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妖精とまたたきの見聞録  作者: 甲野 莉絵
2章 大自然の孤島ラタンド島
146/158

146話 正体10

 コーネリウスは前方にぼんやりと見えるノーガスの背中を追いながら、しっとりと霞がかった登山道を駆け登っていた。


「おっと!」


 登山道の横にある斜面から張り出した針葉樹の枝にコーネリウスの腕が軽くぶつかり、水滴が弾け飛んだ。この辺りは雨が上がったばかりなため、ボコボコと張り出した木の根や足元の石で滑りやすい。低空飛行で進むコーネリウスには関係無いが、飛べないノーガスはここで転ぶ可能性がある。


 このときノーガスを捕らえる事は、さほど難しく無いだろうとたかを括っていた。片方の羽が引きちぎられ飛ぶ事が出来ないし、満足に魔法を使う事も出来ない。おまけにサミューと戦い、今しがた激しい苦しみを味わった影響で、体力はほとんど残って無いだろうと──。


 だが目の前に居るノーガスは、物凄い速さで滑る様に登山道を駆け登っていた。コーネリウスも本気で飛んでいるため距離は広がりこそしないが縮む事もない。


『これが火事場の馬鹿力というやつか? それにしては事前に調査した結果の想定ほど、力が削がれていなかった事になるが……』


 2人は少しづつ標高が高い場所まで登ってきており、ついに霞が晴れた。この辺りは丁度雲が切れており、また太陽が近いため雨が止んだ直後の登山道でも強い日差しに照らされて、湿った土の匂いが強く感じられる。粒が細かい砂利の表面はうっすらと乾きはじめており、2人は滑るように上り坂を登って行く。


 気をつけなければならないのは所々にゴロゴロと転がる濡れた岩くらいだ。その障害もノーガスはぴょんぴょんと飛び越えて行く。


 そうしてどんどん先へ進み、ついにカスミ山山頂へ辿り着いた。振り返ったノーガスはコーネリウスを見て、着ているローブを両手で握りしめ後退りしながら叫ぶ。


「よ、寄るな! これ以上こちらへ来たら──」


「いいえ、追いかけっこはこれでお終いです。あなたはこれ以上進めない、そうでしょう?」


 ノーガスは身構えた状態でちらりと後ろを見る。自分達が駆け登って来た登山道の反対側は断崖絶壁だ。その下には海が広がっており、岩肌に打ち寄せた波が白く砕け散っている。


 崖沿いに木は生えているが、空を飛ぶ事ができないノーガスが降りれば大怪我する事は間違い無いだろう。そのためノーガスはここから先へは逃げられないのだ。


 コーネリウスが地面を蹴り距離を詰める。反応が一瞬遅れたノーガスはコーネリウスにローブを掴まれ振り払おうとした。


「──ッ! 私に触るな!」


 2人で揉み合っているうちにノーガスのローブがはだけて羽が顕になった。ノーガスが体をビクンと硬直させる。


 今が捕らえる絶好の機会なはずだが、コーネリウスはその羽を見て思わず目を見開いていた。


「な、何ですか……その……羽は?」


 ノーガスの羽の引きちぎられ欠損した部分が、魔物の黒いモヤで補われるように羽の形になっていたのだ。ノーガスは恥辱と戸惑いを混ぜ合わせたような気持ちで絞り出すように呟く。


「……私にもさっぱり。あの耐え難い苦しみから解放された後、なんだか以前のように力が戻った気がして羽を見たら……このように……」


 複数の疑問がコーネリウスの頭に浮かんだが、ノーガスの沈痛な面持ちを見てグッと飲み込む。ノーガスは羽を隠すようにローブをぴったりと体に巻き付けて話を続けた。


「私の行動が醜いことは理解しているつもりです。ですが……ああ……こんな、こんな見た目までも醜悪になった姿を、よりによって1番弟子の君に見られてしまうとは……。正直見られたくはなかった……」


 コーネリウスは望んで特別騎士隊に配属された変わり者だが、新米だった彼を指導したのがノーガスだった。ひきつった笑みで涙を堪えるようなノーガスを見て、コーネリウスが強く出られないのも無理は無い事かもしれない。


 また妖精族にとってアイデンティティーの羽は、魔法を使うための大切な器官であり誇りだ。引きちぎられただけでも大変不名誉で身も心も耐えられないような事なのだ。戸惑いと苦しみでぐちゃぐちゃな様子のノーガスを見てコーネリウスは言葉を失った。


 ノーガスは心を落ち着かせる様に深呼吸をすると、震える手でローブを脱ぎ崖の方へ歩いて行く。


「ですが、私には為すべき事があります。一か八かの賭けですが…………さようなら」


 準備運動をするように両の羽を軽く動かし地面を蹴ると、ノーガスの体がふわりと舞い上がった。少し進み、空中でピタリと動きが止まる。直後、羽を形作っていた魔物のモヤが解けるように形を失い、ノーガスはコーネリウスの前からフッと姿を消した。


「──先輩ッ!」


 嫌な予感がしてコーネリウスが崖へ駆け寄り見下ろすと、真っ逆さまに転落してゆくノーガスと目が合った。どこか安堵したような、ぎこちない笑顔を浮かべている。


「──ッ!!」


 コーネリウスは突っ込む勢いで崖から飛び降り、手を伸ばしたがノーガスはその手を掴む事なく、そのまま崖に生える木の間をすり抜け見えなくなった。


『やはり先輩は──』


 考え事をしていたせいで体制を整え損ねたコーネリウスは木に突っ込み、頭を幹に強打した影響でほんの一瞬気を失った。直ぐに気付き周辺をくまなく何度も捜索したが、木に引っかかった様子もなければ、海に浮かぶ人影も無い。


 とりあえずノーガスの捜索を切り上げてエア、チラ、サミューを残してきた場所へ急いで向かった。

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