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妖精とまたたきの見聞録  作者: 甲野 莉絵
2章 大自然の孤島ラタンド島
139/159

139話 正体3

 ローブ姿の男性は嬉しそうにククッと笑い、ノルの上腕部をガシッと掴む。


「私が君の事をどんなに探し求めたか分かりますか? とても嬉しい、やっと会う事が出来ましたね」


 言葉の内容こそ親しげで優しく聞こえるが、ノルを掴む両手の力はまるで『逃さない』とでも言っているようだ。 先ほどまでの理性的で穏やかな雰囲気から一変して、明らかに異常な様子を見せていた。


 突然の事にノルは動く事が出来ない。 ローブ姿の男性の顔は見えないが、自身に向けられた苛烈で異常な感情を感じ取り身が竦む。 間違い無く今まで自身に向けられた事の無い類のものだ。 それがどの様な感情かまだはかりかねるが、良い感情では無い事は明らかだった。


 ギリギリと腕を締め上げる力のあまりの強さにノルが顔を歪めると、ローブ姿の男性が再び嬉しそうにククッと笑った。


「何をしている!」


 サミューがローブ姿の男性の肩を突き飛ばし、ノルから引き離す。 その勢いでローブ姿の男性のフードが外れた。 フードの下から現れた顔を見てノルは息を呑む。 髪を束ねた美しく整った顔立ちの中年男性だ。 普段は優しげで涼やかな雰囲気なのだろうが、それを台無しにするように、目をギラギラと異常に輝かせノルを射すくめるように見つめている。


 ノルとサミューの目の前に立っている人物は以前見た似顔絵の男、ノーガスだった。


「お兄さん、あなたには関係ないでしょう。 手を出さないでいただきたい。 あなたの事は出来れば傷付けたくありませんから」


 サミューを見て歪に微笑む。 変わらず優しく丁寧な口調だが話が通じず、有無を言わせぬ様子だ。 次の瞬間ノーガスは目にも留まらぬ速さでノルに飛び掛かる。 そのまま地面に押し倒すと、馬乗りになりノルの首を絞めた。


 ノルは目を白黒させジタバタもがいたが、首を絞められた状態で大人の男性の体を簡単に動かせる筈が無い。 ノーガスの手首を掴んで自分の首から外そうと試みたが、びくともしない。


「この状況で『はいそうですか』と引き下がれる訳が無いだろう!」


 そう言いながらサミューはノーガスの脇腹を蹴飛ばす。 ノーガスは軽く体勢を崩し、一瞬ノルの首から手が離れたものの直ぐに再びノルの首を締め始めた。


 ノルは渾身の力を込めてノーガスの手の甲に爪を立てたが、ノーガスは僅かに顔を顰めただけで、いっそうノルの首を絞める手に力が籠る。


 息が出来ない。 顔が熱く頭が痛い。 ノルはこの苦しさから逃れるためにもがいたが、次第に体に力が入らなくなってきていた。


 サミューはノルが力無くもぞもぞと手足を動かす様子を見て、一刻の猶予も無いと刀に手を掛け踏み込んだ。 だがその動きに気付いたノーガスがサミューの方へ振り払うように片手を上げる。


 ──目に見えない何かがこちらへ飛んでく来る!


 咄嗟にそう感じたサミューは横へ飛び退く。 先程まで自分がいた場所のすぐ後ろへ視線をやると、肥料を入れていた木のバケツにパックリと切れ目が付いており、中の肥料がボトリ、ボトリとこぼれ落ちていた。


 ──もしも判断が遅れノーガスが放った攻撃を少しでも受けていれば、自分があの木のバケツのようになっていた。


 そう思いつつノーガスの方へ視線を戻し、下唇を噛む。 少しは自分の方へ意識を誘導する事が出来たかと思ったが、ノーガスは未だ片手でノルの首をギリギリと絞め続けている。 ノーガスの方へ踏み込もうとする度、先ほどの目に見えない攻撃で的確に牽制され、近付く事が叶わない。 サミューは押し寄せる焦燥感に駆られていた。


 ノルは周りの音がくぐもって聞こえる中、自分を解放するため必死に突撃を繰り返すサミューの姿に気付いた。 だがその度にノーガスが魔法で風の刃を作りサミューに飛ばしている。 少しでも軌道を逸らす事ができればと、ノーガスの袖を掴もうと手を動かしたが、痺れる指先は虚しく空を掴んだだけだ。


 ノルは顔を歪めビクビクしながらもノーガスの顔を見上げる。 目の前のノーガスはノルが苦しむ様を見て嬉しそうに口元を綻ばせているが、爛々と異状に輝く目の奥には悲しみや迷いの感情が微かに感じられた。 ノルの視線に気付いたのかノーガスが吐き捨てるように呟く。


「あの子が味わった痛みや苦しみはこんなものでは無い」


 首を絞められている影響か、ノルにはノーガスの声がややくぐもって遠くで響くように聞こえた。 更に魔物のモヤと似たようなものがノーガスから立ち上っているようにすら見える。 気のせいだろうか? だがそんな事よりも──。


『あの子って誰? 私たち家族と関係あるの?』


 だが声を出そうにも喉から出るのは変な音だけだ。 苦しそうに目を細めるノルの様子にノーガスは眉間に皺を寄せた。 その視線の先には確かにノルがいるが、どこか別の場所を見ているようにも見える。


「ノル、君の母親に私の息子は殺されたのです。 その日から私の時間は止まってしまったようでしてね、どうしても君たち家族を許す事が出来ないのですよ。 ですから君には……死んでもらいます」


 ──母ロエルが誰かを殺した?


 ノルは必死に思考を巡らせようとしたが、頭がぼんやりして考えがまとまらない。


「だからと言ってノルを殺すだと? そのようなおかしな道理があるか!」


 遠くでサミューの声が聞こえ、心の中で張り詰めていた緊張感が弱まりノルは気を失った。

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