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妖精とまたたきの見聞録  作者: 甲野 莉絵
2章 大自然の孤島ラタンド島
145/158

145話 正体9

「マ、マズイッ!」


 ノーガスが好機といわんばかりにサミューへ斬り込もうとする姿を見て、コーネリウスは地面を蹴った。 目にも留まらぬ速度で飛び、2人の間に割り込むと以前海賊相手にやったように、風魔法でノーガスの太ももを撃ち抜く。


「──ッ!」


 ノーガスはガクリと膝をつくと、驚きつつも納得した様子でコーネリウスを見つめた。


「……おや、コーネリウス。 間違い無く追手をかけられていると予想はしていましたが、まさか君だったとは」


 コーネリウスは間近でノーガスの姿を見て、驚きと悲しみをグッと堪えるような表情をした。


「僕は初め、あの事件を起こした犯人があなただと信じられませんでした。 かつての師であり、同じ隊の先輩でもあったあなたの手に縄などかけたくなかった。 ですが今のあなたは重罪人です。 大人しくご同行ください」


 ノーガスは特別騎士隊に所属していた過去がある。 だが里の重鎮と揉めた結果、引退という体でクビにされたのだ。 魔法剣の達人だったノーガスは引退した後も新米騎士に頼まれ、秘密裏に魔力操作のコツや剣術の指導をしていた。 人格者だったノーガスの周りには自然と教えを乞う者が集まったのだ。


 妖精王ラミウは生真面目な性格のミナ騎士団長や、ノーガスの1番弟子のコーネリウスならば、自分達の手で捕えたいだろうと考え、私情は挟まないと約束させてエアにつけたのだった。


 コーネリウスは縄を取り出すとノーガスを跪かせ、面食らった様子のサミューに声をかけた。


「お兄さん。 いえ、サミューさん、気になる事もあると思いますが、それはまた後ほどお願いします。 今はノーガスを捕らえます」


 かつての弟子の傷付いたような表情を見てノーガスは思わず下を向く。 手を後ろに回されながらふと顔を上げるとその視線の先には、サミューに駆け寄るエアとチラの姿が見えた。


 その姿を見て心の中に確かに広がっていた後悔の気持ちがサーッと引いて行き、薄暗い復讐心が頭をもたげてくる。 その瞬間、ノーガスの目の前は真っ赤になった。


「ウガァァ!」


 激しく身を捩りコーネリウスの拘束を振り切ると、エアとチラの方へ手を伸ばし踏み出した。 コーネリウスはパッと飛び上がりエアとチラ、サミューの前でその身を盾にするよう立ち塞がる。


 ノーガスの狙いはもちろんノルとエアの息の根を止める事だ。 だが今はエアの姿を見て無意識に体が動いていた。 ノーガスはハッと正気を取り戻し、今自分が何も意識せずに、まるで本能を剥き出しにする獣のような行動をした事に驚いた。 こちらを見つめるコーネリウスと目が合い、どうにか取り戻した言葉で弁明しようと試みる。


「ち、違う! 違うんだ!! 私は……」


 だがコーネリウスの表情からもやはり狼狽える様子や不安、警戒を感じ取り、自分が如何に理性の無い行動をとったのか改めて理解した。 それと同時に激しく取り乱していたノーガスは、混乱して叫び声をあげる。


「ア……アア! ア……ウワアァァァァ!!」


 サミューとコーネリウスは、肩で息をするノーガスの内心の混乱を知る由も無く、警戒したままその場から動けずにいたそのときだった──。


 魔物の群れが唸り声を上げながらこちらへ向かって来たのだ。 先ほどまでサミューが探していたであろう魔物の群れだ。 間違い無く6〜7頭はいる。 サミューとコーネリウスはエアとチラを後ろに庇った。


 魔物は身構えるノーガスの周りを取り囲む。 そして驚いたことにサミューとコーネリウスをノーガスへ近づけさせないよう立ち塞がった。


 サミューとコーネリウスを血走った焦点が合わない目で見る魔物は、頭を振り涎を撒き散らしながら、鼻先に皺を寄せて歯を剥き出している。 グルルと唸り声をあげる魔物にもしも感情があるのならば、2人に向けるものは間違いなく害意だろう。


 だがノーガスへ向けられたのは恐れと服従だとエアは感じた。 それはノーガスも同じだったようで、両脇にいた魔物の頭を撫でようとそっと手を伸ばす。


「怖がらないで、私のためにありがとう。 ここは頼みましたよ」


 だがノーガスに撫でられた魔物2頭はその場でパタリ、パタリと倒れた。


 ──死んでいる。


 エアの目には魔物からノーガスの手へ黒いモヤが流れ込んだように見えた。 実際驚いたように自分の手を見るノーガスからは黒いモヤが立ち昇っているため、見間違いでは無いだろう。 言葉にしようのない嫌な感じにエアが身震いすると、隣にいるチラがエアの手をキュッと握った。


 だが突然目の前でノーガスが激しく身を捩り苦しみ始め2人はビクッとする。


「──グッ! ……ウワァァァッ!! …………ハァッ、ハァ……グッ! アァァァ!!」


 押し殺したような悲鳴をあげ、苦悶の表情で胸を掻きむしったと思いきや、その場でガクッと膝をつく。 地面を握りしめるように手を握り、脂汗が鼻や顎から滴り落ちる。 あまりの苦しむ様子にエアは思わず目を背けた。


 程なくしてノーガスは落ち着いたが、未だ四つん這いのままゼーゼーと肩で荒く息をしている。 コーネリウスがこの隙に捕らえるため近付こうとしたが、ノーガスはヨロリと立ち上がりカスミ山山頂方面へ駆けて行く。


 ノーガスの背中を見ながらコーネリウスはほんの一瞬、魔物がいる場所に満身創痍な4人を置いてノーガスを追うか迷ったが、直ぐに走り出す。


「僕はノーガスを追います!」


「こちらは任せろ!」


 苦々しげな表情でノーガスの後を追うコーネリウスの背中を、サミューの返事が押し心を軽くした。


『まったく、あんなに傷だらけで何を言うやら……』


 そう呟きながらも3人の側にサミューがいる事を心強く思っていた。

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