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常連さんは異世界人 〜異世界じゃない私のカフェの常連さん  作者: 白井夢子


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14.配送先の確認は忘れがち 〜黒米おにぎり


やってしまった。間違えた。

自宅用に購入したはずの物だった。

届けてもらいたかったのは、この場所じゃない。


芽衣奈はシナモンカフェで受け取ったばかりの大きな荷物を見てため息をついた。





アップルパイがとても好評だったので、りんごを一箱追加で買うことを決めたのだが、『真夜中のショッピングで、あのりんごがお得に売ってないかしら』と欲を出したのがいけなかった。


真夜中のテレビショッピングには衝動買いの危険が潜んでいる事は分かっていたのに。

ついりんごとは関係のない物に心惹かれてしまった。



「この『どんなお米でも美味しく炊いちゃう炊飯器』をお買い上げになると!今ならなんと!白米五キロと黒米(くろまい)二キロが付いてくる!

更に先着三名様に、『おにぎりを引き立てる、おにぎり用海苔』と『お米を引き立てる昔ながらの梅干し』が付いてきますよ!お買い得間違いなしです!

いいですか!三名様です、三名様だけですよ!お早めにどうぞ!」


ちょうどそろそろ炊飯器を買い替えたいと思っていたところだった。

そんな文言を聞いた瞬間注文した、私の判断は間違っていなかったと思う。


間違っていたのは送り先の住所だ。

前回『テーブルの上に置くテーブル』を買った時の送り先住所をシナモンカフェにしたままで、送り先の訂正を忘れてしまったのだ。


何としてでも「先着三名様」に乗らねばと焦ってしまった。無事その三名に入れた喜びで、送り先住所の事なんて思い付きもしなかった。

送り先を訂正する事もなく、さっき宅配受け取りのハンコを愕然としながら押したところだった。


誰もいない店の中、芽衣奈はふうっと大きなため息をつく。


シナモンカフェに届いてしまった炊飯器も重いが、米五キロも重い。持って帰るなら黒米二キロまでが限界だろう。

もちろんこのまま自宅に宅配便で送ればいいだけの話だが、せっかくお買い得に買ったのに、この上送料がかかるなんてなんだか損した気分になってしまう。

そんな悔しい思いはしたくない。


しょうがない。

送りたくないのだから、これからはシナモンカフェでご飯を炊いて持って帰るしかない。

先着三名だけが手に入れる事ができた、『おにぎりを引き立てる、おにぎり用海苔』と『お米を引き立てる昔ながらの梅干し』も一緒に届いている。

梅干しおにぎりを作って冷凍しておいて、後日チンしてまかない用に食べてもいいだろう。海苔は食べる時に巻けばいい。



黒米を手に入れたのだから、早速黒米ご飯を炊いてみようと準備に入った。

まだランチタイムも始まる前だが、黒米はしっかりと浸水させる必要がある。二時間以上は水に漬けておきたいから、思いついた時に水に浸けるのが正解だ。

ランチタイムのバタバタした時にうっかり浸水させるのを忘れてしまったら、すでに黒米ご飯気分のこの気持ちのやり場がなくなってしまう。



『ランチタイムが終わる頃には炊き上がるし、そこからおにぎりを作ればいいわね』と、芽衣奈は準備に取り掛かった。

大した準備でもないけれど。



三合の白米をといで通常通りの水を加え、大さじ三杯分の黒米を入れる。さらに黒米の二倍量の水を足す。

そこに少し塩を混ぜ入れたら、あとは二時間後に炊飯器のスイッチを押すだけだ。

塩が紫色を深めて、もちもちで美しい黒米ご飯が出来上がるはず。







ランチのお客さんが引いた後、芽衣奈は黒米おにぎりを握り始めた。

おにぎりの中身は、『お米を引き立てる昔ながらの梅干し』だ。今日の夕食分に二個だけ持って帰って、残りは冷凍して自分用の賄いにするつもりでいる。


黙々と握り続けていると、お店のドアベルがチリンと鳴った。


「いらっしゃいませ、ミュウさん」


入ってきたのはミュウさんだった。

今日もミニスカートから、猫のような長い尻尾が見えている。


「こんにちは。友達と盛り上がってたらこんな時間になっちゃってさ、お昼まだなんだ。あ〜もうお腹すいた〜」

話しながら、ミュウさんはカウンターに座って、カウンター越しにおにぎりに目を留めた。


「え、何それ。真っ黒じゃん。またなんか変わった料理作ったの?」


黒米おにぎりの黒いビジュアルに驚いたようだ。ミュウさんが目を丸くして、ネコ耳をピクッと動かした。

――可愛い。



「黒米を混ぜた雑穀米なんですよ。プチプチもちもちが美味しいだけじゃなくて、アンチエイジング食でもあるんです。これはお店メニューじゃなくて、私の賄い用おにぎりなんですけどね」


「え、いいな。それ気になる、私も食べたいな。ねえ、メーナさん。そのおにぎりを注文していい?」


「もちろんですよ。すぐに用意しますね」


シナモンカフェは、常連のお客さんのご要望なら、なんでもリクエストオッケーな店である。

黒米おにぎりも当然注文オッケーだ。



おにぎりだけでは寂しいので、ランチで余ったスープもオマケで付ける事にする。

今日のランチスープの『ベーコンとキャベツのコンソメスープ』は洋風スープだったので、醤油を少し足して『どことなく和風』スープに変身させる。

多分大丈夫。醤油さえ足せば和風スープになって、おにぎりに合うだろう。



「お待たせしました。『黒米おにぎりと、オマケのスープセット』です」

「え、オマケ付けてくれるの?メーナさん、大好き!」



オマケを喜んでくれたミュウさんが嬉しそうにおにぎりを頬張ると、また扉の扉がチリンと鳴って、今度はフィーナさんが入ってきた。


「いらっしゃいませ、フィーナさん」

「こんにちは〜。……え、何その黒いやつ。美味しいの?」


フィーナさんがメーナに尋ねると、ミュウさんが代わりに答えてくれた。


「これマジで美味しいよ。めっちゃもちもちプチプチしてて最高。なんかアンチエイジングにも効くんだって」


「え〜気になる。でもお腹いっぱいだしな〜。ね、メーナさん、そのおにぎりテイクアウト出来る?」


「いくつでも出来ますよ。巻いた海苔はパリパリじゃなくなっちゃうけど、おにぎりに馴染んだ海苔も美味しいですからね」


芽衣奈が答えると、ミュウさんが何かを思いついたようにパッと顔を明るくして笑った。


「じゃあユフィ兄さんと二人分で。珍しくて美味しいおにぎりのお土産の代わりに、今度服買ってもらおうっと!」


「え、それいいね!メーナさん、私もパパとママの分をテイクアウトするよ。私も欲しい靴あるんだ〜」


「いいね、それ」


フィーナさんとミュウさんは気が合うようだ。

「あそこの服可愛いよね」とか、「あの靴素敵」とかいう話題で盛り上がっている。




今日の芽衣奈の夕食の黒米おにぎりは無くなってしまいそうだけど、常連のお客さんが楽しそうならそれでいい。

常連さんが盛り上がっている間にテイクアウトの準備をしてしまう事にする。





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