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妖精とまたたきの見聞録  作者: 甲野 莉絵
2章 大自然の孤島ラタンド島
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131話 植木屋で

 温室に入ると花と草、土の匂いがふわっと鼻先をくすぐった。 台の上には目にも鮮やかな緑色の多肉植物や、深緑のツヤツヤした葉を付けた木、甘い香りのする大輪の花を付た植物、ふっくらグネグネしている不思議な形をした木など沢山の種類の植物の植木鉢が置いてある。


 温室の中は日差しが溜まって暖かいが、少し眩しい。 ノルは温室のガラス天井を見上げて目を細めた。 天井からは植木鉢がいくつもぶら下がっており、それぞれ色の違う花がこんもりと咲いている。 蝶や蜂が花々の間を飛び回る様子は、まだ寒さが残る時期だが春の訪れを予感できた。


 目を輝かせて温室内を見て回ろうとするノルとチラにロナがさりげなく声をかける。


「資材の注文をするのでしたら、あちらのカウンターに参りましょう」


「はっ……そうね!」


 今回ノルが植木屋へ来た理由は、カスミ山の植物を回復させるのに必要な資材を注文するためだ。


 カウンターへ向かう途中にある別棟には大小様々で色とりどりの切り花が所狭しと並んでいた。 またドライフラワーを使った飾りや植物の種や球根も売られている。 そういった品を土産に買い求める観光客も多く見られた。


 実はラタンド村に植木屋はここ1件しか無い。 この村の住民は植木など買わなくてもいつでもラタンド島の大自然を満喫できるからだ。 またすぐ側の原生林から植物を採取して来て思い思いに家で楽しむ住民も多い。 そのため植木屋に来る住民は今回のノルのように肥料などの資材を買い求めに来る事がほとんどだ。


 植木屋がある1番の理由は、ラタンド村の住民を相手に商売するためでは無く、この島の植物を輸出するためだ。 ラタンド島の原生林にはここにしか無い貴重な植物が多く自生している。 南国独自の雰囲気や力強さ、色鮮やかさや可憐さを持つそれらは島の外でも大変人気なため一部を輸出しているのだ。 実際ここにいる観光客の中にも気に入った鉢植えを見繕い、家へ配送してもらう人もいるだろう。


 もちろん例外的に島の外へ出す事が出来ない植物もある。 カスミ山中腹より上に自生する貴重な種などだ。 輸出するにあたって島の生態系を壊してしまっては元も子もない。 そのため採取する植物の量をラタンド村としても管理しやすいよう、植木屋に一任されているのだ。


 ノルが近付くと、カウンターの向こうに居る青年が優しそうな笑顔を浮かべた。 その笑顔を見て思わず名乗りそうになる。


『ハッ! いけないいけない、これは村長さんに頼まれた秘密のお仕事よ、自己紹介をしたら怪しまれるわ。 そうよ、秘密なんだから』


 これから注文しようと思っている品は弱った枝を切るハサミとノコギリ、植物の傷口に塗る癒合剤、折れた部分を支える添木や支柱、それらを固定する包帯やロープ、木の状況に合わせた肥料数種類だ。 それぞれかなりの量になるだろう。 自分達の事情を明かせば楽だがそうもいかない。


「ええっと……」


『秘密のお仕事ってかっこいいけど、楽じゃないわね……』


 口ごもるノルとカウンターから顔を覗かせるチラ、その斜め後ろに立つサミューとロナを見て、植木屋の青年は声を潜めてノルに尋ねた。


「もしかして村長さんの依頼を受けてくださったノルさんですか?」


 ノルはパッと明るい表情になりコクコクと頷く。


「はいっ、そうです!」


 植木屋の青年はノル、チラ、サミューを見ておっとりとした笑顔で頷いた。


「村長さんの秘書さんに『きっとノルさんという女の子が訪ねてくるだろうから、そのときは力になってあげてください』って言われていたんですよ。 それで僕は何をすればいいですか?」


「えーっと、枝切りバサミとノコギリ、癒合剤、添木、支柱、包帯、ロープ、それから植物の状態に合わせて肥料を数種類お願いします」


 ノルの注文を聞いて植木屋の青年はメモを取り、店の在庫資料と照らし合わせてゆく。


「分かりました。 今言われた大体のものは直ぐにお渡し出来そうなんですが、癒合剤と支柱の在庫が殆ど無くて、ちょうど島の外から取り寄せているところなんです。 届くのは明後日の朝の予定です」


「分かりました、明後日の朝ですね?」


「ええ。 どうしましょう? 他の注文の品は今お渡ししますか?」


 ノルは少し考えて首を横に振る。


「明後日の朝、癒合剤と支柱と一緒に受け取ります」


「承りました。 それでしたら、明後日の朝そのまま運んで行けるように台車に乗せて用意しておきます」


「わぁ、ありがとうございます。 よろしくお願いしますね」


 4人は植木屋を出るとその足で村役場へ向かった。


「明日は山へ行かれるのですか?」


 ロナの質問にノルはサミューを見る。


「そうですよね、どうしよう。 サミューは行くの? やっぱり私もお仕事だから行った方がいいのよね?」


 ノルの言葉で何を考えているのかを察したサミューは質問を返す。


「癒合剤と支柱が無くて出来る作業はあるのか?」


 ノルとチラは顔を見合わせた。


「草むしりくらいかな?」


「うん、そうだね」


「そうか、それなら明後日に備え英気を養うという事にして、行かなくても良いのではないか? 明日は俺も行かない事にする。 村長にはお前が作業している間の時間に魔物を狩れと言われただけだからな」


 3人の意見がまとまったところで、ロナが待ってましたと言わんばかりに手を叩いた。


「それでは皆様! せっかくリゾート地として有名なラタンド島へ来たのですから、明日はこの島の観光に参りませんか? もちろん私がご案内致しますので!」


 そう意気込むロナの勢いに押され3人は頷く。 それから少し歩いて村役場に到着し、受付で村長に伝えたい事があると言うと直ぐに秘書が出て来た。


「申し訳ありません。 只今村長は席を外しておりまして、代わりに私がお伺いして村長に伝えましょう。 ここで立ち話もなんですのでこちらへどうぞ」


 4人は空いている小さな会議室へ通された。


「どうぞ」


 村長の秘書が4人の前にお茶が入ったカップを置く。


「ありがとうございます」

「ありがと!」


 元気にお礼を言うノルとチラ、会釈をするサミューとロナを見て村長の秘書は微笑み話を促した。


「皆様が村長へ伝えたい話とはどのようなものでしょうか?」


 ノルは机にカスミ山の地図を広げ背筋を正して話した。


「朝この地図を貸してもらったときに、魔道具を設置した箇所は地図上にこのような丸印を付けていると言っていましたよね? だから地図上の丸印と実際カスミ山に設置されている魔道具の数は同じだと考えて間違いありませんか?」


「ええその認識で間違いありません」


 ノルは秘書の返事を聞いて小さくため息を吐いた。 あの魔道具は勝手に地面から抜ける様な物では無い。 万一山の動物が抜いたとしても持ち帰る事はまず無いだろうし、それ以前に魔物が居る山の開けた場所には近付かないだろう。 そう考えると人為的に持ち去られたという事になるのだ。


「……やっぱりそうですよね。 実は地図にある丸印よりカスミ山に設置されていた魔道具の数が3つ少なかったんです」


 村長の秘書は目を見開いた。


「な、何ですって!? ……コホンッ、失礼致しました。 ご報告ありがとうございます、村長が戻り次第、至急伝えさせていただきます。 私はこれで失礼致します」


 話が終わると4人で“ホテルクレイドル”へ戻った。

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