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妖精とまたたきの見聞録  作者: 甲野 莉絵
第2部 1章 1年後
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117話 再びのズドーン!

『さあ治療してくれ』


 そう言わんばかりに傷口を見せるズドンリクガメが元気になるよう、ノルは願いを込めて横笛に息を吹き込んだ。 優しい笛の音を聞いてズドンリクガメは気持ちよさそうに目を細めたが、ノルは首を傾げる。


「あれ?」


 ズドンリクガメの足の血がどうにか止まったくらいで、他に大きな変化が見られない。 いつもあれくらいの傷ならば簡単に塞がっていたはずだ。


 もう一度横笛に息を吹き込んだが、やはり傷はほとんど回復していない。


 ノルは気持ちを切り替え傷薬を塗る事にしたが、とても今持っている分の傷薬だけでは傷口を覆いきれなさそうだ。 急いで手持ちの材料で追加の傷薬を調合した。


 程なくして傷薬が完成するとエアにも来てもらい、4人で手分けして傷薬を塗る。 傷薬がしみたのかズドンリクガメは顔を顰めて僅かに身じろぎしたが、大人しく薬を塗られていた。


「これで私に今できることはしたはずよ」


 ノルがそう言うとズドンリクガメが立ち上がりゆっくり瞬きをした。


「ズドンってするから気をつけてって言ってるよー!」


 チラの言葉に3人が頷き離れるとズドンリクガメが甲羅から生えた小さな翼を広げる。 するとどこからともなく風が吹き始めた。 次の瞬間、地面が激しく揺れ土煙が舞う。


 思わず目を瞑った4人だったが、手で土煙を払い目を開けるとズドンリクガメが宙に浮いていた。 それを見たエアが驚いたように叫ぶ。


「えっ!? あの亀、風魔法で飛ぶのかよ!」


 どうやら甲羅から生えた小さな翼を羽ばたかせ、風魔法を発生させて体を軽くするらしい。 そして風を呼び気流に乗って飛ぶのだが、正に言葉通り風まかせで自分で思った方向へ行けないのだ。 偶然降り立った場所に魔物用の罠が設置されており、動けなくなってしまった運が悪いこのズドンリクガメも間接的な魔物の被害者だろう。


 小さな翼を羽ばたかせ、手足で空を掻きながら夜空へ舞い上がって行くズドンリクガメに4人は手を振り見送る。 そうしてチラが移動を頼む事無く、ズドンリクガメは新天地へ旅立ったのだった。


 ズドンリクガメの影が見えなくなるとサミューはランタンを片手に抜け落ちた羽根を探し始めた。 地面に這いつくばるその背中をエアがなんとも言えない目で見ていると、ノルとチラもしゃがみ込む。


「確かお金になるのよね? 私も探すわ!」

「チラも、チラも!」


 3人がしゃがみ込んだり、地面を這ったりする姿は見ていてなんとも言えない。


「あっ、あったー!」


 チラがズドンリクガメの羽根を持ってサミューに駆け寄り「ボク偉い?」と尋ねる。


「ああ、偉いぞ。 助かった」


「えへへー」


 サミューに褒められた事でチラは俄然やる気を出している。


「チラちゃん見つけるのが早い……。 私も頑張る!」


 ノルも負けじと両手両足を地面に付けて這いつくばる。 エアはノルとチラを地面を這わせるサミューを改めてなんとも言えない目で見ていた。


 サラムの家へ戻ると依頼が完了した事を報告した。


「ありがとうございます。 あなた方にはなんとお礼を言ったら良いことか」


 サラムは妻と娘と一緒に頭を下げる。


「パインフレーク橋は私の親父がひとりで作り上げた橋なんです。 いくら良くできた橋でも素人が作った物でしょ? だから定期的な点検が必要で、一人息子の私がその役目を押し付けられたんですよ。 まったく親父は面倒くさい物を遺して逝ったものです」


 口ではそう言っているがサラムの表情を見れば、父親が作ったパインフレーク橋を大切に思っている気持ちが伝わってくる。


 この辺りには橋が無く、川を挟んだ向こう側へ行くにはかなり遠くにある橋へ歩かなくてはならなかった。 そのためサラムの父親が地域のためを思ってパインフレーク橋を作ったのだ。


 だが全くの素人が1から橋を作る事は苦労の連続だったという。 橋の材料である大量の石を集める事から始まり、型を作り石を組んでは崩れてを繰り返し、崩れない組み上げ方を模索する。


 それでも諦めずに橋を作る父親の姿を見て育ったサラムが、パインフレーク橋に愛着を持った事は当たり前の事なのかもしれない。 だがいくら愛着を持っていたとしても石橋の管理は大変だ。


 殊に今の時期は雪や川からの水分が石の間に入り、凍って溶けてを繰り返す事で石を動かすため崩れる危険がある。 そこにズドンリクガメが現れたのだ、サラムが頭を抱えたのも無理は無い。


 それから夕食を食べ皆が眠りにつくとサミューは夜の稽古をするため河原に降りた。 だが自身の稽古をこっそり覗く影がある事に気付かない。 ズドンリクガメの抜け羽という臨時収入を得て少し浮かれていたためだろうか。


 そしてひと通り稽古を終え、川の水で濡らしたタオルで汗を拭きサラムの家へ戻る頃にはサミューを覗く影も無くなっていた。



            ♢♦︎♢



 翌朝パインフレーク橋を点検したサラムからokが出ると4人はスプリッチへ向けて出発した。


 橋を渡った先では野宿をする人の姿がちらほら見受けられる。 恐らくパインフレーク橋が通行止めになっていた影響だろう。 そのため橋を渡って歩いてきた4人を見て慌てて荷物をまとめ始める人がほとんどだった。


 しばらく歩くとすっかり雪は無くなり、風が4人の髪をふわふわと遊ばせた。


「あと少しでスプリッチに到着だ」


 緩い坂道を登りながらノルは尋ねた。


「スプリッチって港町なのよね?」


「ああそうだ」


「港町って海があるのよね?」


「そうだ」


 サミューの返事を聞くとノルは道の先へ走った。


 少し暖かい風、海鳥の鳴き声、微かに聞こえる波が打ち寄せる音。 ちぎったような白い雲が浮かぶ青空と、遠くに見える深い色味の水平線。 海を見たことがないノルは心を弾ませ先へ先へと走る。


「──ま、待て!」


 ガッと肩を掴まれノルが振り返ると青い顔をしたサミューと目が合った。 すぐにサミューは弾かれたようにノルの肩から手を離す。


「そ、その先は崖だぞ」


 赤面しながら目を逸らすサミューにそう言われ下を覗き込むと、岩に当たって白く砕ける波が見えた。


 もしもサミューが止めてくれなかったら──。


 お尻の辺りから一気にぞわりと寒気が走り身震いした。

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