126話 村役場で
「皆様、村長の準備が整いましたので、ご足労いただいてもよろしいでしょうか?」
1時間ほどしてロナが呼びに来たとき3人はテラスでのんびり、ぼんやりとお茶をすすっていた。
ちょうど水平線に夕陽が沈み辺りはピンクとオレンジ色、薄紫になっている。 温暖な地域とはいえ、これくらいの時間になってくると風がヒンヤリしてくるため花茶はだいぶ冷めていた。 だが温かさと花の香りが薄れてもフルーツの味が残っていて、これはこれで美味しい。
南国特有のゆったりとした雰囲気と波や風や木々がそよぐ音で3人は椅子にもたれかかりすっかりくつろいでいた。 少しだるい体にヒンヤリとした風が吹き付け気持ちいい。 だるく感じるのは朝から歩いて、さらに色々な事があり疲れていたせいだろう。
3人はロナを見てハッとすると、慌てて残っていた花茶を飲み干す。 貧乏くさいとも思ったが残すのは勿体無い。 アワアワしながらカップを片付けようとするノルを、微笑ましいものを見るような表情をしながらロナが止めた。
「そちらの片付けは後ほど客室係にさせますのでどうぞ、そのままでお願いします」
「あ、ありがとう……」
田舎者丸出しの自分を恥ずかしく思いながらノルは頷いた。
♢♦︎♢
「いやぁノル殿、よく来てくれたねぇ」
ビン底丸メガネをかけた背が低い老人はそう言いながら、サミューに握手を求めた。 人懐っこい笑顔でサミューに手を差し出すこの老人がラタンド村の村長だ。 それを見て秘書が慌てて耳打ちする。
「そちらは魔獣退治を頼む予定のサミュー様です。 ノル様はそちらの女の子ですよ」
「何っ? あの娘っ子がラナシータ殿に紹介されたシャーマンなのか?」
村長と秘書は声を潜めて会話しているつもりだろうが、サミューの耳には筒抜けだ。 村長は一瞬ノルに懐疑的な眼差しを向けたが直ぐに笑顔を取り繕う。
「ノル殿にサミュー殿、申し訳ない。 信頼がおけるシャーマンだとラナシータ殿の手紙に書いてあったものでな。 皆様の中で1番の年長に見えるサミュー殿が、ラナシータ殿に紹介されたシャーマンなのだと勘違いしてしまった」
『ふふ、ラナシータさんは私を信頼がおけるシャーマンだと思ってくれているのね』
照れるノルの目の前で村長はビン底メガネを外し布で拭く。 その目は意外につぶらでかわいらしい。 サミューは村長に愛想笑いを返し、僅かにため息を吐きながら天井を見上げた。
『ラナシータさんに聞かされてはいたが、やはりカスミ山の植物が傷付いた原因は魔物なのか……』
ここは村役場の中の一室だ。 ロナに付いてホテルのエントランスへ行くと、そこで待っていた村長の秘書に案内役を交代しここまで連れて来てもらった。
ノルはニコリと微笑むと村長に握手を求める。
「ノルです、よろしくお願いします」
初めての依頼人なのだ、印象良く振る舞わねば。 もっとも村長がサミューの事をノルと勘違いした時点で、部屋には微妙な空気が漂っているのだが……。
村長本人はテヘッと笑い、ノルの手を握る。 先ほどの間違いは無かった事にしたようで、机の上の膨らんだ巾着をちらっと見た。
「この村の村長としても、わしとしても1番の願いはフラワーフェスティバルを成功させる事だ。 そのためにも、そこの報酬がきちんと皆様の手へ渡る事を祈っておるぞ。 ところで皆様はフラワーフェスティバルについて知っておるか?」
「ええ、ラナシータさんに教えてもらいました。 でもカスミ山から花が降って来る、くらいの事しか知りません」
ノルがチラとサミューを見ると2人とも頷いた。
「うむ、まぁその認識で間違いない。 フラワーフェスティバルとは簡単に言えばこの村の収穫祭なのだよ。 フラワーフェスティバルの時期になるとカスミ山では競うように色々な種類の花が咲く。 その花が島の外からカスミ山を超えて吹く季節風によって飛ばされてこの村に降って来るんだ。 ひんやりと乾燥した季節風によって花の水分が飛ばされて、ちょうどこの村に辿り着く頃には花茶にするのに最適な塩梅になっておる。 それを集めて花茶に向く物と向かぬ物、薬効がある物を選別して売るのだよ。 それにカスミ山から色とりどりの花が降って来る光景は美しい、その光景を見るために観光客が更に増える。 もう分かってもらえたと思うが、この村にとってカスミ山の植物はとても大切な資源なんだ」
ノルはこの村長をほんの少し苦手に思った。 学校で街や村を維持していくには大金が必要だと教わった。 そのためカスミ山から得られる収入が大切な事は分かっている。
だが村長の言い方だとまるでカスミ山の植物を村の物のように捉えているように感じられた。 自然は様々な生き物へ持ちつ持たれつに恩恵を与えるのであって、人間だけの物ではない。
「そういう訳で、ノル殿に頼みたい事は魔物の被害ですっかり弱ってしまったカスミ山中腹から山頂付近の植物を2ヶ月の間に元気にする事だ。 ついでと言ってはなんだが、サミュー殿にはカスミ山中腹までのノル殿の護衛及び、ノル殿が作業をしている間の空いた時間にカスミ山の魔物を駆除して欲しい。 早速明日からでも取り掛かってくれ。 それから、村民はカスミ山の植物が傷付いた事は知っておるが、それが魔物のせいだとは知らん。 余計な不安を煽らぬためにもお2人に依頼を出した事は限られた者しか知らぬし、ノル殿がシャーマンだという事はここにいる者しか知らぬ。 くれぐれも内密に頼むぞ」
ノルは「秘密のお仕事ですね、何だかカッコいい響きですねー!」と元気良く頷いたが、サミューは僅かに眉を顰めた。
「ノルの護衛は言われなくてもするつもりですが、あなたは魔物がいる山で俺に仲間を放って魔物狩りをしろと言うのですか?」
「それについては心配要らん、ノル殿に作業してもらう場所はラナシータ殿に設置してもらった魔物避けの魔道具の結界の中だ。 それに皆様の滞在費はわし持ちなんだ、その分しっかりと働いてもらうぞ」
そう言われてしまうとノルもサミューも何も言えなくなってしまう。 何を隠そう滞在費とは別に報酬もしっかりと用意されているのだ。
『あんなに良いお部屋に泊めてもらえるんだもの、ちょっとくらい危険なのはしょうがない事よね。 それにチラちゃんとエアがいるから大丈夫!』
そんなノルの心情を知ってか知らずか村長はひと言付け足す。
「言い忘れておったが、フラワーフェスティバルが大成功したあかつきには報酬を2倍にするからな。 言っておくがただの成功では無いぞ、大成功だからな?」
カッと目を見開いた村長の圧にノルが気圧されていると、チラがビシッと手を挙げた。
「はいっ! ボクのお仕事は?」
村長はビン底丸メガネをクイっとさせながらチラを見る。
「そうだな……坊やはカスミ山の植物をよーく観察して、植物の事を良く知って好きになりなさい。 それからノル殿が困っているときは手を貸してやるのだぞ」
村長の返事を聞いてチラは満面の笑みで頷く。
「うんっ、分かった!」
チラに嫌われていないという事は、この村長は悪い人では無いのかもしれない。 ノルはふとそんな事を思った。
「おっと、話しているうちに外はすっかり暗くなってしまったな。 夕食は“ホテルクレイドル”のレストランに用意させよう。 あそこには温泉もあるからな、食事の用意が出来るまで温泉にでも浸かって明日からに備え、旅の疲れを癒しておいておくれ。 話は以上だ」