134話 力持ち
ノル、チラ、サミュー、ロナの4人はホテルを出ると植木屋へ向かった。 あの温室をじっくりと見て回りたいとノルがお願いしたのだ。
植木屋の温室に到着し中へ入ると、花の上で羽を休めていた数頭の蝶がふわりと飛び上がった。 まだ朝の時間帯なためか、ひとけが無く4人が最初の客だったようだ。 温室の奥で植木に水やりをしていた店員が客の気配を感じたのか振り返る。 昨日ノルの相手をしてくれた青年だ。
「あっ、皆さん丁度いいところに! 実はあの後ダメ元で倉庫を探したらあったんですよ、癒合剤と支柱が! そういう事でノルさんに注文いただいた品は全て揃ったのですが、どうしましょう? 今お渡ししてしまいますか?」
ノルは迷わず頷いた。
「ええ、お願いします」
ラタンド島の観光もとても魅力的だが、カスミ山の植物を一刻も早く元気にしたい。 何より請け負った仕事が優先だ。
植木屋の青年とサミューに台車に注文した品を乗せてもらっている間にノルはロナに謝った。
「観光に行く予定をすっぽかしてしまって、ごめんなさい」
ロナはニコリと微笑み手をヒラヒラと振る。
「いいえ、それだけノル様がカスミ山の植物へ真摯に向き合ってくださっているという事ですから、私達が感謝してもノル様が謝られる事はありませんよ。 ハッ、そうと決まれば急いでお弁当の手配をしなくてはなりません! 私はこれで失礼しますね!」
かなりの早歩きで去って行くロナの背中にノルは叫ぶ。
「ありがとうございます! 私たちは昨日と同じ辺りにいると思います。 美味しいお昼をよろしくお願いしますねー!」
その声に気付き振り返って手を振るロナにノルとチラは手を振り返す。 それから程なくして台車に注文の品を全て乗せ終わると、カスミ山へ向けて出発した。
♢♦︎♢
3人はカスミ山中腹で台車と一緒にロープウェイを下りる。 そこから少し歩き原生林の登山道に差し掛かると、ノルは坂道を見上げた。
「ここからは台車を押して行くわけにもいかなそうね。 何回かに分けて運ばなくっちゃいけないけど、みんなで手分けして運べばきっと直ぐに終わるわ」
「そうだな。 とっとと運びきってしまおう」
そう話しながら台車の荷物を手に取るノルとサミューをチラが止める。
「ううん、ボクが台車ごと運ぶよ!」
チラのひと言に面食らった様子でノルが尋ねる。
「だけど、これはとっても重たいのよ」
「うん! チラは力持ちの立派なお兄ちゃんなの! ノルもサミューもこの後お仕事があるんだからボクに任せて!」
「本当に大丈夫なのね?」
自信満々に頷くチラを未だ心配そうに見つめるノルにサミューが言った。
「本人が出来ると言っているのだから頼んでも良いと思うぞ。 以前ズドンリクガメの足に食い込んだ罠をこじ開けたのはチラだ。 俺が引っ張ってもビクともしなかったが、恐らくチラは木の精霊だから力持ちなのだろう」
確かに木は時として物凄い力強さを発揮する。
ノルが納得しながら頷く横で、サミューは台車から落ちそうになっていたハサミをウエストポーチに仕舞う。 更に添え木を小脇に抱え、ノコギリと支柱を肩に担いだ。
「それでは頼んだ。 だが辛くなったら直ぐに言え」
「うんっ!」
チラは元気に頷くと軽々と台車を持ち上げ歩き始めた。 本当にスイスイと登山道を登って行くチラにノルは驚きつつ、自分だけ何も持っていない事に気まずさを感じながら2人の少し後ろを付いて行く。 申し訳無さそうな表情をしたノルにサミューが気付き、小脇に抱えていた添え木をノルに手渡した。
「その……なんだ、かさばって持ちづらいから持ってくれると助かる」
サミューに手渡された添え木は長さが揃っており、紐できっちりと束ねられている。
「えっ? ええ、分かったわ」
ノルはサミューの気遣いに嬉しく、くすぐったい気持ちになった。 ノルが微笑み掛けるとサミューは照れたように「頼んだ」とだけ言い足早にチラの方へ向かって行く。
「ありがとう」
ノルは2人の背中に向かって小さな小さな声でそう囁いたのだった。
程なくして昨日の地点に到着し、台車を下ろすとチラがノルとサミューに聞いた。
「えへへ、ボクえらい?」
ノルとサミューはそれぞれ手に持っていた物を台車の上に置くとチラの頭をポンポンと撫でる。
「えらいわよ〜、チラちゃんのおかげでお仕事を早く始められるわ」
「ああ、本当に助かった。 それでは俺は魔物狩りへ行って来る」
ノルとチラは魔物狩りへ向かうサミューに手を振ると、改めて周辺の植物の状況の確認を始めた。 どうやら傷付いてしまった部分が回復する見込みは薄そうだが、根本に近い部分から出ている新芽は昨日のノルの演奏の影響か、僅かに膨らんでいるように感じられる。
『これなら思い切って傷付いてしまった部分を切り落として、新芽に栄養を回した方がいいかもしれないわ』
そう考え台車に置いてあるノコギリを手に取ったが、ハサミが見当たらない。
「チラちゃん、ハサミ知らない?」
ノルは台車の荷物を改めて確認しながら、直ぐそばでしゃがみ込んで虫を見ているチラに聞いてみると、少し間が空いて「サミューが持ってるかも、ボク聞いて来るねー!」との答えが返ってきた。
「えっ?」
ノルが顔を上げたときにはチラの姿は既に見えなくなっていた。