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妖精とまたたきの見聞録  作者: 甲野 莉絵
第2部 1章 1年後
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118話 タコ

「スプリッチはこっちだ」


 サミューは右側の下り坂を指さす。 坂の下には海岸から扇状に広がる白壁の建物が並ぶ街が見えた。


「なぁ、港町って人が多いのか?」


 エアにそう聞かれ、サミューは頷く。


「ああ、各地から自ずと集まって来るから人は多い方だろうな」


「……だよなー。 俺まだ本調子じゃないから、人混みの中を歩くのは疲れるみたいなんだ。 残念だけど俺はノルの中にしばらく戻る事にするよ。 また頃合いを見計らって出て来るからさ」


 エアはそう言うとパッと光の粒になりノルの中に消えた。


「それならエアの分まで港町をたっぷり楽しまなくっちゃね!」


 頷き合うノルとチラにサミューが呼びかける。


「いや、スプリッチはラタンド島へ行くための中継地点なのであって、長居はしない予定だぞ」


「それじゃぁ、少しでも早く着いてスプリッチを楽しむためにも急がなくっちゃ!」


「ひとりで走ったら危ないよー?」


 ノルは目を輝かせ坂道を駆け下りようとしたが、手をチラに掴まれ転びそうになる。 チラが特別強く手を引いた訳では無い。 だが根が生えたようにびくともしないチラに手を掴まれたノルはつんのめった。 体制を崩したノルをサミューが受け止めたが、再び弾かれたように慌てて手を離し視線を逸らすサミューを見てノルは首を傾げる。


『最近サミューの様子がちょっと変よね? 1年会えなかったからどう話せば良いか分からなくなっちゃったとか? どっちみち助けてくれたんだから嫌われている訳じゃなさそうね』


 ノルはあまり気にしない事にしてスプリッチへ続く坂道を下った。


 海に面した場所にあるスプリッチは“移民の街”や“音楽の街”と言われている。


 海を目指す内地の人々や海の向こう側の大陸から新天地を探し求める人々が集まり、各地の文化が持ち込まれた。 その結果多種多様な文化が混ざり合い、この街独自の文化が華開いたのだ。


 その中でも特に有名なのは音楽だ。


 大勢の人々が世界各地から集まり、自身のルーツの音楽や楽器を持ち寄った事でこの街特有の音楽文化が生まれる事となる。 そしていつしか世界各地から音楽を愛する人々が交流や腕試しのために集まった。 この街の人々の来る者拒まずな陽気な人柄も手伝った事で、スプリッチの音楽文化は更に発展したのだ。


 そのためこの街では音楽を愛する人々が様々な場所で歌を歌ったり楽器を演奏したり、踊りを踊ったりと賑やかだ。


 3人は海鳥の鳴き声と路上で楽器演奏する人々が奏でる音楽に耳を傾けつつ、海からほど近い飲食店が並ぶ通りを歩いていた。


 ちょうど昼食の準備を始める時間のようで良い匂いが漂ってくる。 食いしん坊センサーが反応したノルはキョロキョロと辺りを見回した。 ふと、ひな壇のように上へ奥へ広がっているスプリッチの街を見上げると、日差しを受けて白い建物が輝いて見えた。


「もしかしてスプリッチの建物が白いのも日差しを反射させて涼しくするためなの?」


「ああ、そう──」


 サミューが頷きかけたそのときベチャッ、ベチャッという音が聞こえた。 耳に残る何ともいえない音だ。 音がした方を見ると女の人が何かを勢いよく岩に叩きつけている。


 ノルとチラが恐々とその様子を見ていると、視線に気付いたのか女の人が手を止め2人を見た。 その人の手にはタコが握られていたが、タコを見た事が無いノルは身をすくめ、口をパクパクさせてやっとの思いでサミューに聞く。


「な、な、何あれ? あの人は何か嫌な事でもあったのかしら?」


「あれはタコという海の生き物で──」


「ええっ、生き物なの!? い、痛めつけられて身がいくつかに裂けてるわよ」


 口元をヒクヒクさせ恐々と声をひそめるノルにサミューはクスッと笑う。


「元々足が8本ある少々グロテスクな見た目をした生き物なんだ」


 サミューの説明にタコを持った女性が海水が入ったタライの中でタコをモミモミしながら付け加える。


「そうそう、それにそのままだと固いから可哀想だけど岩に叩きつけて柔らかくするんだよ。 大丈夫、ちゃんと締めてから叩いてるから」


 補足説明をしてくれた女性に苦笑しながら会釈するサミューの横でノルは、『タコにだけは生まれ変わりたくないなぁ』と思っていた。


 女性が持ったタコをじっと見つめるノルの様子を見てサミューは何を勘違いしたのかノルに聞く。


「タコ食っていくか?」


「えっ……いやっ、え、遠慮しておくわ!」


 首を横に振るノルの気持ちとは裏腹にお腹はグゥ〜と鳴る。


「遠慮するな、この街の採れたての魚介類は美味いぞ。 昨夜臨時収入も拾った事だし、少し早いが昼飯にしよう」


 タコを持っていた女性に案内され、ノルは仕方なく昼食にタコ料理を食べる事になった。


 この店は朝に獲れた新鮮な海の幸を使った料理が自慢らしい。 サミューが注文して料金を払う横で、ノルとチラは店先にある生簀を覗いていた。 エビや貝が入った生簀からはブクブクと泡が出ている。


 ふと生簀の底に転がった二枚貝を見ると、貝の間からニュ〜っと2本の管のようなものが伸びてきた。 チラが生簀に手を入れ、管を突くとシュッと引っ込む。 周りにいた二枚貝の管も一緒に引っ込んでいる。


 目を輝かせるチラを見てノルも無性に突いてみたくなった。 だが二枚貝から管はなかなか出てこない。


 仕方なく諦めて大きな水槽の方へ行くと2人は目を奪われた。 中では色々な種類の魚が泳いでいる。 ギナハラで見たような派手な色をした魚はいないが、ゆっくりとヒラヒラ泳ぐ姿を見ているのは楽しい。 何故泳いでいる魚を見ると、こんなにも気分が盛り上がるのだろうか。


 少ししてブクブク泡が出ている生簀に戻って来ると二枚貝が再び2本の管を伸ばしていた。 ノルとチラは意気揚々と生簀に手を突っ込み二枚貝の管を突いてはしゃいでいると、背後からサミューの声が聞こえた。


「お前たち、一体何をしているんだ?」


 その声はいつもより心なしか低く聞こえる。 ビクッとしながら振り返ると、腕を組み片方の口角を吊り上げたサミューと目が合った。 だがその目は笑っていない。


「え? えっと……貝を突いていたの」


「俺は何故お前たちが勝手にこの店の物にちょっかいを出していたのかを聞いている」


「そ、それは……」

「えーっと……」


 悪い事をしていたという自覚が湧いてきたノルとチラは口ごもる。


「お前たちの行為は、この店の商品の価値を落とす事に繋がるんだぞ」


「ごめんなさい、知らなかったの」

「ボクもうしない、気をつける」


 しゅんと肩を落とす2人を見てサミューは軽くため息を吐く。


「まぁ分かったのなら俺もこれ以上は言わない。 だがその貝はいずれ人に食われるんだ。 ストレスがかからない余生を送らせれてやった方が良いと思うぞ」


「えっ……食べられちゃうの?」


 少しショックを受けながらノルは席に座った。

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