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妖精とまたたきの見聞録  作者: 甲野 莉絵
第2部 1章 1年後
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104話 ガマグチトカゲ

 ──3ヶ月後。


 サミューはジョンに押し付けられた依頼を無事こなし、王都の冒険者組合へ報告に向かった。 本当はウローヒルにある支部で済ませてもいいのだが、一応義理を通してジョンに報告する事にしたのだ。 ハナの手綱を引き、大通りを歩きながら“ファディックの雲”の支店の前で足を止めた。


『報告が終わったら様子を見がてら、あいつらの家にでも寄るか。 土産は……甘い物なら何でも良さそうだな。 それとムーアに髪を切ってもらおう』


 サミューは3人が喜ぶ姿を想像してクスッと笑うと、再び歩みを進めながら襟足の少し伸びた髪に触った。 これくらいの長さのときが1番鬱陶しい。 もう少し伸びれば束ねておけるのだが、これくらいの長さだと束ねても少し動くと解けてしまい意味が無くなる。


 そんな事を考えながら冒険者組合の扉を開けると、何やら騒々しかった。


「街道沿いでガマグチトカゲを見たって」

「ええー俺、怖くて道を歩けねぇよ」


 “ガマグチトカゲ”という単語を聞きサミューは眉を顰めた。


 ガマグチトカゲとは成長すると人間の大人サイズになるトカゲだ。 その最大の特徴は目の前にある物、例えば草や木、人間も含めた動物など、鉱物以外は何でも食べる点だろう。 動き自体は緩慢で気性はそこまで荒く無いが、厄介なのは群れる特性がある事だ。


 また成体のガマグチトカゲは食欲旺盛で食べた物をもとに滋養のある分泌物を出す。 幼体は成体ほどでは無いがやはりよく食べる。 そして食べた物をもとにして揮発性のある毒を分泌し、その毒を他の生物が吸い込んでしまうと体が麻痺して動けなくなるのだ。 滋養のある分泌物は滋養薬として貴族に人気があり、毒もそれなりの値段で取引される。


 だがガマグチトカゲはこの辺りには生息していなかったはずだ。 目撃されたのが幼体か成体か定かでは無いが、どちらにしろ危険な事に変わりない。


 サミューがそんな事を考えているとジョンに呼ばれた。


「ガマグチトカゲが出たんですって?」


 依頼主からのサインが入った書類を提出しながらサミューは尋ねた。


「そうなんですよ。 現在はまだ目撃情報があったという段階なんですが、情報が錯綜して軽い混乱が起きているようですね。 ところでサミューくん、この後お暇ですか?」


「え、ええそうですが……。 まさか俺にガマグチトカゲの討伐に行けとでも言うつもりですか?」


「いいえ〜、流石の僕でもそこまでは言いませんよ。 ただちょーっと目撃があった場所まで行って真偽の程を確かめて来てくれれば良いんです。 等級も“一人前”に上げておきますから」


 いきなり等級を2つ上げられたサミューはしぶしぶガマグチトカゲの調査へ向かった。


 目撃情報があったとジョンに教えられた場所に近づくと、確かにガマグチトカゲらしき生き物が見える。 だがサミューがいる場所からははっきりとは確認できない。


『1頭見たからには、他にも数頭いると考えるべきだな……』


 サミューは正体を確認するためハナから降りると、敢えて手綱を木には結ばずに鼻と口に布を当て慎重に近付く。 やはり眼前にいる生物の正体はガマグチトカゲのようだ。


 今は街道沿いの木をむしゃむしゃとかじり取っている。 不幸中の幸いは成体という事だ。 サミューは鼻と口に当てた布を外し、ホッとひと息つくと冒険者組合に報告に戻ろうと思った。


 だがふと視界の端で何かが動いた事に気付きそちらへ視線を向けると、作業着を着た気が弱そうな男が茂みに隠れ、ガマグチトカゲに向かって忍び寄っている。 ガマグチトカゲは木に夢中で男に気づいていないようだが、男は見るからに腰が引けていて嫌な予感しかしない。 そんなサミューの予感は的中した。


 パキッ!


 男が足元の枝を踏み、その音でガマグチトカゲがゆっくりと顔を上げた。


「逃げろ!」


 サミューは叫んだが、顔面蒼白な男は足をその場に縫い止められた様に動けず、こちらを見て口をパクパクと動かすだけだ。 膝もガクガクと震えている。


 ガマグチトカゲはサミューの声には反応せず、目の前の震えて動けない獲物に夢中な様子だ。 足を踏ん張るとグググッと首を引っ込める。以前見た資料にこれは、ガマグチトカゲが狩をするときに見せる行動だと書かれていた。


「……チッ」


 その動きを見た瞬間、サミューは駆け出していた。


 ガマグチトカゲは足が固まって動けない様子の男に向かって大きく口を開き、舌を勢い良く伸ばす。 舌が男に届く寸前、僅かな差で間に合ったサミューが男の腕を押して突き飛ばした。


 2人の頭上を通り過ぎていったガマグチトカゲの舌は斜め前の木に絡み付き、メキメキと音を立ててまあまあの太さの木を地面から引き抜いた。


 その様子を見て男は頬を引き攣らせ生唾を飲み込む。 そしてハッとしたように布で鼻と口を覆いながらウエストポーチから玉を取り出し、小声で囁いた。


「助けてくれてありがとうございます。 これでアイツを眠らせますので、あなたも煙を吸わないように注意してください」


 サミューが頷き、男と同じように鼻と口を覆う。 男はそれを確認すると、茂みに隠れてガマグチトカゲに出来るだけ近付き、死角になる木の後ろから玉を投げた。


 ボフンッ!


 辺りが白い煙で覆われ、しばらくして風で煙が晴れるとガマグチトカゲは眠っていた。 男はいそいそと茂みから出るとウエストポーチから大きな口輪を取り出し、ガマグチトカゲに装着する。


「あ〜良かった、傷は付いてなさそうだ」


 ガマグチトカゲの状態を確認しながら頷く男にサミューは尋ねた。


「……おたくは何者だ? 別に捕えるのは勝手だが、逃げられて周りに迷惑をかけるような事はするなよ?」


「はい……返す言葉もございません。 あっ、申し遅れました! 僕はこの近くの牧場でガマグチトカゲを飼育している者です。 柵の一部が老朽化していてそこからコイツが脱走しまして……」


 男の説明によれば、ガマグチトカゲが分泌する滋養薬を集めて売るために何頭か飼育しているそうだ。 管理は万全にしていたつもりだったが、柵が錆びて脆くなっていた所にガマグチトカゲが突進して突き破った事で、脱走されてしまったらしい。 作業員がすぐに気付いたため、脱走したのはこの1頭で済んだという事だ。


 サミューは仕方なくガマグチトカゲを牧場まで運ぶのを手伝い、冒険者組合へ報告するために事情を紙に書いてもらった。 そして男からお礼に滋養薬と毒を貰い、ジョンに報告を済ませた頃にはとっぷりと日が暮れていた。


「……ハナ悪いな、アイツらに会うのはお預けだ」


 サミューはノルの家へ寄る事を諦め、ウローヒルの借家へ向かったのだった。

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