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妖精とまたたきの見聞録  作者: 甲野 莉絵
2章 大自然の孤島ラタンド島
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148話 落ち着かない夜

 夕食を済ませサミューと別れると、ノルとチラはホテルの自室へ戻った。今日は色々なことが起こり、なかなか眠れそうに無い。それはエアも同じだったようでノルの外へ出て来たため、3人でおしゃべりをする事になった。


 本当だったらサミューも誘いたかったが、あえて声をかけていない。病院で『下手したら今までのように剣を振る事が出来なくなる可能性がある』と診断を受けたのだ。きっと今はひとりになりたいだろう。


 病院を出た後や夕食を食べるとき、ぼーっとしたり無理に明るく振る舞っている気がした。剣がサミューにとってどれほど大切なものなのか、荒事に疎いノルでも分かる。ノルはサミューにどんな言葉をかければ良いのか、とても思いつかなかった。


 エアとチラはノルが何を考えているのか察したようで、部屋に重たい空気が流れる。あえて話題を変えるようにノルが手を叩いた。


「エアは……ノ……ノーガス……」


 ノーガスという名を口に出そうとすると、どうしても身体が震える。今日の出来事はノルの心にノル自身が予想する以上の大きな傷跡を残していた。その様子を見てエアがノルの荷物の中から飴を取り出す。


「無理すんな、いつでも話は聞くからさ。ほら、これ舐めて少し落ち着け」


 ノルは無言でエアから飴を受け取り、ひとつ口に入れるとエアとチラにも差し出した。3人で暫し飴玉を口の中でコロコロと転がす。ミルク味の優しい甘さの飴とエアの思いやりはノルの心をじんわりと回復させた。


「ありがとう、エアは強いわね。3年前のあの日ノーガスと戦った後に私の所に来てくれたんでしょ? 私は……。いいえ、弱気になっちゃダメね、エアを見習わなくっちゃ」


 ノルの言葉を聞いてエアは引き攣った笑みを浮かべる。


「ま、まあな!」


 そう言いながらも、あえて考えないようにしていた事が口を突いて出た。


「だけど俺が来たせいで親父もサミューもあんな事になったんだよな……。俺って疫病神みた──」


 ハッとして口をつぐんたエアにノルは首を傾げた。


「え? それはノーガスが悪いのであって、エアのせいじゃ無いと思うわ。エアは心配で駆けつけたんでしょ? 誰だって大切な人のピンチには駆けつけたいし、助けたいと思うものよ。だけど誰にでもできることじゃ無いとも思うの」


「うん……」


「それでもエアが気になるなら、助けられるんじゃなくって、一緒に戦えるくらい強くなれば良いのよ。サミューだって初めからあんなに強かった訳じゃ無いって言ってたわ。そうと決まったら、まずエアが回復して元の大きさに戻る事から考えましょ!」


「ええー? 俺まだ返事してないんだけど」


 そう言いながらもエアは嬉しそうだ。


「ふふ、弱気で元気が無いエアを見ていたら不思議と元気が出て来たわ!」


 手をキュッと握り、へにゃりと笑うノルを見てエアが口を尖らせる。


「ああー! そういう事言うのは俺の役割だろー? ……そういえばさ、ノルがさっき言いかけた事って何? ま、辛かったらまた今度でも良いし」


 そう言いながらスッと目を逸らしたエアにノルは頷く。


「ありがとう、もう大丈夫よ。エアはノーガスと一緒にいた男の子の霊を見た?」


「いや?  見てないと思うな」


「そっか……。たぶんあの子がノーガスの息子さんだと思うの。ノーガスは息子さんを私たちのお母さんに……こ、殺されたって言ってたんだけどね、とても信じられないなって。お母さんが誰かを殺すなんてもちろん信じられないし……」


 苦しそうに言葉を紡ぐノルの膝をエアがポンポン優しく叩く。いくら強がっていたとしても、自分の母親が人を殺したかも知れないと言う話はやはりしていて辛い。ノルはエアとチラの手をキュッと握り、深呼吸して気持ちを落ち着かせると話を続けた。


「恨みとか憎しみを感じながら亡くなった人って、やっぱり他の死者の霊とはなんか違うのよ。だけどあの子からは全然そんな感じがしなかったの。それにあの子と何処かで会ったことがある気がするのよね。でも、うーん……思い出せないわ」


 顎に手を当て考えるノルの真似をして、チラも「うーん」とほっぺたに手を当てる。


「そりゃ思い出せた方が良いんだろうけどさ、あまり無理に考えてもしょうがないんじゃないか? ま、そのうち思い出すだろ」


「いいえ! あの子は私たちを助けようと必死に頑張ってくれたのに、私はあの子に素っ気ない態度をとってしまったの。せめてどこで会ったのかくらい思い出さないと失礼だわ!」


 ノルはエアの手を握りズイッと身を乗り出す。その横でチラも「うんうん!」と頷いている。


「お、おう」


 2人の圧に押されエアがやや引いた様子で頷いた途端、ノルが「あーっ!」と叫んだ。


「そういえば前にラナシータさんから、死者の霊が魔物に取り込まれちゃうって話を聞いたじゃない? もしも魔物に取り込まれてて、魔物を笛で退治したときに、モヤと一緒に消しちゃってたらどうしよう……」


 サァッと青くなりながらノルは「どうしよう? ねぇどうしよう、どうする?」と連呼する。


「どうしようって言われても……。どうにかあの世へ行けたって信じるしか無いんじゃないか?」


 ノルは首がもげそうな勢いでコクコクと頷く。


「そ、そうね。あっ! いっその事オルゴールで呼んでみて無事を確認しちゃう?」


「ノル、落ち着いて?」


 ゴソゴソと荷物を弄るノルをチラが止める。


「チラの言う通りだぞ。そんな気軽に、しかも自分だけのために使っちゃダメだろ。深呼吸しよう、な?」


 3人でスー、ハー、スー、ハーと深呼吸をする。


「取り乱してごめんなさい。だけどそうよね、あの子の無事も、サミューの腕についても良い方に考える事にするわ」


 ノルは心の隅っこに残る恐怖に似た不安を打ち消すように頷くと、バルコニーに出てサミューの腕が少しでも良くなるよう祈りを込めて笛を吹いた。

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