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妖精とまたたきの見聞録  作者: 甲野 莉絵
2章 大自然の孤島ラタンド島
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128話 たぬき親父

 サミューが温泉から上がったその頃、村長は自宅の居間で秘書に花茶を淹れてもらっていた。


「しかし驚いた。 ラナシータ殿から紹介されたノル殿というのが、あのような年端もいかぬ娘っ子だったとはな。 あの娘っ子がカスミ山の植物を回復させられればなんの問題も無いが、もしそうでなければ……。 わしはラナシータ殿に騙され、実力があるかも怪しい娘に依頼を出してしまったダメ村長という事になるではないか!」


 頭を抱える村長に秘書がそっと花茶を差し出す。


「……村長お言葉を返すようですが、あのラナシータさんの紹介ですよ。 私には彼女がエセシャーマンを紹介するような人物だとはとても思えません」


 村長は花茶が入ったカップを見ながら難しい表情をした。


「そうは言っても、やって来たのはあの娘っ子なんだぞ? 花茶はこの村の大切な収入源だ。 それが無くなれば村の維持は厳しいものになるだろう。 それにこのまま放っておけばラタンド村の住民が好きな時に花茶を飲めないなどという状況が起きる可能性だってある」


 村長はゴクリと花茶を飲み、続けた。


「……そうならないためにも今は藁にも縋る思いであの娘っ子に賭けてみるしかない。 幸いあの娘っ子がシャーマンだという事はわしとお前だけしか知らないからな、わしの威厳を保つためにも誰かに漏らすんじゃないぞ。 それから植物を回復させるには植木屋の助けが必要になるだろう。 植木屋に声をかけておけ、シャーマンの件は伏せてだぞ」


「はい、村長」


 村長は真面目な顔で頷く秘書を見て軽くため息を吐く。


「まったく、家では村長ではなくお父さんと呼びなさいといつも言っているだろう? 娘のお前に家に帰って来ても村長と呼ばれ、敬語で話されると家でも仕事をしている気分になる」


 村長の娘は父親の前に花茶が入ったポットをそっと置いた。


「はいはい、私は寝るわ。 お父さんもあまり夜更かししないでね、もう若くはないんだから。 おやすみ」


「……わしはまだまだ若いんだ」


 自室へ引っ込む娘を見ながら村長はボソリと呟いたのだった。



            ♢♦︎♢



 翌朝3人は朝食を食べ終わりノルの部屋のカウチソファに腰掛けてカスミ山の地図を見ていた。


 先ほど村長の秘書がカスミ山周辺の地図と予備の魔道具を持って部屋を訪ねて来たのだ。 ノルに村長の非礼を詫びて帰って行ったが、ノル自身は特に気にしていなかった。 確かにあの村長は少し苦手だが、無礼な扱いを受けたとは特に感じない。


 シャーマンという仕事を胡散臭く感じている人が一定数いる事は自分でも理解している。 ましてや自分は子供だ。

 実力で信用を得るのは当たり前だと思っているし、今までもそうしてきたため自信があった。 だが植物を回復させる事がシャーマンの仕事なのかは内心疑問だったが。


 秘書が帰るのと入れ違うようにロナが食後のお茶を持って部屋を訪ねて来た。 チラはサミューの膝の上でロナにもらったドライフルーツを食べながら、ご機嫌な様子で両足をパタパタさせている。 ノルはドライフルーツを飲み込むと、地図を指さした。


「それで、この丸がついている箇所がラナシータさんの魔道具の結界がある範囲内ね。 こうやって見ると思ったより広いわ」


「そうだな、この丸同士を囲んだ結界の中には魔物が入れないという話だった。 しかし中腹から山頂までの間とは言え結界の範囲外も多いな……。 カスミ山は確か2000メートル級の標高がある山だ、その様な高地でこの広い範囲を駆けずり回れと言うのか、あのたぬ──」


 サミューは『たぬき親父』と言いかけて慌てて飲み込む。 ノルとチラの前で汚い言葉を使ってはいけない。


 昨日の夜レストランで夕食を食べているときノルとチラに「男の人が狼になるってどういう事? サミューもなる事があるの?」とまあまあ大きな声で聞かれた。 キラキラした目で悪意無く公衆の面前で聞いてくるのだから恐ろしい。 飲んでいたスープで盛大に咽せたが、不幸中の幸いか話題をすり替える事が出来た。


 ここでうっかり『たぬき親父』などと言えばその意味をチラは自分かノルに尋ねるに違いない。 恐らくノルはたぬき親父の意味を教える。 そしてチラに村長を指をさしながら『あっ、たぬき親父のおじいちゃんだー!』などと言われた日には……。


『ああ、考えるだけで恐ろしい。 最悪の事態は避けねばならない!』


 サミューは咳払いをして地図に視線を落とした。


「ま、まあ確かに広範囲ではあるが2ヶ月あるからな、どうにかなるだろう」


 サミューは内心『たぬき親父は誤魔化せたか?』などと思っていたが、そんな自分が恥ずかしくなるような神妙な面持ちでロナは頭を下げた。


「ええ、カスミ山の中腹から山頂にかけては標高が高い故の特殊な植生も多いですのて、よろしくお願い致します。 山の裾野にも同じ種類の植物はありますが、空気の薄さや温度、湿度など厳しい条件で生きて行けるよう適応した種や、植え替えを嫌う種も多いもので……」


「承った」


 サミューが頷くと、ロナは地図の丸が書き込まれた範囲を指さす。


「それからノル様にお願いするここの範囲は特に貴重な植物であったり、成長が遅い植物の自生地ですので、こちらの魔道具を設置したのです」


 ロナがテーブルに置いてある杭のような形の魔道具を手で示す。 ノルは魔道具を手に取ると良く観察した。 どうやら特定の範囲をこの杭で取り囲み、シャーマンの祈りの力で発動する物のようだ。 杭の数が少なくても効果を発揮するが、多い方がその効果は強く安定するらしい。


「ですが植物を魔物に傷つけられてしまってからの設置でしたので、私達も手を尽くしたのですが回復の見込みが薄くて……」


「分かったわ、私頑張ります!」

「チラも、チラも!」


 鼻息も荒くそう言うノルとチラを見てロナは微笑んだ。


「よろしくお願いします」


「そうと決まれば、いつまでも地図と睨めっこをしていても仕方無い、カスミ山へ向かうとするか。 先ずは中腹の結界の中からだな?」


 サミューがそう言うとノルとチラそして何故かロナも頷いた。 何故ロナが頷くのか不思議に思いながらノルとサミューが見つめると、2人が考えている事を理解したのかロナが言った。


「後ほど昼食をお持ちさせていただく予定ですので」


「えっ、そこまで気を遣っていただかなくても結構ですよ〜」


 口で社交辞令を言いながらもノルの頬は緩む。


『やったー! 美味しいお昼を食べられるのね!』


 チラはノルを見ながら言った。


「ノル、『やったー』って思ってるのが顔に出てるよ!」


 ロナはそんな2人を見てニコニコ笑っている。


「村長より皆様のサポートをするよう、仰せ使っておりますから」


「そうなのね、よろしくお願いします!」


 無邪気に笑うノルとチラ、それからサミューにロナはお辞儀をした。


「それでは昼食の準備が整い次第皆様を追いかけますね」

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