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妖精とまたたきの見聞録  作者: 甲野 莉絵
2章 大自然の孤島ラタンド島
140/158

140話 正体4

 サミューはノーガスが飛ばす風の刃の攻撃を避けながら、なんとなくだが魔法というものを少しづつ感じ取れるようになっていた。


 攻撃と攻撃の合間を見計らってジリジリとノルの方へ近付いて行ったが、依然としてノーガスの凶行を止める事は叶わなかった。 歯噛みする気持ちでノルの手足からだんだん力が抜けていく様子を見ている事しか出来ない。 あともう少しでノーガスがサミューの間合いに入るというところで、ついにノルが動かなくなった。


「ノルッ!! ……っチラ、おいチラ起きろ!!」


 チラが目覚めればこの状況を何とか出来るかもしれないが、残念ながらチラが起きる様子は無い。 サミューのそんな焦りを知ってか知らずか、ノーガスがノルの首から手を離しこちらを見た。


「……意識を失っているだけですよ。 本当は今すぐは命を奪わずに、もう少し痛めつけ苦しめてから殺すつもりでしたが気が変わりました。 ええ、そうですよね、彼女の母親に罪があるとしても彼女に罪がある訳では無い。 ──ですので彼女は苦しめないよう、ひと思いにこのまま殺します。 邪魔をすれば彼女を嬲り殺しにしますよ」


 ノーガスはノルに向き直ると腰に下げた短剣を引き抜き、ノルの喉元に当てる。 この距離からではサミューの攻撃がノーガスに届く前に、タッチの差で先にノルが殺されてしまうだろう。 サミューはどうにかしてノーガスの気をノルではなく、こちらへ向けようと考えを巡らせ口を開いた。


「お前の息子が何故死んだかは知らんが、身勝手な復讐にノルを巻き込むな。 お前の息子はそうだな……そこで死ぬ運命だったのではないか? まぁ運が悪かったという事だ。 残念だったな」


 僅かに失笑が滲んだ声に反応してノーガスは剣を持った手をピタリと止め、短剣を鞘に仕舞うとゆっくりサミューの方を向いた。


「……今、何と言った?」


「だからお前の運の悪い息子は、早死にする運命だったのだと言っている。 考えてみればお前の息子も妖精族なのだろう? それなのに人間であるノルの母親に遅れを取るとは……とんだ間抜けな妖精族がいたものだ」


 ノーガスを煽るためとはいえ、自分の言った事に内心で自己嫌悪に陥りかけたが、ノーガスから放たれる物凄い殺気に、腰から背中に掛けてぞわりと反射的に震えが走った。 どうやらサミューの煽り文句は想像以上の効果を発揮したらしい。


『これはマズイ、かなりマズイ……』

「チラ! 頼むから起きてくれ!!」


 サミューがそう叫び、身構えるのと同時にノーガスがゆらりと立ち上がる。 次の瞬間にはノーガスは抜剣して目の前に来ており、剣による1撃を反射的にサミューは刀の鞘で防いでいた。


「──クッ!」


 咄嗟に刀の鞘を傾けノーガスの剣を滑らせ衝撃をいなしたが、完全にはいなしきれずノーガスの斬り込む勢いでサミューは後ろに押された。 首筋に冷や汗が伝う。


 初めの1撃の際、踏み込む様子が全く見えなかったうえ、剣撃の勢いを殺しても尚、自分を押し動かす勢いの1撃だった。


 しかも相手は魔法が使える妖精族だ。 恐らく先ほどの見えない斬撃も魔法だろう。


 またノーガスは線が細いとは言え完成された体つきで、鍛錬にかけた年数がサミューとは違う事は明らかだ。 対するサミューは背が高く程よい筋肉が付いた体格とはいえ、まだ年相応の線の細さがある。


 手加減して戦える相手では無い事は目に見えて明らかだ。


 ノーガスが体勢を立て直すため後ろに飛び退く。 サミューはその隙に刀を抜いて構え、相手が行動を起こす直前に袈裟懸けに斬り込んだ。


 ノーガスがサミューの刀を剣で弾き上げる。 その勢いでサミューの上体は後ろに反り、刀を握る手は斜め上に跳ね上がったせいで片手が外れる。


『このままではガラ空きの腹に横薙ぎの1撃が来る!』


 サミューは足で地面を蹴って宙返りをしながら後ろに下がり、体勢を立て直すと直ぐにノーガスが飛び込んで来た。 ノーガスは血走った目でサミューを睨み付け、斬り込む際に絞り出す様に呟く。


「訂正しろ。 お前が息子に対して言った言葉全てを訂正しろ!」


 サミューはその言葉にダメージを受けつつ、ノーガスが振り回す剣が風を切る音を聞きながら叫ぶ。


「……ッ!! チラいい加減起きろ!」


 剣撃の応酬の中、サミューは無意識に眉間に皺を寄せる。 ノーガスの気を引くためとはいえ、何の罪もないであろう彼の亡くなった息子に心無い事を言ってしまったと激しく心を痛めていた。


『自分で言ってしまった言葉に責任を持たなくては。 今更あれは心にも無い事だったなどとそんな不誠実な事を言えるはずが無い』


 事実謝る事が出来れば楽だ。 だがサミューが非を認めてしまえば、ノーガスは自分の息子の名誉を回復した事に満足して、今度こそノルを仕留めようと動く可能性がある。 その可能性がある限り、どんなに心苦しくても敵の注意を自分に引き付けておかなければならない。 サミューはノーガスの腹を蹴って遠ざけると、視線を逸らし吐き捨てるように言った。


「訂正するつもりは無い。 ……そんな事よりも、やはりファッツ男爵を殺したのはお前なのか?」


「そんな事だと? お前にとって私の息子の名誉はあの醜悪な男より下で、“そんな事”というひと言で片付く物なのかッ!」


 サミューの言葉と表情でノーガスの攻撃はいっそう重さが増し激しくなっていった。


 一方ノルはノーガスが自分から離れる直前、喉元に短剣を突きつけられた冷たい感触で意識を取り戻していた。


 だが目前へ迫り来る死への恐怖と直前まで意識を失っていた影響か、体が強張り思うように動かない。 加えてサミューが放ったあまりにも心無いひと言に、今まで信じて来たサミューの人となりが音を立てて崩れ落ち、激しい衝撃を受けていた。


 その衝撃は母ロエルが人を殺したという話と、自分が殺されかけた事でただでさえ今にも折れそうなノルの心に追い打ちをかけ、正常な判断を鈍らせる。 普段ならば『サミューが本心でそんな事言うはずが無い!』と一蹴できたはずだ。


 ノーガスがノルから離れ、どうにか体の強張りが解けても動く気力が湧かない。 ただただ無気力にその場で横たわり、サミューとノーガスの戦いをぼんやりと眺めていた。

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