102話 秘密基地で
サミューが帰った後、書類を片付けるジョンに若い受付職員が尋ねた。
「あのサミューさんって方、一体何者なんですか?」
するとジョンが答える前に、初めサミューが並んでいた受付にいた年配の受付職員が答える。
「あなたも“花吹雪”って名前くらいは知ってるでしょ? 彼がそうなのよ〜、訳あって免許を取り消されたみたいだけど。 私の列に並んでいたとき真に迫ったような面白い表情をしてたのよ〜。 よっぽどジョンさんと話したくなかったのかしらねぇ?」
悪戯っぽく微笑む彼女はどうやらわざとサミューの前にいた冒険者の手続きを遅らせていたらしい。
「やめてくださいよ、それだとまるで僕がサミューくんを虐めているみたいじゃないですか」
「あらぁ違った? 彼の反応を見て楽しんでたんでしょ?」
2人の会話を聞いて若い受付職員は真面目な表情で頷く。
「“花吹雪”さんってもっと怖い方をイメージしてましたけど、優しそうなお兄さんでしたね。 期待の大型新人現るです!」
「そうですね、サミューくんにはバリバリ依頼をこなしてもらって早く等級を上げてもらいましょう」
ジョンはそう言うと依頼一覧から停滞気味の依頼のリストアップを始める。
本人の知らないところで仕事を増やされたサミューだった。
♢♦︎♢
1週間後の朝ノル、エア、チラはここのところの日課になっている横笛の演奏のためサナリスの森の少し奥へ出かけた。
せめてラミウの回復に繋がればという事で演奏をしようと思ったのだが、いかんせん3人は里に入れない。 そのためエアに里の外で妖精王の城に最も近い場所を教えてもらい毎日そこへ通っていた。
初めは横笛の演奏をして里の兵士に捕まらないか心配だったが、今のところ特に問題は起こっていない。 それどころか2日くらい前からは誰もいない森の中に椅子が3つ用意されるようになり、昨日などお菓子まで置いてあり驚いた。
3人は知らなかったが妖精の里の中では毎日演奏が聴けるとあってここのところ密かな人気になっていたのだ。
また冬で草が少ないためハナの餌やりに困っていたところ、エアが秘密基地の近くならこの時期でも草が生えていると教えてくれた。 そのため横笛の演奏場所へ行きがてら秘密基地に寄り道をする事も日課のひとつになっている。
そんな訳で3人と1頭で森の中を歩きながら白い息をハァーっとやったり、霜柱を思う存分踏み締めながら歩いていた。
だが秘密基地が見えるくらい近づくと、人影が見える事に気が付いた。
「あそこにいるって事は妖精族の方かしら?」
「いや、妖精族だったら人里に近いこんな場所には滅多に来ないぜ。 だから俺は来てたんだけどな」
「そもそも村の人は森へあまり入らないし、私としてはもうここは森の奥よ。 エアに会うまでは森の奥は未知の場所だったから入らないようにしてたくらいだもの」
「それじゃあ、あそこにいるアイツは一体何者なんだ?」
最近色々な事を経験して用心深くなった3人は身構えながら秘密基地へ近づいた。
茂みを掻き分けいよいよ秘密基地目前まで来ると、そこにいた人物は3人にいや、エアに気付いて跪く。
ノルとチラはその人に見覚えがあった。
「あっ、ああーっ! あなた『魚を取るには衝撃波』の人よねー?!」
「本当だ! すごく綺麗だもん間違いないよ」
チラが顔を覗き込んだその人は、ファディックとストンリッツの間の街道沿いにある森の中で会った美女だった。
するとエアが1歩前へ出てその美女に声をかける。
「ミナ騎士団長、跪くのはやめてくれ。 俺は里を追い出されたんだ」
ミナ騎士団長と呼ばれた美女はスッと立ち上がる。
「えっ? この人もしかして妖精族の騎士なの? しかも団長? 言われてみればすっごい美人さんだものね、妖精族って言われて納得だわ。 凛とした雰囲気でかっこいいわね」
ノルが小声でそう尋ねるとエアもヒソヒソと説明した。
「彼女は実力がある優秀な騎士なんだけどさ、生真面目な性格で親父の理解者だったから、問題のある部下を集めた特別騎士団の団長にされたんだ。 ちょっと抜けてるところがある人なんだよ…… 確か今は人間社会に溶け込んで人間界を見張る任務という事で体良く追い出されていたはずだけど……ま、まさか親父が俺に付けたのって特別騎士団なのか?!」
ノルとエアの会話が聞こえていたのか口元を僅かに緩ませていたミナ騎士団長は、ハッとしたように真面目な表情に戻る。
「はっ、ですのでエア様にご挨拶を申し上げるため、こちらで待たせていただければお会い出来ると考え、こちらの場所をお借りしていた次第でございます」
「……なあ、俺がここに来なかったらどうするつもりだったんだ?」
エアの言葉を聞きミナ騎士団長は『そんな事考えてもみなかった……!』と言わんばかりの表情をした。
「それに出来れば敬語もやめてくれないか?」
「了承しました、正直なところ堅苦しい言葉遣いは苦手なものでありがたい限りです」
エアは小声で「結局敬語のままじゃん!」と呟き咳払いをする。
「ゴホンッ、それとミナ騎士団長に会ったら言っておきたいと思っていた事が前からあったんだ。 人間は水中に衝撃波を打ち込んで魚を取ったりしないから! あのときたまたま近くに居たのが俺たちだったから良かったけど、人間のサミューだっていたんだぞ、なあ?」
エアが同意を求めるとノルとチラはコクコクと頷いた。
「言葉を返すようですが、あの人間が来る前に私は姿を無事に消したのですから良いのではありませんか? それに私の仕留めた魚は美味かっただろ?」
ミナ騎士団長も同意を求めるように2人を見ると、再びノルとチラはコクコクと頷く。
「そう言う事じゃないの! もう良い……それで今日ここに来たのは俺に挨拶しに来るためだけか? それだったらもう行くけど」
「いえ私は4日前の朝からここにおりました」
「そ、それは……何だか悪かったな」
「お気になさらないでください。 こちらでお待ちしていたのは挨拶をするためでもありますが、大臣からエア様にこれを渡すよう預かったからなのです」
ミナ騎士団長が差し出した物は1週間前妖精の里で見たノーガスの似顔絵だった。
「あの大臣め、どこまでもふざけた事しやがって!」
エアは苛立った様子でノーガスの似顔絵を畳むとポケットにしまった。 ビリビリに破かなかっただけでも我慢強い。
「それでは我が団はこれよりノーガス探索に向かいます。 何かあれば追って連絡しますので、エア様はあまり危険な事はなさらないように」
「あっ、待っ──」
エアが止める間もなくミナ騎士団長は目にも留まらぬ速さで走り去って行った。
「行っちゃったわね…… ハナちゃんもお腹いっぱいになったみたいだし演奏に行くわよ?」
「……そうだな」