13.ケンタさんのリクエスト 〜シナモン多めのりんご半分ゴロッとアップルパイ
今日のスイーツセットが好評だ。
扉の表にかけたメニュー看板を見た常連さんが、続々とお店に入ってくる。
「続々と」と言っても常連さんが殺到するわけではない。一人の常連さんが帰ったら、次の常連さんが入ってくる、というように、「いつもよりは少しだけ気ぜわしい」くらいなので、芽衣奈一人で十分お店を回せる忙しさだった。
『〜本日のスイーツ〜
シナモン多めのりんご半分ゴロッとアップルパイ
〜ドリンク付き〜
※農家直送りんご使用 』
今日のアップルパイは、スライスりんごの甘煮ではなく、りんご半分そのままの甘煮をパイで包んでいる。
農家直送のフレッシュなりんごは、りんごの美味しさそのものをガッツリ味わってほしい。それには半分カットしただけの、大胆さが必要だ。
皮を剥いて芯をスプーンでくり抜いたりんごを、たっぷりのグラニュー糖で馴染ませて、ラップをかけてレンジにかける。
手軽過ぎるレンジで作る甘煮だが、シンプルな作り方はりんごそのものの美味しさを活かしてくれるはず。
りんご好きのケンタさんも納得の味わいになるだろう。
だけどそれだけでは足りないものがある。
リクエストは『シナモン多めのアップルパイ』だ。シナモンも力強く効かさなくていけない。
砕いたグラハムビスケットに、たっぷりのシナモンと溶かしバターを加えて混ぜたものを、パイシートの真ん中に乗せる。
その上にりんごをドンと伏せるように置き、追いシナモンとして、りんごにシナモンと砂糖を練り合わせたバターを塗る。
それからりんごを乗せたパイシートの四隅を持ち上げて、角を合わせて包み込んで、卵黄を塗ってオーブンで焼いたら、ケンタさんリクエストの『シナモン多めのアップルパイ』の完成だ。
大きなりんご半分が包まれているので、とてもボリューミーでありながらも、ほぼりんごなのでペロリと食べれちゃうシナモンカフェ究極のアップルパイになる。
昨日の夕方に試しに作って食べてみて、あまりに美味しかったので、「朝一番のお客さんも注文できるように」と朝から扉のメニュー表に書いていた。それを見てお客さんが注文してくれているのだ。
次々にオーダーが入り、次々にアップルパイを焼いていっているので、みんな熱々でサクサクの焼き立てアップルパイを楽しめているはず。
ピーッとオーブンが焼き上がりを知らせ、またアップルパイが完成した時、お店のドアベルがチリンと鳴る。
「いらっしゃいませ、ケンタさん。お待ちしてました。ちょうど焼き上がったところなんですよ」
「それは良いタイミングに来れたようですね。こんにちは、メーナさん。外まで良い香りがしていますよ。扉を開けるのが楽しみでした」
今日もケンタウロスのケンタさんが来てくれた。
『良かったわ』と芽衣奈は安心する。
今日のアップルパイがあまりに人気で、ケンタさんの来店前にりんごとパイシートが切れてしまわないか心配だったのだ。
「アップルパイセットで、いつものコーヒーをお願いします」
「コーヒーはホットですね。すぐに焼きたて熱々のパイとお待ちします。先に専用テーブルを用意しますね」
「テーブルは私が用意しますよ。私のテーブルですからね」
笑顔でそう話したケンタさんは、棚に立てかけてある簡易テーブルをカウンターの上に用意してくれた。
「本当に美味しいですね。りんごの塊がゴロッと入ったアップルパイがこんなに美味しいなんて。シナモンも効いていて最高です。
これ三つテイクアウト出来ますか?両親に持って帰ってあげたいです。残りの一つは私のお代わり用にします」
「三つお持ち帰りですね。今包むとパイが蒸れてしまいますから、帰りにお包みしますね」
ケンタさんのリクエストは合格したようだ。
『ケンタさんのご両親のお口にも合いますように』と、焼き立てアップルパイにお祈りをかけておく。
一箱あった農家直送りんごは、早くもなくなりそうだった。もう一箱くらいあってもいいかもしれない。
送られたりんごの段ボールに入っていた、『りんご農家からお届けします』と書かれたチラシは取っておいているので、同じりんごを注文する事は出来るだろう。
リスの異世界人のシマさんは、「このアップルパイ、良いわね。このクッキー部分に砕いたくるみを加えてくれたら満点よ」とコメントとアドバイスをくれた。
ネコの異世界人のミュウさんは、「シナモンカフェらしいアップルパイじゃん。シナモン効いてて良い感じ」と褒めてくれた。
耳の尖ったユフィさんの注文はいつものコーヒーゼリーだったが、アップルパイが焼ける匂いにつられたのか、二つテイクアウトしてくれた。
きっと妹のフィーネさんと二人分だろう。
『やっぱりもう一箱くらい要るかしら?』と考えているところに、お店のドアベルがチリンと鳴る。
「いらっしゃいませ。ラビさん、お客さん」
「こんにちは、メーナさん。とても良い香りがしますね。スイーツセット二つで、アイスティーとホットコーヒーで」
今日もうさぎの異世界人の、背の高い兄弟の常連さんが来てくれた。
芽衣奈は、見ていたチラシを置いてセットの用意に取りかかる。
先ほど焼いたアップルパイはこれでお終いで、あと一回焼いたらりんごとパイシートの在庫もお終いになる。
アップルパイを一口食べたラビさんが、目を見開いた。
140センチの長い耳が天井まで伸びて、トンと音を立てる。
今までは伸びた耳が音を立てることはなかった。きっと勢いよく耳を伸ばしてしまったのだろう。
伸びた耳は今日も15センチほど折れている。
『耳に怪我はないかしら?』と芽衣奈はハラハラしてしまう。
天井で折れた耳を見つめる芽衣奈に、ラビが声をかけた。
「耳は大丈夫ですよ。それよりこのアップルパイ、美味しいですね!テイクアウトに二個お願いしたいです」
「次のアップルパイの焼き上がりが、あと一時間後くらいになりそうです。りんご煮を冷ます時間が長くって。
もしこのお近くで済ませる用があれば、帰りに寄ってもらう事は出来ますか?」
「一時間くらいなら、ここでゆっくりさせてもらおうかな」
「ぜひゆっくりしてください。出来るだけ早く用意しますね」
いそいそとアップルパイを作り出したメーナは、この街イチのモテ男の兄に、今日も興味を示さなかった。
アップルパイの出来上がりを少し短い時間で伝えて、お店に残ってもらおうなんて思いつきもしないようだ。
彼女はただ、兄の耳の先が天井で折れている事だけに気を取られていた。
自分も立っている時は、耳が少し天井で折れてしまう。そんな時の彼女は、心配そうに自分の耳の先を見ている。
今日も耳の先しか気にしていない人だった。
今はアップルパイ作りに集中していて、話しかける隙すら与えない人だ。
やれやれとトールは首をふる。




