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妖精とまたたきの見聞録  作者: 甲野 莉絵
2章 大自然の孤島ラタンド島
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136話 雨の中の出会い

 それからしばらくノルひとりで作業をしていたが、霧雨が降ってきたためケープのフードを被ると、荷台を雨が当たりづらい場所へ移動させる事にした。 だがボコボコと張り出した木の根を傷付けないように避けて動かそうとすると、どうにもノルひとりの力では動かせない。


 仕方ないのでしゃがんで荷台の端を持ち上げ少しづつ動かす事にしたが、指先が霧雨で濡れたせいか冷たく強張ってしまいなかなか動かすことが出来ずにいた。


「これを動かしたいのですか? お手伝いしましょう」


 ノルは突然頭上から聞こえた声に驚きつつも声がした方を見上げると、見知らぬ男性がこちらを見下ろし立っていた。 とは言え雨が降っているため相手もローブのフードを目深に被っており顔が見えないが、その声と背格好から男性だと分かる。


「ええ、雨が当たりずらい場所へ移動させたいんです」


「それなら、あそこの木の下などはどうでしょう?」


 ローブ姿の男性が指差したのは背が高い木の根本だ。


「はい、よろしくお願いします!」


 ノルはペコリと頭を下げ、ローブ姿の男性と協力して台車の両端を持ち木の下へ移動させた。


「ありがとうございました。 これで資材を濡らさずに済みそうです。 それでは私は作業に戻りますね」


 ノルがお礼を言いノコギリを手に元来た方へ戻ろうとするとローブ姿の男性が止めた。


「待ってください、なにもこの雨の中で作業する事はないのでは?」


「大丈夫ですよ〜、このお母さんのケープを着ていればちょっとした雨くらいへっちゃらです!」


 ノルはケープの裾を掴んで見せた。


「おや、そのケープはお嬢さんのお母上の物なのですか。 ほうほう……」


 ローブ姿の男性はまじまじとノルが着ているケープを見つめたが、ハッとした様子で話を戻す。


「……いえ、そういう話では無く、雨の中で木を切ると切り口が乾かないから良くないと思うのです」


「あっ、言われてみれば確かに……」


 ローブ姿の男性はフードの縁を手で押さえ空の様子を伺い見る。


「まあ、恐らくこの雨も通り雨でしょうから、もうじき止むと思いますよ。 そうしたら今日はそれぞれの木を観察して、重要であったり緊急性が高い作業から順に、今後の計画をざっくりと立てていけば良いのではないでしょうか。 そうだ、雨が止むまで暇でしょう? 私と話をしませんか? そうですね……この山の植物は不思議な形をした物が多いですが、何故だと思いますか?」


「あの背の低い木やこの後ろの登山道に生えたグネグネ、ボコボコした大きな木の事ですか?」


「ええ」


 ローブ姿の男性が頷く。


「うーん、元々あんな風になる種類とか? それともストレスですか?」


 ノルは必死に考えを巡らせたがそれらしい答えは思い浮かばなかった。


「惜しい、カスミ山は植物が育つのには向かない場所だからなんです。 ここの地盤は硬いうえ養分が乏しくて、植物は浅く根を張る事しか出来ないのですよ。 そうすると背が低く成長は遅くなりますが、その代わり年輪の密度が高く丈夫に育つのです。 ですが根を深く張れない為、強い風雨に耐え難い。 その中でも運良く残った物が風雨で負った傷跡を自力で回復させながら成長を続ける事で、不思議な形になっていくのです。 要するにここの植物は本来なら生きる事が厳しい場所に順応して行ったという事ですね。 私は、植物だけでは無く動物や私達も生きづらい場所でも順応するのだと思っているし、そうであったらいいと思っているのですよ」


 ローブ姿の男性は初めはノルに話していた。 だが後半はまるで自分自身に語りかけている様に呟くものとなっていた。 ノルはローブ姿の男性から深い悲しみを感じた気がしてふっと見上げたが、ローブ姿の男性はノルの視線に気付いたのかサッと顔を背ける。


「まさか会ったばかりのお嬢さんに心配されるとは。 つまらない話を聞かせてしまいましたね。 私はこの頃自分で自分の抑えが効かなくなる事が多くて……」


 ノルはその話を聞いて、ふとサミューの事を思い出していた。


「そういうときは冷静になって周りの人や様子を見るといいかもしれませんよ。 私の連れにも最近少し様子が変な人がいるんですけどね、その人を見てるとそうやって落ち着きを取り戻している様に見えます。 まあ普段から周りの様子に気を配ってくれる人なんですけどね。 それから時間が経つと落ち着いてますね」


 自分の口からスルスルとサミューの事が出て来る事に内心驚きつつも、ローブ姿の男性に頷き掛けると魔物に傷付けられた背が低い木をぼんやりと見つめた。 ローブ姿の男性はノルのケープのフードにそっと手を伸ばしたが、ノルが話し始めると慌てて手を引っ込める。


「あっ、そういえばおじさんも植物が好きなんですね! 好きな物を見る事も気分が紛れると思います。 おじさんはとても植物に詳しそうですし、もしかして学者さんとかですか?」


「学者などとんでもない、私はただの植物好きの冴えない男ですよ。 まあ以前木を育てていた事はありますが、それの世話も怠ってしまいましたから私に植物好きを名乗る資格は無いのでしょうね」


 その話し声からは寂しさが感じられる。 ノルが心配になりローブ姿の男性の方を見上げたそのとき、膝を誰かに突かれた。 そちらを見るとチラが得意げな表情で折り畳みナイフを差し出している。


「はいっ、ハサミだよ!」


『あれっ? これは……サミューのナイフよね?』


 ノルはとりあえず渡された折り畳みナイフを手に取ったが首を傾げた。

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