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妖精とまたたきの見聞録  作者: 甲野 莉絵
2章 大自然の孤島ラタンド島
137/162

137話 正体

 チラはローブ姿の男性をまじまじと見つめながら、折りたたみナイフを手に不思議そうな表情をするノルの服を引っ張った。


「ねえねえ、このおじちゃんだぁれ?」


 訝しげな表情で首を傾げるチラを見てノルはふふっと笑う。


「あら、チラちゃんが人見知りって珍しいわね。 台車に雨が当たらないよう、ここまで移動させるのを手伝ってくれた親切な方よ」


 ノルに紹介され、ヒラヒラと手を振るローブ姿の男性をチラは再びまじまじと見つめる。 だが眠気には勝てなかったのか、「ふぁ〜」と欠伸をすると程なくして眠りに落ちた。 台車を運んで登山道を登った後、往復の瞬間移動したうえにサミューに遊んでもらい疲れたのだろう。 直ぐにすやすやと静かな寝息が聞こえてきた。


 ノルはチラの頭を膝の辺りに乗せ、サミューの折り畳みナイフをポケットに仕舞うと空を見上げた。 雨が止むまではもう少しかかりそうだ。 それにチラがナイフとハサミを間違えた事に気付いたサミューが来るかもしれない。


 雨が止むまで休憩時間という事にして、もう少し話をしようとノルは体をローブ姿の男性の方へ向ける。 ローブ姿の男性もそれに気付いたのか口を開いた。


「そう言えばこの山には虹色の花なる物があるそうですが、お嬢さんはその花について何か知っていますか?」


「ああ、虹色の花ですか〜」


 ノルは何気なく頷いただけだったが、ローブ姿の男性はノルの返事を聞いてズイッと身を乗り出す。


「知っているのですね!? それはどのような植物に咲く花なのでしょうか?」


 ノルはあまりの勢いに気圧されながら小さな声で謝る。


「ごめんなさい。 私も人から聞いただけだから詳しくは知らないんです。 しかもどの植物に咲くのかも分かっていないそうで……」


「も、申し訳ない。 別にお嬢さんが悪い訳では無いのですよ。 私も入浴中に小耳に挟んだもので、気になっていたのです。 ただ、話してくれた方も詳しくは知らないそうで、知的好奇心が疼いたとでもいうのか……」


 自分でも虹色の花の事が気になっていたノルは、必死に聞いた話を思い出していた。 植物に詳しそうなローブ姿の男性に手がかりを教えられれば、虹色の花の正体が分かるかもしれない。


「あっでも、大きさはそれほど大きく無くて、薄い虹色で花びらが幾重にも重なっていたと聞いたから、たぶん八重咲の花なんじゃないでしょうか? それと花茶にもなると言っていました。 だけどここ数年は見ていないそうなんですよ。 できる事なら見てみたいですよね〜、虹色の花」


 虹色に透ける花を沢山咲かせた枝が風で揺れ、地面に色とりどりの光が揺らめく様を想像して、ノルがうっとりしていると少し離れた場所から足音が聞こえた。 ノルはその足音で現実へ引き戻される。 足音の主はサミューだ。 ノルはチラを起こさないようにそっと移動させ、立ち上がると手を振った。


「こっちよー!」


 サミューも軽く手を上げこちらへ走って来る。 そしてノルの目の前に来るとポケットからハサミを取り出し差し出した。 軽く息を切らせ髪から水を滴らせている。


「これっ、ハサミだ。 作業に必要なのだろう?」


『なんだか忙しない日ね……』


 ノルは内心そう思いつつお礼を言ってサミューからハサミを受け取り、折り畳みナイフとハンカチを差し出した。


「雨の中ありがとう、これで拭いて」


 だがサミューは折り畳みナイフだけ受け取り、ハンカチはノルに返した。


「これくらい問題無い。 お前のハンカチがグチョグチョになってしまうぞ」


 サミューがいた方向からノルがいる方向へ向かって雨雲が流れていたため、霧雨とはいえサミューはずっと雨の中走って来たのだ。 サミューは頭を軽く振り、髪から滴る水を飛ばす。 すると水滴が顔に当たったのか、チラがもぞりと動き顔をムニャムニャさせた。


「ムニャ……ボク頑張ったから、お弁当いっぱい食べるの〜」


 寝言を言うチラを見て苦笑するサミューに、ローブ姿の男性が声をかけた。


「ああ……お嬢さんがお連れの方がいると言っていましたが、やはりお兄さんでしたか。 もしかしたらそうなのでは無いかと思っていました」


 サミューはローブ姿の男性の声を聞き納得したように頷いた。


「もしかしてその声は、温泉で一緒になった方ですか?」


 だがローブ姿の男性はサミューの返事を聞いているのかいないのか、スッと立ち上がり空を見上げた。 その様子を見てノルは声を潜めてサミューに聞く。


「やっぱりあの人が言っていた入浴中に会った人ってサミューの事なのね? 虹色の花について聞いたって言ってたの」


 サミューもローブ姿の男性をちらりと見ると声を潜めて返す。


「ああ、そうだろうな。 とは言え夜だったうえに湯煙が凄かったから顔は見ていないが」


 ローブ姿の男性は小声で話すノルとサミューの方へ歩み寄る。


「雨も止んだようですね。 では……そろそろお嬢さんの顔を見せてもらいましょう」


「えっ……?」


 ノルは突然の事に驚きを禁じ得ず後ずさる。 だが大股に距離を詰めたローブ姿の男性がノルのケープに手をかけ、フードを勢い良く払いのけた。


「ああ、ああ、やはり私の見立ては間違っていなかった! ──お嬢さんがノルだったのですね」


 ローブ姿の男性はノルの顔を見て心底嬉しそうな声で頷く。 それに対してノルは若葉色の瞳をパチクリと瞬かせる事しか出来なかった。

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