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妖精とまたたきの見聞録  作者: 甲野 莉絵
第2部 1章 1年後
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110話 2年目の星祭り

 それから旅路は順調に進み、5日後の昼にはイルーグラスへ到着した。 サミューだけならともかく、何故ノル、エア、チラがいてこの強行軍を実現出来たのか。


 それはジョンソンとサミューが交代で御者を務め、ハナを適度に休ませつつもかなり早く進めたからだ。 また途中のストンリッツで別れたジョンソンに、ハナと馬車をインノ村まで送り届けてもらう手筈にしていたため、馬車を預ける場所など考えずに済んだ。 とはいえ到着は星祭りの前日で、かなりギリギリだったのだが。


 ラナシータの家を訪ねるとイオが出迎えてくれた。 1年会わない間に随分と背が伸び、声も低くなっており格好よく成長していた。


「チラくん、サミューさん、それにノルさん。 お久しぶりです」


 心なしかノルを見るイオの目が熱を帯びている。


「お荷物をお部屋までお運びしますね」


 そう言うとノルが持っていた荷物に手を伸ばす。


「ありがとう」


 ノルが荷物を渡したとき、少し指が触れイオの頬に赤みが差した。


「あっ……そ、それではご案内します!」


 うわずった声でそう言うイオに付いて行くと、以前泊まっていた部屋に案内された。


「皆さんが到着されるまで日にちがあったので、僕が掃除しておきました。 何か不便がありましたら言ってください。 それで……早速で申し訳ないのですが、ノルさんは僕と踊りの練習に付き合ってもらえませんか? サミューさんには広場の準備を手伝って欲しいと師匠が言っていました」


「ええ、分かったわ」

「心得た」

「チラもサミューとお手伝い?」


 首を傾げるチラにイオは少し考える。


「そうですね、チラくんは師匠の肩を叩いてあげてください。 ここのところ仕事が立て込んでいてきっと疲れているはずですから」


「分かった!」


 チラがやる気に満ちた目で頷くと斜め前の部屋の扉が開き、ラナシータが顔を出した。


「みんな久しぶりだね。 おやジョンソンは?」


 サミューが首を横に振るとラナシータは心底残念そうに呟く。


「そうかい……。 ジョンソンが作る飯は美味かったんだけどねぇ」


「師匠、僕がジョンソンさんから教わったレシピで料理しているじゃないですか。 それで満足してください!」


「悪い悪い。 そうだ、ちょっとノルを借りるよ。 なぁに、すぐだからイオは外で待ってな」


 サミューとイオが家の外に出ると、ラナシータはノルとチラを手招きした。


「イオが迷惑かけてないかい?」


「いいえ、凄くしっかりして尊敬できるくらいだわ」

「うん!」


「そう思ってもらえたらならひとまずよかったよ。 だけどノルと同じ、いや……それ以上にあの子はノルの事を尊敬していてね。 どうやら尊敬の念と恋愛感情の違いが分かっていないようなんだ」


 ラナシータは困ったもんだと言わんばかりにため息を吐く。


「だからノルには迷惑をかけるだろうけど、許してやっておくれ。 なにぶんまだ多感な年頃で発展途上な点が多い子だから。 話はそれだけさ、今年も頼んだよ」


「分かったわ。 私は恋愛とかは良く分からないけど、イオくんに尊敬してもらっている事に恥じないような振る舞いを心がける!」


 そう頷くとノルはイオと合流するため部屋を出た。


「だ、大丈夫かね?」


「うーん、分かんない! あっ、見て見てー! これサミューからもらったポシェットなんだよ! 似合う?」


 くるくるとその場で回転するチラにラナシータは頷いた。


「ああ、良く似合ってるね」


 ラナシータに褒められてご機嫌なチラは、ポシェットに付いているポケットからどんぐりを取り出し、ラナシータの机の空いているスペースに次々と並べる。


「す、凄い沢山入るんだね……」


 机の空いているスペースがどんぐりに占領され、ラナシータは苦笑しながらチラに聞いた。


「ところでチラは何か言いつけられて無いのかい?」


「あっそうだった。 ボクはラナシータのお肩を叩くのー!」


 以前チラのパワフルさを目にしていたラナシータは頬をひくつかせる。


「お、お手柔らかに頼むよ……」



            ♢♦︎♢



 翌日の夕方には予定通り星祭りが開催され、ノルとの文通で死者の霊を呼ぶ踊りの振り付けを教わりしっかり予習していたイオは、前日の打ち合わせだけで見事ノルと合わせて踊る事ができた。


 イオは昨年の星祭りが終わって直ぐに死者の霊を呼ぶ踊りの練習を始めたらしい。 だが、いかんせん手元にある資料だけでは情報が足りなかったため、半年ほど前にノルへ踊りの振り付けの意味を知りたいと手紙を送ったのだ。 そこからこの踊りを僅か半年程でマスターしたイオは本当にすごい。 ノルは心からそう思った。


 近くにラナシータが居て、手元に何かしらの資料はあったかもしれないが踊りの手がかりはノルからの手紙だけだ。 ノルはあの踊りを覚えるため母ロエルに聞き、時々踊っているのを見ながら数年がかりでやっと覚えたのだ。


 噴水のある広場へ死者の霊が来ると、今年も早々にロエルとナーシャに追い払われ広場を回った。 昨年と違っていたのは広場に様々な露店が並んでいた事だ。


 いい匂いを漂わせる串焼きや、たっぷりと砂糖がまぶされたひと口サイズの揚げパンなど食べ歩きグルメの露店。 流星型のチャームやこの街特産のガラスを使ったアクセサリー、家でお湯と牛乳を注げば飲めるスパイスティーセットや星を模ったような形の金平糖など、お土産も実に様々だ。


 もちろんそれらを見逃すノルではない。 広場を1周し終える頃にはノルの両手は買った物でいっぱいになっていた。


 焚き火の側に腰掛けノル、エア、チラは揚げパンを、サミューは串焼きを食べていると、楽しそうな笑い声が耳に届いた。 その笑い声の主は焚き火を挟んだ斜め前に座る女の子達だ。


 ノルとチラがそちらへ手を振るとその中の1人、水色のローブを纏った女の子の格好をしたルーさんがはにかんだように手を振り返す。


「ん? お前たちの知り合いなのか?」


 サミューにそう聞かれノルはチラと一緒に口を揃え笑った。


「「秘密ー!」」


 だがノルが揚げパンのかけらを喉に詰まらせてむせた。 エアがすぐにノルの背中をさする。 サミューはオロオロしながらも慌てて立ち上がり、飲み物を探しに走り去った。 それと入れ替わるようにノルを見つけたイオがすっ飛んで来る。


「ノルさん!? 一体どうしたんですか?」


「お、俺は偶然隣に座ってたんだけど、どうやら揚げパンを詰まらせてむせたみたいだ」


 イオとはここで初対面なエアは、咄嗟に他人のフリをしながらしどろもどろに答える。 イオは事情を聞くと膝を付き、ノルを前傾姿勢にさせた。


「そうか、ありがとう! 君は引き続きノルさんの背中を下から上に向かってさすってください。 ノルさん、しっかりむせ切って詰まらせた物を出してしまいましょう!」


 ノルは軽くむせただけだったため、イオの処置で直ぐに落ち着いた。


「さあ、深呼吸をしますよ。 吸って、吐いて──そうです、いい感じ」


「……ふぅ、イオくんありがとう」


「いいえ、お役に立てたようで何よりです。 それで……調子が戻っていきなりで悪いのですが、街のお偉いさん達が挨拶をしたいとノルさんを呼んでます。 もし大変なようでしたらその旨を僕が伝えておきますが」


「だ、大丈夫よ、行ってくるわ!」


『ただ揚げパンを食べ過ぎてむせていただけの私を気遣ってくれるなんて……』


 イオと比べあまりに間抜けな自分が恥ずかしくなったノルは、逃げるようにラナシータがいる方へ向かった。

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