表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
妖精とまたたきの見聞録  作者: 甲野 莉絵
第2部 1章 1年後
108/160

108話 散髪

 ノルはサミューのその言葉を信じて事にしてスカベル村へ帰る事にした。 玄関の扉を開けると、待ち構えていた村娘達が声をかけてくる。


「ねえねえ彼と何があったの?」


 身を乗り出して聞いてくる村娘達の熱心な様子にノルはたじろぎつつも答えた。


「何があったって、サミューは体調不良だったみたいです。 熱があったから今は寝てるはずですよ」


 ノルの返事を聞いて僅かに村娘の声が硬くなる。


「えーっとサミューさんとあなたは特別な関係とか……?」


「ええ! サミューは私のお兄ちゃんみたいなものなんです」


 得意気なノルの返答を聞いて村娘達は安堵の笑みを見せた。


「そっかー、お兄ちゃんね!」

「彼とあなただと歳の離れた兄妹って感じよね!」

「ええ、本当あなたは可愛らしい妹さんって感じで見ていて微笑ましいわ」


「ねえねえ彼に特別な人っているの?」


「えっと、特別な人って彼女さんとかですか?」


 ノルが尋ねると村娘はずいっと1歩前に出てコクコクと頷く。


 ノルの頭の中に一瞬ムーアの顔が浮かんだが彼は男性だ、サミューもキッパリと否定していた。 旅の途中で何度か女の人に言い寄られて困り顔をしていたのを見た記憶があるため、女好きではなさそうだ。 特定の相手が居るとも聞いた事が無い。


「いないと思います」


 ノルの返答に村娘達はいろめき立つ。


「そしたらあたし彼の看病に行くわ!」


 ノルは村娘の勢いに驚きつつも止める。


「あっ、でもサミューが移るものかもって言ってましたよ?」


「“かも”でしょ? それって裏を返せば移らないとも言えるわ」

「あたし、彼の病気なら移ってもいいわ!」

「私もよ! いーい? 誰が彼のハートを射止めても恨みっこ無しよ!」


 村娘の1人が拳を突き上げると、周りにいた村娘達も目をギラギラさせながら頷いた。


「頑張ってくださ〜い」


 ノルが手を振ると村娘達は更に力強く頷き、それぞれの家へお見舞いの品や看病に使う道具を取りに散って行く。 ノルはそれを見送るとスカベル村への帰路についた。


 耳の良いサミューは寝室にいても嫌でもノルと村娘達の会話が聞こえてしまい、誰もいない隙にこっそりと内鍵をかけ布団に潜り込んだのだった。



            ♢♦︎♢



 その2日後ノルとチラとハナでご近所の草むしりを手伝っているとサミューが訪ねて来た。 ちょうど昼食どきになったため、ご近所さんと別れ家へ戻った。


「調子良くなったみたいでよかった」


「ああ昨日1日寝たからな、この通りだ」


 ノルがサミューのおでこに手を当てようとすると、サミューはスッと避けた。


「良くなったのだからそれでいいだろ? それより昼飯を買ってきた、食うか?」


 ノルは頷いたが、依然としてサミューの体調が心配だった。


 サミューはノルから目を逸らす。ノルの手が自分の額へ向かって伸びてくる様を見ていると、あのときの熱っぽく全身がむず痒くなるような感覚を何故か思い出すのだ。 それだけで再び本当に熱っぽくなる気がするし、自分が自分でなくなってしまうようで怖かった。


 結局あの後直ぐに調子が良くなり、大事をとって昨日1日寝た事で完全に回復したと思っていた。 だが、自分でそう思っただけで体調は良くなっておらず、インノ村からスカベル村へ移動しただけで疲れてしまったのだろうか? サミューが未だ熱を測ろうと伸ばすノルの手を避けながらそんな事を考えていると、ノルは諦めたのか手を下ろした。


「だけど油断しちゃダメよ。 だって髪の毛を切る余裕も無いくらい忙しかったんでしょ?」


 話題が逸れた事でサミューは安心して説明した。


「ああ、これは冒険者時代はよくやっていたんだ。 旅に出ていると髪を切る事が億劫でな、伸びたらこんなふうにひとつに束ねて帰ったら切ってた。 考えてみれば義賊をしていた頃はムーアに切ってもらっていたからここまで伸びたのは久しぶりだな」


「それじゃあ切るの?」


「いや、今はムーアがいないし自分で切るとしても、もう少し伸びたら纏めて切るさ」


「そっか、よかった〜。 サミューの髪の毛柔らかくて綺麗だし、もう少し伸びたら中性的なイメージが更に際立って良いと思うわ」


 ノルがサミューに似合う髪型を考えていると、唐突にサミューがボソリと「切ってくれ」と呟いた。


「……えっ?」


「切ってくれ」


「でもさっき切らないって言ってたわよね?」


「確かにそう言ったが、気が変わった。 いい、自分で切る。 ハサミは何処にある?」


 唐突に立ち上がったサミューにノルは慌てる。 最近ノルは髪を切っていないし、チラと今はエアも髪は伸びないため散髪用のハサミなど直ぐには出てこない。


「えっと、普通のハサミだと髪の毛は切りずらいわよ?」


「それならカミソリはあるか?」


「ちょ、ちょっと待ってて!」


 このままカミソリを渡せばサミューは自分の頭を丸めるくらいしそうな勢いだ。 ノルは慌ててお隣のおばちゃんに散髪用のハサミを借りに走った。 お隣は男の子が居て家で散髪をしているため、散髪用のハサミがあると予想したのだ。


 事情を説明すると快く付いて来てくれたお隣のおばちゃんは、サミューを椅子に座らせ髪を下ろし櫛で梳かした。 その間に「本当に切っちゃって良いのかい?」と3、4回は聞いていた。 やはりサミューの髪は綺麗で切るのを勿体無く感じたのだろう。 だがその度に口を真一文字に結び頷く、意志の固そうなサミューを見てお隣のおばちゃんはどの様な髪型にするのか尋ねた。


「短ければ何でも良いので、やりやすい髪型で頼みます」


 そう返すサミューにお隣のおばちゃんはため息混じりに呟く。


「本当に切っちゃうんだね。 それに何でも良いって実は困るんだよね……」


 ノルに元の髪型を聞いてハサミを入れると、カミソリで漉き襟足を整える。


 そしていつもの髪型に戻ると、やはりさっぱりしたのかサミューは少し嬉しそうだった。


「髪の毛切ってもらえてよかったわね。 でも伸ばしてもよかったのに……」


「いや金輪際髪は伸ばさない所存だ」


「なんで急に心変わりしたの?」


「それは……俺はこの女っぽい顔が昔から好きになれなくてな。 体調管理のために鏡は見るが、その度に自分の女顔を突き付けられているようで正直見たく無いくらいだ。 それに加えて髪型までそうなると考えたら居ても立っても居られないだろ?」


「そうだったのね、知らなかったとはいえごめんなさい。 そうね、自分の嫌なところって考えないようにしていても、ふとした拍子に突き付けられてさらに嫌になっちゃう事だってあるわよね。 でもね、それと同じようにふとした拍子に自分の嫌な所が好きになる事もあるのよ? 実は私も前はこの緩くウェーブのかかった髪の毛が好きになれなかったの」


 ノルは髪を下ろして摘む。


「お母さんは艶やかで綺麗な直毛なのに〜って。 だけど最近お父さんに会って私の髪質とそっくりだと分かって、この髪の毛がお父さんと私の確かな共通点だってとても大切なものになったのよ。 サミューもそのうち顔のどこか好きな部分が見つかると良いわね」


 ノルにそう言われサミューは自分の顔に触れてみる。 顎から唇、鼻に触れるとハッとした。 昔姉ナーシャに「鼻の形が私そっくり」と言われた事を思い出したのだ。


『姉さんもこんな形の鼻をしてたんだな』


 そう思いながらサミューは自分の鼻をそっと指で撫でたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ