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妖精とまたたきの見聞録  作者: 甲野 莉絵
2章 大自然の孤島ラタンド島
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129話 カスミ山の状況

 ロナと別れ3人でロープウェイに乗ると、ノルとチラはそわそわしながら窓に両手を付けて外を眺めた。


「すっごーい! 裾野からカスミ山までずっと原生林が続いているのね。 もふもふとした緑の絨毯みたい」


「えー? 木は絨毯にはなれないんだよ」


 ノルは山肌の木々を絨毯と形容した自分の言葉を聞いて心底不思議そうに首を傾げるチラを見て、ふとサナリスの森を思い出していた。 サナリスの森の木々は今の時期、針葉樹以外は枝ばかりで一見寒々しいが、よく見ると枝に付いた小さな新芽が春の準備を進めているのだ。


 一方窓の外から見えるカスミ山の木々は今は冬なのに青々としている。 ここがスカベル村周辺とは違う気候なのだと改めて実感できた。


 カスミ山中腹に到着しロープウェイを降りると3人は入山登録を済ませた。 ロープウェイの乗降所が管理事務所になっており、その横には大きなゲートがある。 ここより先はロープウェイが無く、天候も変わりやすい。 悪天候になると入山規制となりゲートが封鎖される。 そのためカスミ山中腹から上を目指す人は管理事務所で入山登録を済ませなければならない。


 ゲートを通り抜けるとノルは深呼吸をして、緑の香りがするしっとりとした空気を吸い込む。 今日は風も穏やかで良い登山日和だ。


 ここまでロープウェイに乗って登ってきたため体力は万全だったノルは、半分ピクニックのようなルンルン気分で登山道を登っていた。 背の高い木々が枝葉を広げており、その間から木漏れ日が差し込んでいる。 原生林の中を通る登山道は足場が悪い急な坂だが、そんな道でも美味しい昼食の事を想像するとへっちゃらだ。


 鼻歌混じりに山を登って行くと、登山道から外れた原生林の中に太くゴツゴツとした不思議な見た目の木が多く見られた。 見ていると力強さを感じる。


 だが背が高い木が減り、低木が少しづつ増え視界が開けてくるとカスミ山の惨状が明らかになった。 見渡す限り彼方此方の木が被害を受けており、痛々しい。


 根本からボッキリと折れた木や、幹が大きく抉れた木、半分ほどが根こそぎ持ち上げられてしまった木。 土も至る所が捲れ上がり凹み、辺りはめちゃくちゃな状態だった。


 まるで嵐が通り過ぎた後のようだ。 いや、嵐でもここまで酷くはならない。 いったい魔物はどれほどの勢いで暴れ回ったのだろうか。


「想像していた何倍も酷いわ……」

「うん、凄く痛そう……」


 あまりの状況に呆気に取られるノルとチラの斜め前でサミューが地図を見ながら呟く。


「……ん? おかしいぞ、地図によればここら辺に魔道具が設置されているはずだが見当たらない」


「えっ……?」


 ノルも慌ててサミューが持った地図を覗き込む。 確かに山の中腹にあるゲートから登山道を登って初めに辿り着く開けた場所、つまり3人がいるこの周辺に魔道具を意味する丸が幾つか書き込まれている。 念の為周辺を確認してみると、地図の丸より3つ魔道具が少ない事が分かった。


「魔道具の数が減って結界が弱まった所から魔物が入って来て更に荒らしたのかしら?」


 改めて周りを見回し、ノルはしょんぼりと肩を落とした。 木の気持ちを考えると胸がキュッと痛む。 魔物に傷付けられ、やっと落ち着いたと思ったところで再び傷つけられたのだ。 俯くノルの服をチラが引っ張った。


「……チラちゃん、どうしたの?」


「ノル、見て!」


 チラが指さす方を見ると、折れた木の無事な部分から新芽が顔を覗かせようとしている姿が見えた。 まだ固く縮こまっていて小さいが、それだけでズーンと重たくなっていたノルの気持ちを上向けるには充分だ。 目を凝らすと他にもちらほらと新芽が見える。 自然の強さにノルは元気をもらった。 チラが再びノルの服を引っ張る。


「ノル、笛を吹いてほしいな。 ここの木達はどうやったらもっと早く元気になれるかボクに伝えようと必死なんだけど、元気が無くてすごく声が小さいの」


 ノルはコクリと頷き、低木を踏まないように、せっかくの新芽を服で擦ってダメにしてしまわないよう気をつけながら少し高い場所へ立つと笛を吹いた。


 するとふわりと風が吹き、柔らかくあたたかで優しい音色を遠くまで運んで行く。 まるで朝起きて、めいいっぱい伸びをした後のような軽やかで元気な気分になる音だ。 植物の力強さに元気をもらったため、それをお返ししようという気持ちを込めて吹いていたが、笛を吹いているノル自身もさらに力が湧いてくるようだった。 演奏を終えると、先ほど通り抜けて来た登山道の木々が風でざわめき、まるで山から拍手をもらったような気分になった。


 気付くと本当の拍手の音も聞こえる。 3人が音のした方を見るとロナが惜しみない拍手をこちらに送っていた。 その足元には敷物が敷いてあり、大きな弁当箱や取皿が置いてある。 どうやら昼食のセッティング中だったようだ。


「やはりノル様の笛の音は素晴らしいですね」


 ロナはうっとりした様子でそう言ったが、ハッとした様子で続けた。


「いけない、私ったら……皆様は私の事は気にせず作業を続けてくださいませ。 昼食の準備が出来次第、お呼びします」


「ありがとうございます。 お昼楽しみにしていますね!」


 3人はとりあえずこの辺りの魔道具を均等な間隔で配置し直す事にした。 効果は多少薄くなってしまうが、今現在の結界の切れ目があるような状態よりはマシだろう。


 杭の形をした魔道具は一度地面から引き抜かれると自動的に効果が切れるようだ。 引き抜く事、ただ地面に差し込む事だけなら誰にでもできるが、もう一度結界を張るのにはシャーマンが地面に刺さった魔道具に祈りの力を込める必要がある。 チラとサミューが地図を見ながら魔道具を等間隔に配置し直す。


「それでは頼んだ。 昼飯までさほど時間はかからない様だから俺はその辺で草むしりでもしている。 何かあれば呼んでくれ」


「分かったわ。 ありがとう、よろしく」


 ノルは頷くと、地面に刺さっている魔道具に片っ端から祈りの力を込めていった。 この辺一帯を囲う様にぐるりと刺さった魔道具に祈りの力を込めて周るノルの後を、チラは楽しそうに付いて歩く。


 丁度作業が終わる頃にロナから「昼食の準備が出来ました」と声をかけられた。


「じゃあボクはサミューに知らせて来るね!」


 チラの背中を見送ると、ノルは待ってましたと言わんばかりにロナについて行く。 作業自体は早く終わったのだが、魔道具に祈りの力を込めるという行為は思いの外消耗したのだ。 ノルは用意された昼食を見て目を輝かせた。 色々な種類の料理が少量づつ大きな弁当箱に盛り付けられている。 ウインナー、ポテトサラダ、マカロニサラダ、ローストビーフ、ムニエル、キノコのソテー、具沢山のサンドウィッチ。 どれも美味しそうだ。


『やっぱりみんなで食べた方が何倍も美味しくなるはずよね!』


 ノルは早く昼食を食べたくてウズウズしながら、チラに手を引っ張られながらこちらへ歩いて来るサミューにかけ寄り、空いているもう片手を引いた。


「ほら、早く早く! お昼ごはんが私たちを待ってるのよ!」

「そうだよ!」


「ま、待て、そんなに急がなくても昼飯は逃げないだろ」


 よだれを垂らすノルと元気いっぱいなチラに手を引かれ、サミューはオロオロしながら付いて行く。 ロナはその様子を微笑ましく見守りながら、コップに人数分のお茶を注いだ。 3人が敷物に座ると、ロナはお茶と取り皿をそれぞれに手渡した。


「さあ、お召し上がりください。 ……と言っても私が作った物では無いのですがね」


 テヘッと笑うロナにノルは首を横に振る。


「私たちのためにお昼ごはんを持ってカスミ山に来てくれた、それだけでとっても嬉しいです! ありがとうございます、だけど重かったですよね?」


「いいえ、ロープウェイを降りたところから聞こえたノル様の笛の音のお陰で、まるで羽でも生えたかのようにスイスイと山道を登ってくる事が出来ました」


 チラがサンドウィッチを食べながら頷く。


「うん、ノルの笛はすごいの! いっぱい練習したもんね!」


 ノルが照れながら頷くと、ロナは感心したように言った。


「シャーマンだから成せる技とばかり思っておりましたが、ノル様の弛まぬ努力の賜物でもあるのですね!」


「そんな〜、弛まぬ努力だなんて〜」


 ノルはロナの言葉にますます照れて赤くなったが、その隣でサミューはロナの言葉に疑問を感じていた。

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