145話 正体9
「マ、マズイッ!」
ノーガスが好機といわんばかりにサミューへ斬り込もうとする姿を見て、コーネリウスは地面を蹴った。 目にも留まらぬ速度で飛び、2人の間に割り込むと以前海賊相手にやったように、風魔法でノーガスの太ももを撃ち抜く。
「──ッ!」
ノーガスはガクリと膝をつくと、驚きつつも納得した様子でコーネリウスを見つめた。
「……おや、コーネリウス。 間違い無く追手をかけられていると予想はしていましたが、まさか君だったとは」
コーネリウスは間近でノーガスの姿を見て、驚きと悲しみをグッと堪えるような表情をした。
「僕は初め、あの事件を起こした犯人があなただと信じられませんでした。 かつての師であり、同じ隊の先輩でもあったあなたの手に縄などかけたくなかった。 ですが今のあなたは重罪人です。 大人しくご同行ください」
ノーガスは特別騎士隊に所属していた過去がある。 だが里の重鎮と揉めた結果、引退という体でクビにされたのだ。 魔法剣の達人だったノーガスは引退した後も新米騎士に頼まれ、秘密裏に魔力操作のコツや剣術の指導をしていた。 人格者だったノーガスの周りには自然と教えを乞う者が集まったのだ。
妖精王ラミウは生真面目な性格のミナ騎士団長や、ノーガスの1番弟子のコーネリウスならば、自分達の手で捕えたいだろうと考え、私情は挟まないと約束させてエアにつけたのだった。
コーネリウスは縄を取り出すとノーガスを跪かせ、面食らった様子のサミューに声をかけた。
「お兄さん。 いえ、サミューさん、気になる事もあると思いますが、それはまた後ほどお願いします。 今はノーガスを捕らえます」
かつての弟子の傷付いたような表情を見てノーガスは思わず下を向く。 手を後ろに回されながらふと顔を上げるとその視線の先には、サミューに駆け寄るエアとチラの姿が見えた。
その姿を見て心の中に確かに広がっていた後悔の気持ちがサーッと引いて行き、薄暗い復讐心が頭をもたげてくる。 その瞬間、ノーガスの目の前は真っ赤になった。
「ウガァァ!」
激しく身を捩りコーネリウスの拘束を振り切ると、エアとチラの方へ手を伸ばし踏み出した。 コーネリウスはパッと飛び上がりエアとチラ、サミューの前でその身を盾にするよう立ち塞がる。
ノーガスの狙いはもちろんノルとエアの息の根を止める事だ。 だが今はエアの姿を見て無意識に体が動いていた。 ノーガスはハッと正気を取り戻し、今自分が何も意識せずに、まるで本能を剥き出しにする獣のような行動をした事に驚いた。 こちらを見つめるコーネリウスと目が合い、どうにか取り戻した言葉で弁明しようと試みる。
「ち、違う! 違うんだ!! 私は……」
だがコーネリウスの表情からもやはり狼狽える様子や不安、警戒を感じ取り、自分が如何に理性の無い行動をとったのか改めて理解した。 それと同時に激しく取り乱していたノーガスは、混乱して叫び声をあげる。
「ア……アア! ア……ウワアァァァァ!!」
サミューとコーネリウスは、肩で息をするノーガスの内心の混乱を知る由も無く、警戒したままその場から動けずにいたそのときだった──。
魔物の群れが唸り声を上げながらこちらへ向かって来たのだ。 先ほどまでサミューが探していたであろう魔物の群れだ。 間違い無く6〜7頭はいる。 サミューとコーネリウスはエアとチラを後ろに庇った。
魔物は身構えるノーガスの周りを取り囲む。 そして驚いたことにサミューとコーネリウスをノーガスへ近づけさせないよう立ち塞がった。
サミューとコーネリウスを血走った焦点が合わない目で見る魔物は、頭を振り涎を撒き散らしながら、鼻先に皺を寄せて歯を剥き出している。 グルルと唸り声をあげる魔物にもしも感情があるのならば、2人に向けるものは間違いなく害意だろう。
だがノーガスへ向けられたのは恐れと服従だとエアは感じた。 それはノーガスも同じだったようで、両脇にいた魔物の頭を撫でようとそっと手を伸ばす。
「怖がらないで、私のためにありがとう。 ここは頼みましたよ」
だがノーガスに撫でられた魔物2頭はその場でパタリ、パタリと倒れた。
──死んでいる。
エアの目には魔物からノーガスの手へ黒いモヤが流れ込んだように見えた。 実際驚いたように自分の手を見るノーガスからは黒いモヤが立ち昇っているため、見間違いでは無いだろう。 言葉にしようのない嫌な感じにエアが身震いすると、隣にいるチラがエアの手をキュッと握った。
だが突然目の前でノーガスが激しく身を捩り苦しみ始め2人はビクッとする。
「──グッ! ……ウワァァァッ!! …………ハァッ、ハァ……グッ! アァァァ!!」
押し殺したような悲鳴をあげ、苦悶の表情で胸を掻きむしったと思いきや、その場でガクッと膝をつく。 地面を握りしめるように手を握り、脂汗が鼻や顎から滴り落ちる。 あまりの苦しむ様子にエアは思わず目を背けた。
程なくしてノーガスは落ち着いたが、未だ四つん這いのままゼーゼーと肩で荒く息をしている。 コーネリウスがこの隙に捕らえるため近付こうとしたが、ノーガスはヨロリと立ち上がりカスミ山山頂方面へ駆けて行く。
ノーガスの背中を見ながらコーネリウスはほんの一瞬、魔物がいる場所に満身創痍な4人を置いてノーガスを追うか迷ったが、直ぐに走り出す。
「僕はノーガスを追います!」
「こちらは任せろ!」
苦々しげな表情でノーガスの後を追うコーネリウスの背中を、サミューの返事が押し心を軽くした。
『まったく、あんなに傷だらけで何を言うやら……』
そう呟きながらも3人の側にサミューがいる事を心強く思っていた。