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妖精とまたたきの見聞録  作者: 甲野 莉絵
第2部 1章 1年後
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116話 ズドンリクガメ

 早速亀の治療のため家の外に出ると夕焼け空の中ノルはサミューに聞いた。


「そういえばサミューは安請け合いしてたけど、どうやってあの亀さんを治療して別の場所に行ってもらうつもりなの?」


「なぁに、作戦はきちんと考えている。 まず、ノルが笛で亀を眠らせる。 その隙に俺が足枷を外してノルが笛で治療したら、別の場所に移動してもらえるようチラが頼むんだ。 その間エアは誰かが来ないか見張っていてくれ。 ノルが笛を吹くところはあまり他人に見られない方がいいだろう」


ノル、エア、チラが頷く。


「作戦は分かったわ。 だけどサラムさんに何か言ってない事があるでしょー?」


 ノルの指摘にサミューはしどろもどろになりながら話題を変えた。


「そ、そういえば安請け合いなんて言葉どこで覚えたんだ?」


 前から思っていたがサミューは気を許した相手に嘘をつくのが苦手なようだ。 ノルはそれを嬉しく思いながらも、半目でサミューを見ながら返す。


「スミス先生に教えてもらったのよ」


 ノルの答えを聞いてサミューは『アイツ変な言葉を教えやがって!』と心の中で毒づいたが、話題はすり替えられなかったようだ。 先ほど僅かにサミューの肩がビクッとした事をノルは見逃さなかった。


「やっぱりサラムさんに言ってない事があるのね?」


 サミューが話題をすり替えようとした事でより疑念を深めたノルがジトっとした目を向ける。 サミューは諦めた様子でため息を吐くと、周りを見回し声を顰めた。


「……冒険者組合を通さず直に依頼を受ける事は、あまり褒められたことでは無いから黙ってただけだ。 それにあの亀はただの亀では無く、ズドンリクガメという珍しい亀なんだ。 以前資料で見た外見と似ているし、サラムさんの話を聞いて知能が高そうだと思い確信した。 甲羅に乗っていた抜け羽根、あれだけでも売れば良い値段になる」


 ズドンリクガメはその生態すら明らかになっていない事が多い。 ふざけた名前だが、それほどまでに珍しい亀なのだ。 分かっている事と言えば、その巨体で地面を踏み鳴らし激しい揺れを起こす事、甲羅から生えた小さい翼で空を飛ぶ事くらいだ。 もっとも、どう見てもあの巨体に不釣り合いな小さな翼でどのように体を浮かせるのか、その原理も分かっていない。


 フッと不敵な笑みを浮かべたサミューをノルとエア、チラはじぃーっと見る。


「どうりで何か企んでるような顔をしてた訳ね」

「コイツ普段はおじさんみたいなのに、何か企んでるときは良い顔すんのな」

「うん、サミュー悪い顔してた!」


 3人分の視線に気圧されたようにサミューは上半身を引く。 正確には暗くなり始めた中でその表情はよく分からないが確かに視線を感じた。


「なっ! 俺はおじさんでは無いし、別に悪巧みしてた訳でも無いだろ……いや企んでるのか。 ああ俺は企んでたんだな」


 サミューはいたずらっ子のように笑った。


 ノルはズドンリクガメに近付く前にかんざしを差し替えると横笛に変え、おもむろに息を吹き込む。 聞いていてどこかホッとするような心地よい、ゆったりとした旋律で辺りが満たされた。


 そうして4人が近付いたときにはズドンリクガメは眠っていた。 このところずっと気を張っていた反動かもしれない。


 見張り役のエアを残し、3人はズドンリクガメが目を覚ます前に治療を済ませるため急いで河原へ降り、ズドンリクガメを見上げた。


 少し離れた場所から見ても大きく感じたが、近付いて見ると、改めてその大きさに圧倒される。 改めて思うが眠ってくれて助かった。 こんな大きな生き物が近くで暴れていたらと想像するとお尻の辺りがぞわりとする。


 3人はしばらく黙ってズドンリクガメを見上げていたが、ハッとして足枷の確認する。 足枷がズドンリクガメの分厚い皮膚を突き破り、肉にめり込んでおり血が滲んで見るからに痛々しい。 鍵穴はズドンリクガメの足に半分ほど埋もれていて、とても鍵をさせるような状態ではなかった。


「ノルとチラは亀が目を覚さないか見張っていてくれ」


 サミューはそう声をかけると、むんずと足枷を掴みありったけの力で横に開くように引っ張ったが、相当硬いようで僅かに広がっただけだ。


 だが痛みを感じたのかズドンリクガメが身じろぎする。 サミューは直ぐにノルとチラの襟首を掴んで少し離れたが、相変わらずズドンリクガメは眠ったままだった。


 サミューはホッと胸を撫で下ろし再び足枷に手をかけ横に引く。 顔を真っ赤にし額に汗を浮かべながらありったけの力で引くが、やはり僅かに広がるだけだ。


 一旦休憩しながら『これは長丁場になりそうだ。 3万ルドでは安すぎたか?』と汗を拭きながら考えていた。 チラはハアハアと肩で息をするサミューを見てズドンリクガメに近付くと──。


 バキンッ!


 チラはサミューが悪戦苦闘していた足枷をあっという間に外したのだった。 サミューは目を点にして、嬉しそうにこちらに手を振るチラとチラが手に持つ足枷を見る。


 チラが木の精霊で力持ちだという事は知っていたが正直、普段のあどけない少年の姿を見て忘れていたし、ここまですごいとは思っていなかった。


「サミューが疲れてそうだったからお手伝いしたの! チラえらい?」


「ああ、偉いぞ。 助かった」


「えへへー」


 暗くなったためノルはランタンに火を入れる。 辺りが明るく照らされると、サミューに頭を撫でてもらい嬉しそうに笑うチラの姿が見えた。 ノルはそれを羨ましく思いながら視線を戻すとズドンリクガメと目が合った。


 そう、ズドンリクガメが目を覚ましたのだ。


「ヒッ!」


 身を竦めて声にならない悲鳴をあげるノルを見てサミューがチラを小脇に抱えてすっ飛んできた。


 ズドンリクガメも突然の事に理解が追いついていないようだったが、目の前のノルを見て明らかに警戒した様子を見せる。 今にも地面を踏み鳴らそうと前足を上げるズドンリクガメを見て、サミューがノルを連れて下がろうとした。


 だがチラがスルリとサミューの腕から抜けると手に持った足枷をズドンリクガメに見せる。


「亀さん、これが君の足を痛くしてたの! これを用意したおじさんも魔物を捕まえたかっただけで、君を傷つけたかった訳じゃないんだよ」


 ノルはチラから足枷を受け取ると、そっと足元に置く。


「私たちはあなたの足を治したいだけなの。 だから近くに行っても良い? あなたを傷付けないって誓うわ、ね?」


 ノルはチラとサミュー、少し離れた場所にいるエアにも声をかけた。 サミューは頷きながら刀を足元に置く。


 ズドンリクガメは自分を苦しめていた物を外してもらえたと理解したのだろう。 それまでキッと吊り上げていた目を落ち着かせ、その場に腰を下ろした。

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