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妖精とまたたきの見聞録  作者: 甲野 莉絵
2章 大自然の孤島ラタンド島
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132話 訪問者

 その晩エアはホテルの外から魔力を感じた気がして目を覚ました。 意識を集中させ辺りを探知してみるとやはり魔力の流れを感じた。 エアは光の粒になってノルの体から出ると窓の側で実体化する。 窓に片手を付けて外を見ていると、風が窓をカタカタと揺らした。


『もしかして俺を呼んでる?』


 少し躊躇ったが意を決して窓を開けバルコニーへ出ると、魔力が乗った風がエアの髪をくしゃくしゃにした。


『この魔力は──』


 乱れた髪を手櫛で軽く整え、風が吹いて来た方を目を凝らしてジッと見る。


『あそこに居るのか……』


 術者はカスミ山の裾野にいるらしい。 エアは直ぐにでも飛んで行き、話をつけたいという衝動に駆られたが、今のこの体であの距離は満足に飛べないだろう。 それに人間に見られる可能性がある以上、ノルやチラやサミューのためにも危険は犯せない。


 そんなエアの心情を知ってか知らずか、再び風が吹きエアの髪を遊ばせた。 乱れた髪をそのままにしてバルコニーの手すりを握りしめ、カスミ山の裾野を睨む。 すると風に乗って紙飛行機が飛んで来た。


 ヒューッと側を通り過ぎて行こうとする紙飛行機を慌ててジャンプして受け止め、尻餅をついた。 エアは恥ずかしさで赤くなりながら周りを見回す。 幸い誰にも見られなかったようだ。 ホッとしたせいか、思わず小声で呟きながら立ち上がり尻を叩く。


「イテテ……そ、そうだよな、誰も見てるはずがないだろ〜」


 運動神経が良いエアは万全な状態ならこの様な失態は犯さない。 だが今の小さなこの体は実際の体の大きさと違う事で感覚のズレがあり思う様に動かしづらいのだ。 握りしめた紙飛行機を見ると、文字が書いてあった。 どうやら手紙になっているようだ。


 紙飛行機を広げると、そこには“近いうちに直接会って話し合いがしたい。 こちらから出向く”といった内容が書かれていた。 差出人は書かれていないが、エアには紙飛行機を運んで来た風の魔力で誰からの手紙か分かっていた。 手紙の差出人の事を考えるとまずは1対1で話した方がいいだろう。


『ノルたちは確か明日は観光に行く予定だったよな。 ……明日合うしかないか』


 客室に備え付けられたペンで返事を書くと、何処からともなく吹いて来た風がエアの手から返事をもぎ取ってゆく。


「あっ……。 もうっ! 何なんだよ、紙飛行機折って飛ばしてみたかったのに!」


 エアはつまらなそうに小声で悪態を吐き、鼻息も荒く部屋に戻る。 窓を勢い良く閉めそうになり、慌てて力を緩めてそっと閉めた。 ノルとチラを見ると変わらず気持ち良さそうに寝息を立てている。


『あぶねー、ノルとチラを起こしちゃうとこだった』


 エアは布団を剥いでいたチラに布団を掛け直し、ノルの中へ戻って眠った。



            ♢♦︎♢



 翌朝エアは、ロナに付いて観光へ出掛けて行く3人を物陰からそっと見送った。 扉に耳を付け4人が居なくなった事を確認しながら朝の会話を思い出し、ため息を吐く。 どうしても3人と別行動を取りたかったエアは出かける準備をするノルにこの様な嘘を吐いたのだ。


「スプリッチではノルの中にいても人混みで酔っちゃったんだ。 だから俺は部屋に残るよ」


 その事をサミューにも知らせると、扉に掛かっていた“掃除は不要です”と書かれた札を手渡された。


「この札を外側のドアノブに掛けておけば、ホテルの従業員は部屋に入って来ないはずだ。 万が一にでもエアの正体がバレるような事は避けた方がいいだろう?」


 心配してくれた3人を見て良心が痛んだが、背に腹は変えられない。 エアは手に持った“掃除は不要です”の札を外側のドアノブにかけると、ベットで寝転がり大の字になった。


「いいなー観光、俺も行きたかったなー」


 ため息と一緒に思わず声が出る。 嘘を吐いたのは仕方のない事だと割り切りはしたが、いざひとりになるとつい色々な事を考えてしまう。


『あ……ついひとりになるためにあんな嘘を吐いちゃったけど、あれってよく考えたらマズくないか? 今後俺は人が多いところには行けないって事だよな……?』


 などと考えひとりで頭を抱えていると、部屋の扉が開く音がした。 エアがムクリと起き上がり振り返ると、吟遊詩人のコーネリウスが扉をそっと閉めたところだった。 暗がりにいるためその様子ははっきりとは分からないが、カチャリと音がした事から考えると後ろ手で鍵を掛けたようだ。


「エア様、部屋に鍵を掛けていないとは、いささか無用心だと僕は思うのですが」


 残念だと言わんばかりの表情で首を横に振るコーネリウスをエアは睨む。


「お前が来たいと手紙を寄越したから、わざわざ鍵を開けておいたんだ。 それに俺たち妖精族は鍵がかかっていようと関係無しに魔法で開けられるんだから別に良いだろ!」


 ベットから腰を浮かしそう叫んだエアの口をコーネリウスが一足飛びに近付き塞ぐ。


「ふふ、やはり無用心ですね。 あまり大声で妖精族と叫ばれますと周りに聞こえてしまいますよ」


 エアは目の前にいるコーネリウスをキッと睨み付けその手を振り払った。


「スプリッチの港であれだけ際どい事を言っていたお前にだけは言われたくない!」


 だがエアは自分の弱い力でもコーネリウスの手を簡単に振り解け、力無くベッドに倒れ込む様子を見て心配になる。


「お、おい、大丈夫か?」


 コーネリウスは片手を目に当て苦笑した。


「ハハ……情けないところをお見せしてしまいましたね。 実はノルさんがラタンド島へ行くと風の噂で聞きつけ、僭越ながらエア様のお体が心配になり追って来たのです」


 コーネリウスはのそりと起き上がり、エアの手をキュッと握る。


「本日はエア様にお願いがありこちらに参りました。 どうかこの島から早々にお引き取り願います。 実はこの島の火山からは我々妖精族にとって有毒なガスが発生しているのです。 とは言えただの噂程度でしたので、初めは僕もエア様の世界を旅するという夢を邪魔しないよう、秘密にしていたのですが噂は本当だったようで……」


 コーネリウスはゴホゴホと咳をした途端、立ちくらみを我慢するかのように額を押さえる。 エアはますますコーネリウスが心配になった。 思い返せばコーネリウスはこの部屋に入って来たときから声に力が無い気がする。


「わ、分かったよ。 ノルとサミューに仕事を早く終わらせるよう掛け合ってみる。 お前は早くこの島から出ろ」


 コーネリウスはゆらりと立ち上がり、じっとエアを見据えた。


「それではダメなのです! エア様はその……失礼ながら、まだお体が万全では無い状態でいらっしゃいますし、ノルさんも妖精族の血を引いてらっしゃる。 お2人だけでも一刻も早くこの島から脱出していただきたいのです!」


 コーネリウスは額に脂汗を浮かべ、頭痛を我慢するように両手を握りしめている。 自分の声が頭に響くのだろうか。


「一刻も早くこの島から脱出した方がいいのはお前の方だ! とりあえず少し休め、外にいるよりはまだマシだろ?」


 コーネリウスをベッドに座らせ水を手渡す。


「ありがとうございます」


 だがエアは水を飲むコーネリウスの顔を見て違和感を感じていた。

次回の投稿は8月25日の予定です。

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