ノルがニヘラ〜っと笑っていると頭の中にエアの声が響いた。


『まぁたそれなの? そろそろ別のが食べたいな。バターロールとかさ』


「えー、クロワッサン美味しいのに」


 小声でそう言いながらバターロールをひとつ追加する。1度皿に取ってしまった物を戻す訳にもいかず、ノルがまあまあな大きさのクロワッサンを3つ食べる事にした。それからおかずのスクランブルエッグを取り、温野菜にソースをかけていると後ろから声をかけられた。


「ねえねえ、こっちに来ない?」


 何度かホテルで顔を合わせた事がある2人組のご婦人だ。特に断る理由が無かったため、飲み物を取ると同じテーブルの端に着く。


「いつも一緒にいる方ってあなたのお兄様かしら? いつまでここにいる予定なの?」


 ほのかに頬を染めるご婦人達を見てノルは『またかぁ』と思った。サミューと旅をしているとこの手の質問をよく受けるのだ。美形を見慣れたノルが見てもサミューはかっこいいと思うのだ、他の女性がキャーキャー言うのも納得できる。


 だが当のサミューを見ていると女性が苦手なようだ。そのためノルはいつも苦笑いで曖昧に話を濁す事にしている。


『サミューごめんなさい。だけど早く来て〜』


 この手の女性達はだいたいサミューが居ると、黙ってちらちらと視線を送って来るだけだ。ノルは誘いに乗ってしまった事を後悔しながら、愛想笑いを浮かべつつ味を感じない朝食を食べた。

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